夜半に,雨が降り、朝方上がったけれど、
空は一面雲に覆われた状態が続いている。
今朝方、「ルゥ」の散歩の途中、出会った裏の O さん(農業)は
「今年は,米が穫れないかも知れない」と呟いた。
水温が上がって来ない、日照時間が少ない、
米の花が咲かないと・・・・。
丁度,南西沖地震があった年と,気象条件が酷似しているという
お話だった。馬鈴薯も、九州地方の大雨,北海道の伊達、函館方面の
日照不足で、収穫が無く、相場が倍くらいの値段に跳ね上がっていると
教えていただいた。お天気には,勝てない・・・・・と、空を見上げた。
草ばっかり、ぼうぼう伸びるけど,草刈りばっかりもしていられない・・・。
昨日は、半日草刈り、午後から会議,夜は役場職員の歓送迎会があった。
明日は無い、サバイバルを余儀なくされる、農業、民間企業の人、
公僕と称される人々、色んな立場の人々で,
地域社会,街は構成されているけど、
天候も去ることながら、世の中の動き、流れに、
私達は敏感に反応し、備えて行くことを忘れはならない。
また、アンテナもしっかり張って行く。
画像は、「皆既日食」が明けた,5分後の上海の空。
これで、上海の「皆既日食」が完結した。
つい,2~3日前のことだけど,随分大昔の出来事のような
気がするのはなぜだろう?。
刻々と時は刻まれて行く・・・・。
遠い歴史、近い歴史、検証は繰り返されているけど、
歴史には、大体立場の異なる人々が介在し、
如何に客観的にと言えども、なかなか真実は浮かび上がって来ないのも
事実だ。私達が知識として学校で学んだ史実にすら、
どんどん,新たな解釈が付け加えられている。
近代史になると、増々,意見は別れるのだろう。
学校の歴史、社会は、紀元前から学ぶのではなくて、
バブル崩壊くらいから,遡って学んで行くべきだと思う。
3年生の3学期くらいに,時間切れで、1492年、
新大陸にずかずか上がり込んだ
人々があったと学ぶだろうから、
その前の話は、自分で本を読めば良い。
そして,常に,その頃この国は、を平行して学ぶべきだ。
夏の陽射しは、いつ戻って来るのだろう。
ナニを伝え、なにを残していくのか・・少しマジに考えています。
何時に無く(失礼)ご神妙なご発言で
傷み入ります。
桜のごとく、「ぱぁあああっ」と散るのが
一番なのでしょう。
後は、一陣の風が「さぁあああっ」と吹いて
跡形も無く、痕跡を消し去ってくれます。
しかし、私達は、未練がましく、「うだうだ」
言ってみたり、「どたどた」と
のたうち回ったりして、最後の足掻きを
余儀なくされます。
昔の賢人には、ほど遠い境地を抱っこして
最後の航海に出ることとなります。
天候不良なこの夏、お身体ご自愛下さい。