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中国憲法評解(連載第4回)

2015-02-06 | 〆中国憲法評解

第一一条

1 法律に規定する範囲内の個人経済及び私営経済等の非公有制経済は、社会主義市場経済の重要な構成部分である。

2 国家は、個人経済、私営経済などの非公有制経済の合法的権利および利益を保護する。国は非公有制経済の発展を奨励、支持およびリードし、非公有制経済に対して法にもとづいて監督および管理を行う。

 本条から第一八条までは、おおむね「社会主義市場経済」にまつわる原則的な規定が並んでいる。筆頭の本条では、法律の範囲内で国家により保護・監督管理される個人経営及び私営経済等の非公有制経済という社会主義市場経済の具体的な内実が示されている。

第一二条

1 社会主義の公共財産は、神聖不可侵である。

2 国家は、社会主義の公共財産を保護する。いかなる組織又は個人も、国家及び集団の財産を不法に占有し、又は破壊することはその手段を問わず、これを禁止する。

 本条は、一転して社会主義公共財産の保護に関する規定である。ブルジョワ憲法とは正反対に、社会主義公共財産を「神聖不可侵」と謳っている。社会主義市場経済が、あくまでも「社会主義」を土台とすることを強調しようとするものであろう。
 しかし、市場経済化の進展により、公共財産自体の比重が減少するとともに、第二項第二文の禁止にもかかわらず、公共財産の私物化は免れない。

第一三条

1 公民の合法的私有財産は侵されない。

2 国家は、法律の規定にもとづき公民の私有財産の所有権および相続権を保護する。

3 国家は、公共の利益の必要性のために、法律の規定にもとづき公民の私有財産に対して収用ないし徴用をなし、併せて補償することができる。

 本条は、前条と対の形で、私有財産の保護に関する規定である。ただし、私有財産の主体は「公民」であって、「個人」ではない。よって、第三項で公共収用・徴用に対する国家補償が義務的でなく、任意的とされているように、私有財産の保障には大きな制約がある。そのため、しばしば無補償の強制立退き措置等の根拠規定となる可能性がある。

第一四条

1 国家は、勤労者の積極性と技術水準の向上、先進的な科学技術の普及、経済管理体制と企業経営管理制度を完備、各種形態の社会主義的責任制の実施並びに労働組織の改善を通じて、絶えず労働生産性と経済的効果を高め、社会的生産力を発展させる。

2 国家は、節約を励行し、浪費に反対する。

3 国家は、蓄積と消費を合理的に調整し、国家、集団及び個人の利益を併せて考慮し、生産の発展をふまえて、人民の物質と文化面の生活を一歩一歩改善する。

4 国家は、経済発展水準にみあった社会保障制度を整備、健全化させる。

 本条は、国家による経済指導の原則を定めている。国家は、生産・消費から人民生活、社会保障に至るまで、経済社会の設計全般を掌握する。改革開放後、社会主義市場経済の時代にあっても、依然として旧ソ連流の国家社会主義の土台をタテマエ上は維持していくことを示す規定である。

第一五条

1 国家は、社会主義の市場経済を実施する。国家は経済立法を強化し、マクロコントロールを完備する。

2 国家は法律に従い、いかなる組織又は個人も社会経済秩序を攪乱することを禁止する。

 前条の延長として、国家が経済立法やマクロコントロールを通じて市場経済も管理することを定めた規定である。このことから、社会主義市場経済の本質を国家が資本主義を主導する「国家資本主義」とみなす向きもある。ただ、その国家を共産党が指導する現行体制では、「共産党が指導する資本主義」という実質を持つことになる。この点こそ、範とした旧ソ連が果たすことなく終わった技巧的な路線転換の要である。

第一六条

1 国有企業は、法律の定める範囲内で自主的に経営する権利を有する。

2 国有企業は法律の定めるところにより、職員、労働者代表大会その他の形態を通じて、民主的管理を実施する。

 本条は、国有企業の自主的経営と民主的管理の原則を定めたものであるが、前回述べたように、市場経済化の進展により国有企業の比率自体が減少し、残った国有企業も株式会社化が進められているため、国有企業の民営化がいっそう進めば、本条の意義も失われていくであろう。
 第二項の民主的管理の原則は、旧ユーゴスラビアで実験されていた「自主管理社会主義」を意識した規定とも思われるが、その内実は職員・労働者代表大会等を通じるということ以外に憲法上明らかでなく、下位法令に委ねられている。

第一七条

1 集団経済組織は、関係法律を遵守することを前提として、独自に経済活動を行う自主権を有する。

2 集団経済組織において、民主的管理を実施し、法律の定めるところにより、管理要員の選挙及び罷免並びに経営管理に関する重大な問題の決定を行う。

 本条は第八条に規定されていた農村集団経済組織について、国有企業と同様に自主的運営権と民主的管理の原則を定めたものであるが、民主的管理については管理職の任免・経営管理に関して、民主的な決定が求められている。

第一八条

1 中華人民共和国は、外国の企業その他の経済組織又は個人が、中華人民共和国の法律の定めるところにより、中国で投資し、中国の企業又はその他の経済組織と各種形態の経済的協力を行うことを許可する。

2 中国領内の外国企業その他の外国経済組織及び中外合資経営企業は、すべて中華人民共和国の法律を遵守しなければならない。その適法な権利及び利益は、中華人民共和国の法律の保護を受ける。

 本条は、改革開放の目玉でもあった外資導入・合弁事業に関する原則的規定である。社会主義市場経済下でも引き続き、この原則は維持されている。第二項で、中国領内の外国企業等に中国法の遵守を要求するのは当然の規定であるが、第五条で宣言されていた社会主義的法治国家の建設が完了していないため、法令の不備から、第二文による法的保護が不十分となる危険性がある。

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中国憲法評解(連載第3回)

2015-02-05 | 〆中国憲法評解

第六条

1 中華人民共和国の社会主義経済制度の基礎は、生産手段の社会主義公有制、すなわち全人民所有制及び労働大衆による集団所有制である。社会主義公有制は、人が人を搾取する制度を廃絶し、各人がその能力を尽くし、労働に応じて分配するという原則を実行する。

2 国家は社会主義初級段階において、公有制を主体とし、多種類の所有制経済がともに発展するという基本的経済制度を堅持し、労働に応じた分配を主体とし、多種類の分配方式が併存する分配制度を堅持する。

 本条から第一八条までは、経済原則を定めており、第一章総則中では最も条文数が多く、現行憲法が経済体制を重視していることを示している。この部分もさらに大きく二つに分けることができ、中でも本条から第一〇条までは、建国以来の土台である社会主義経済の原則がまとめられている。
 筆頭の本条は生産手段の公有を基礎とする社会主義経済の宣言条項であるが、第二項で社会主義初級段階という前文における規定に沿って、「多種類の所有制経済」と「多種類の分配方式」が並存する混合経済体制を宣言している。ここには、後で指示される「社会主義市場経済」が暗示されている。

第七条

国有経済、すなわち社会主義の全人民所有制の経済は、国民経済の中の主導的な力である。国家は、国有経済の強化及び発展を保障する。

 中国式社会主義も旧ソ連型の国家主導の社会主義、すなわち国家社会主義の原則を基本としている。従って、国有経済が国民経済の支柱となる。とはいえ、社会主義市場経済の進展に伴い、国有企業の比率は大きく減少し、代わって私有企業の比率が増大しており、本条は多分にして規範的なタテマエと化しつつある。

第八条

1 農村集団経済組織は、家庭請負経営を基礎とし、統一と分散を結合させた二重経営体制を実施する。農村における生産、供給販売、信用及び消費等の各種形式の協同組合経済は、社会主義の労働大衆による集団所有制経済である。農村集団経済組織に参加する労働者は、法律に規定する範囲内において自留地、自留山及び家庭副業を営み、並びに自留家畜を飼養する権利を有する。

2 都市・鎮の手工業、工業、建築業、運輸業、商業、サービス業等の各業種における各種形態の協同組合経済は、いずれも社会主義の労働大衆による集団的所有制の経済である。

3 国家は、都市と農村の集団的経済組織の適法な権利及び利益を保護し、集団経済の発展を奨励し、指導し、及びこれを援助する。

 本条は主に農業経営の基本原則を定めている。旧憲法時代の人民公社制度は解体され、家庭請負経営という形態で、日本型農業に近い事実上の家族農業制と協同組合制へ移行している。第二項の手工業分野等における協同組合企業は国有企業と私有企業の中間形態であるが、これの比率も大きく下がり、ここでも私有企業に道を譲りつつある。

第九条

1 鉱物資源、水域、森林、山地、草原、未墾地及び砂州その他の天然資源は、すべて国家の所有、すなわち全人民の所有に属する。ただし、法律により、集団的所有に属すると定められた森林、山地、草原、未墾地及び砂州は、この限りでない。

2 国家は、自然資源の合理的利用を保障し、貴重な動物及び植物を保護する。いかなる組織又は個人であれ、天然資源を不法に占有し、又は破壊することは、その手段を問わず、これを禁止する。

 本条は天然資源国有の原則について定めている。第二項は国家による自然資源の合理的利用の保障と関連づけて貴重な動植物の保護にも言及しているが、生態学的持続可能性についての言及はなく、「合理的利用」に重点が置かれている。

第一〇条

1 都市の土地は、国家の所有に属する。

2 農村及び都市郊外地区の土地は、法律により国家の所有に属すると定められたものを除き、集団の所有に属する。宅地、自留地及び自留山も、集団的所有に属する。

3 国家は公共の利益の必要のために、法律の規定にもとづき、土地を収用ないし徴用を行い、併せて補償する。

4 いかなる組織又は個人も、土地を不法に占有し、売買し、又はその他の形式により不法に譲り渡してはならない。土地の使用権は、法律の規定により譲り渡すことができる。すべての土地を使用する組織又は個人は、土地を合法的に使用しなければならない。

 本条は土地所有の原則を定めている。土地は都市と農村・都市郊外で区別され、都市は国有、それ以外は集団的所有とされる。両者併せて土地公有制とも呼び得る。 
 社会主義市場経済体制の下でも、土地の私有を認めない本条は堅持されてきたが、第四項第二文にあるように、「土地使用権」の売買という形で事実上は土地の売買が限定的に認められているため、将来的には土地の私有が解禁される可能性もあると考えられる。

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中国憲法評解(連載第2回)

2015-02-04 | 〆中国憲法評解

第一章 総則

 第一章では、国の基本原則が三十二か条にわたり列挙されている。節に分けられず、羅列されているが、政治原則を定めた部分(第一条乃至第五条)、経済原則を定めた部分(第六条乃至第一八条)、文教・福祉・環境など民生の基本原則を定めた部分(第一九条乃至二六条)、治安・軍事・行政の基本原則を定めた部分(第二七条乃至第三二条)に大別できる。全般に、旧ソ連憲法第一編からの影響が強く窺える章であるが、旧ソ連憲法よりも簡素な仕立てで、実際的な内容となっている。

第一条

1 中華人民共和国は、労働者階級の指導する労農同盟を基礎とした人民民主主義独裁の社会主義国家である。

2 社会主義制度は、中華人民共和国の基本となる制度である。いかなる組織又は個人も、社会主義制度を破壊することは、これを禁止する。

 第一条は、社会主義の宣言条項である。旧ソ連憲法の第一条と類似しているが、旧ソ連のように、プロレタリアート独裁を越えた「全人民国家」ではなく、「人民民主主義独裁」とされ、なおプロレタリアート独裁段階にあるとの認識に立つ規定である。従って、第二条第二文にあるように、社会主義制度の破壊を禁ずる治安条項が憲法にも明示されている。これは、反政府活動取締りの根拠ともなるだろう。

第二条

1 中華人民共和国のすべての権力は、人民に属する。

2 人民が国家権力を行使する機関は、全国人民代表大会及び地方各級人民代表大会である。

3 人民は、法律の定めるところにより、各種の方途及び形式を通じて、国家の事務を管理し、経済及び文化事業を管理し、社会の事務を管理する。

 人民主権を宣言する条項であり、旧ソ連憲法第二条と類似する。人民権力の表れである人民代表大会はブルジョワ議会制度とは異なり、旧ソ連のソヴィエト制度に相当するものと理解できる。第三項は人民主権の内容を具体化しているが、それは国家事務、経済・文化事業、社会事務の管理という実際的なものである。
 なお、旧憲法第二条には「中国共産党は、全中国人民の指導的中核である。労働者階級は、自己の前衛である中国共産党を通じて、国家に対する指導を実現する。」という共産党指導条項があったが、現行憲法では削除されている。ただし、このことは、共産党支配の否認を意味せず、前文では「共産党の指導」がなお謳われており、共産党支配体制は不変であるが、法規範性を持つ憲法本文からの除外は、共産党の支配が法的(規範的)なものではなく、政治的(事実的)なものに変化したことを意味する。 

第三条

1 中華人民共和国の国家機構は、民主集中制の原則を実行する。

2 全国人民代表大会及び地方各級人民代表大会は、すべて民主的選挙によって選出され、人民に対して責任を負い、人民の監督を受ける。

3 国家の行政機関、裁判機関及び検察機関は、いずれも人民代表大会によって組織され、人民代表大会に対して責任を負い、その監督を受ける。

4 中央と地方の国家機構の職権区分は、中央の統一的指導の下に、地方の自主性と積極性を十分に発揮させる原則に従う。

 レーニン主義的な社会主義国家運営の原則である民主集中制を定めた本条も、旧ソ連憲法第三条に類似する。第四項は、中央集権の原則の枠内で、地方の自律性も考慮した柔軟な地方制度の原則を示している。

第四条

1 中華人民共和国の諸民族は、一律に平等である。国家は、すべての少数民族の適法な権利及び利益を保障し、民族間の平等、団結及び相互援助の関係を維持し、発展させる。いずれの民族に対する差別及び抑圧も、これを禁止し、並びに民族の団結を破壊し、又は民族の分裂を引き起こす行為を禁止する。

2 国家は、それぞれの少数民族の特徴及び必要に基づき、少数民族地区の経済及び文化の発展を促進するように援助する。

3 少数民族の集居している地域では、区域自治を実施し、自治機関を設置し、自治権を行使する。いずれの民族自治地域も、すべて中華人民共和国の切り離すことのできない一部である。

4 いずれの民族も、自己の言語・文字を使用し、発展させる自由を有し、自己の風俗習慣を保持し、又は改革する自由を有する。

 本条は中国内政上の最もセンシティブな問題である少数民族政策の基本原則を定めている。それは平等と自治を基本としながらも、第一項第二文で釘を刺すように、破壊・分裂主義を禁じており、民族独立運動の抑圧根拠ともなる規定である。実際のところ、人口の90パーセント以上を占める漢民族の優位性は否定できず、本条の実効性には疑問もある。

第五条

1 中華人民共和国は、法による治国を実行し、社会主義の法治国家を建設する。

2 国家は、社会主義の法秩序の統一と尊厳を守る。

3 すべての法律、行政法規及び地方法規は、この憲法に抵触してはならない。

4 すべての国家機関、武装力、政党、社会団体、企業及び事業組織は、この憲法及び法律を遵守しなければならない。この憲法及び法律に違反する一切の行為に対しては、その責任を追及しなければならない。

5 いかなる組織又は個人も、この憲法及び法律に優越した特権を持つことはできない。

 社会主義的法治国家の原則を定める本条も、旧ソ連憲法第五条の影響が強いが、法治国家主義は建国以来、中国の未完の課題であり続けている。第五項で、共産党を含むすべての組織・個人の超法規的特権が否認されているが、旧ソ連と同様、共産党支配体制では、憲法及び法律の改廃・運用にも強い指導力を持つ共産党は特権的存在とならざるを得ない。

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続・国家承認という選択肢

2015-02-01 | 時評

イスラームの聖典『コーラン』には、「これ、汝ら、信徒の者、正々堂々とアッラーの前に立ち、正義の証人たれ。(自分の敵とする)人々を憎むあまりに正義の道を踏みはずしてはならぬ。常に公正であれ。」(井筒俊彦訳)という一句がある。

どうも、イスラーム国は自分の敵とする人々を憎むあまりに正義の道を踏みはずしているように見える。イスラーム主義を標榜するのなら、アッラーの教えどおりに、憎悪が正義を押しのけないように願いたいものである。

前回、残る人質の後藤氏の安否が不明な段階で、イスラーム国承認という逆説的な選択肢を推奨したが、この考えは後藤氏殺害という最悪の結果となった今も、根本的に変わらない。否、むしろよりいっそう強く打ち出したいくらいである。

イスラーム国は後藤氏殺害の声明の中で、「おまえ(安倍首相)の国民を場所を問わずに殺りくするだろう。日本にとっての悪夢が始まるのだ。」(共同通信訳)と不気味な予告をしている。

この文言を文字どおりに取るなら、今後はイスラーム国の支配地域の外でも、日本国民を殺戮するということになるので、日本国内を含むすべての場所で日本人を標的としたテロを起こすという予告である。

実際、米国情報企業の調査によると、すでに15か国の29組織がイスラーム国に忠誠・支持を誓っているとされ、少なくともこれらの諸国の領域内で、イスラーム国が協力組織を使ったテロを起こすことは可能な体制にある。

今回の事態を機に、日本政府が「テロに屈しない」の合言葉で「有志連合」への協力にいっそう傾斜するなら、日本人標的テロは現実のものとなるだろう。その時に真っ先に犠牲になるのは、最高度の警備下にある首相や閣僚たちではなく、警備ゼロ・丸腰の一般国民なのである。

※早速、この予言は的中した。3月18日、マグレブの観光地チュニジアの首都チュニスで、日本人3人を含む多数の外国人観光客が死亡する銃撃テロ事件が発生した。イスラーム国が犯行声明を出している。実際の関与の真偽は不明だが、少なくとも呼応テロの可能性は高い。

それを考えれば、これを機に「有志連合」を離れ、イスラーム国を国家承認するという選択肢の合理性は高まるとさえ言える。ただし、国家承認といっても正面から承認するのではなく、水面下でイスラーム国との外交交渉ルートを作るというより現実的な方法があり、当面はそれが限界でもあろう。

いずれにせよ、前回も述べたように、空爆作戦は根本的な解決にならない。空爆・掃討作戦で弱体化したアルカーイダからイスラーム国が分派的に現れたように、仮にイスラーム国が空爆で弱体化しても、そこから新たな分派集団が生じることは確実である。

その意味で、「イスラーム国」という名称は、現在それを名乗っている集団だけの固有名詞ではなく、将来の同種集団を含めた一般名詞ととらえる必要がある。

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