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比較:影の警察国家(連載第9回)

2020-08-23 | 〆比較:影の警察国家

Ⅰ アメリカ―分権型多重警察国家

1‐2‐2:税関・入国警備庁と移民・関税執行庁

 9.11事件を契機に新設された国土保安省の最大任務はテロリズム対策、中でも海外からのテロ攻撃の防止に置かれている。そのために、入国管理に関わる業務に最大の重点が置かれている。そうした中核業務を担うのが、合衆国税関・入国警備庁(United States Customs and Border Protection)と合衆国移民・関税執行庁(United States Immigration and Customs Enforcement)である。
 税関・入国警備庁は、まさに物と人の出入りを規制する窓口となる部門であり、人員規模では国土保安省における最大部門である。その人員の三分の一は、管轄下にある2万人規模の合衆国国境警備隊(United States Border Patrol)が占めている。国境警備隊は言わば国境警察であり、その人員の大半は南のメキシコ国境に配置されている。
 国境警備隊は、その任務の特性からも軍隊並みの装備を擁するため、軍警察的な性格を持ち、しばしば過剰な武力の行使による死傷事案など、人権侵害案件も多い(一方で、隊員の殉職者も多い)。メキシコ国境では、麻薬の密輸阻止も重要任務であるため、麻薬警察的な役割も一部担っている。
 これに対し、移民・関税執行庁は、入国した移民の管理を主任務とする部門であり、人員規模では税関・入国警備庁には及ばないが、国土保安省における中核的な捜査・諜報機関である。
 元来、移民に関する業務は司法省の移民・帰化局が統括していたが、その機能を国土保安省に移管した経緯がある。このような新政策は元来、法権利の問題と考えられ、それゆえに司法省が扱っていた移民問題が国家保安問題に包括されたことを意味しており、アメリカの警察国家化を象徴するものと言えるだろう。
 ICEの略称で知られる移民・関税執行庁の中心業務は、いわゆる不法滞在者(未登録移民)の摘発と強制送還である。ICEの不法滞在者摘発業務はその性質上、周辺者の密告によることも多いため、秘密警察的な性格を帯びることとなり、未登録移民にとって、ICEはナチスの秘密国家警察ゲシュタポにも似た恐怖を呼び起こす警察機関である。
 その点、2009年発足のオバマ政権は、その任期中、どの歴代政権よりも多い300万人の移民を強制送還したため、批判者からは「最高強制送還者」(Deporter-In-Chief)と揶揄されたほどであった。続くトランプ政権下は移民制限政策をより徹底したため、ICEの執行は強権性を増しており、国境地帯で移民申請者の親から幼児を引きはがして拘禁する方法が強い批判を浴びた。
 一方、ICEには国土保安捜査局(Homeland Security Investigations:HSI)も設置されている。HSIは1万人を超える職員(特別捜査官7000人超)と海外拠点をも擁し、現時点ではFBIに次ぐ連邦法執行機関に成長している。
 その捜査範囲はアメリカの国土保安にかかわる400以上の米国法違反に及び、FBI等の既存連邦法執行機関の権限とかなり重複する広域にわたっており、国土保安省固有の捜査部門と言ってよいものである。言わば、第二のFBIの出現であり、これにより、アメリカの連邦レベルでの警察国家化が進行している。
 いずれにせよ、入国管理に関わる税関・入国警備庁と移民・関税執行庁は、オバマ→トランプ政権の下、国土保安省の設立趣旨であるテロリズム防止という特定目的から離れ、全般的な保安を任務とするようになり、その点で、影の警察国家化の主役の一つとなっている。

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