晴れた。
早朝散歩の後、オリンピック開会式を延々と見た。
いつも形にハマったセレモニー色が強い開会式のように感じていた,自分があったけど、
ロンドンオリンピックの開会式は、各チャプターが細部までとても丁寧に表現されて、
全体の構成も丁寧にそしてダイナミックに表現されていた、
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)の底力というか、国家としての多様性、
民族の多様性、また奥深さを嫌み無く、紹介されていた、4時間近くに及んだ開会式、
女王様は,流石にお疲れのご様子だったけど、ロックシンガーからダンサー・ソロ歌手・映画スター・ベッカム・
子どもたちが参加したファンタジー・往年の金メダリスト・・・多様多彩で、産業革命~現代社会という歴史の流れも
広大なフィールドに見事に映し出された、久しぶりに,朝から良い物を見たな・・という気持ちになった、
ポール・マッカートニーがヘイ・ジュードを熱唱する頃に,自転車に跨がって、いつもの訓練に出た。
地理の科目だけで,大学に入れたような人だったけど、
入場して来る国々の中に知らない国が沢山あった、
何処の雑誌のグラビアモデル・・・か?と思われるような飛び切りの美女(旗手・アスリート)も
多く登場し、楽しませてくれた、各国選手の開会式ユニフォームにも目が奪われた、とてもお国柄がよく
表現されていて・・・・そう・・・・参加することに・・確かに意義がある・・・皆・輝いて見えた。
方や,あれだけのパフォーマンスにいったい「なんぼ使われているのか」気になる所だし、
オリンピック全体がマネーゲームのように報じられることもしばしば、
各競技でのドーピング検査の厳しさや、そうせざるを得ない背景がスポーツ界全体を覆うようになった昨今、
「ひたひた・・と『裸足』の足音がメインスタジアムに近づいて来ます!!!」というアナウンサーの驚きの表現は
もう、遠い過去の想い出になった。
子どもの頃から,何十キロも裸足で学校に通い、極力足に負担をかけない,歩き・走り方を身につけた
陸上の長距離ランナー達はようやく、それらの力を発揮する場を与えられ、花開こうとしている、
経済的なモチベーションが彼らを支えていることも、否定出来ない。
それらの地域には,昔から潜在的な能力の高い若者が沢山いたのだ、
15階建ビル・最上階オフィスの窓際に立つ人の顔を地上からはっきり認識出来る人は、
何十メートルも先の標的を、スコープ無しで識別できる能力を持っているに等しい、
子どもの頃から、三千メートルの高地を普通に走り回っていた人の心臓に、
俄に高地練習を取り入れるランナーの心臓は敵わない・・・
新大陸は決して「発見」されたのではなく,私達が「知らなかった」だけなのだ、
素晴らしい能力を身につけたアスリートの出現に期待したいし、メダルの数だけを声高に報じるメディアにも
もっと、別の切り口で、各競技を紹介してもらいたい。