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比較:影の警察国家(連載第7回)

2020-08-09 | 〆比較:影の警察国家

Ⅰ アメリカ―分権型多重警察国家

1‐1‐4:合衆国保安官の伝統と再編

 合衆国保安官(United States Marshal)は、すべての連邦警察機関の中でも最も歴史が古く、初代ワシントン大統領時代の1789年にまで遡る。ワシントンが大統領に就任して最初に行ったことの一つが連邦裁判制度の整備であり、その一環として、連邦を構成した旧13植民地をそれぞれ管轄区域とする13名の保安官を任命した。
 かれらの主任務は連邦裁判所の廷吏業務と令状の執行業務であったが、同時に地域の騒乱の鎮圧にも当たる暴動対処も任務とされており、連邦警察機関を持たない伝統の中で、合衆国保安官は小規模ながら連邦警察に近い複合的な任務を帯びた独任制の法執行及び警備機関であった。
 それからおよそ90年近くを経て、1870年に合衆国司法省が創設された際、合衆国保安官も司法省の管轄下に入り、さらに約100年を経て、全米及び海外領土を含む連邦裁判所ごとに任命されるようになった合衆国保安官を統括するため、1969年に現在の合衆国保安官局(United States Marshals Service)が創設された。
 こうした経緯からも、合衆国保安官は一介の廷吏や執行官ではなく、連邦裁判官などと同様に、大統領が任命し、上院で承認審査を受ける高位の連邦公務員である。そのため、前線実務は合衆国保安官の指揮監督下に、保安官代理(Deputy Marshal)が担っている。
 合衆国保安官の業務の基本は、創設以来、連邦司法制度の物理的な保障という点にある。ただ、現在では、伝統的な廷吏業務や執行業務に、逃亡犯罪人追跡や被疑者の航空護送、連邦証人保護プログラムの運用といった現代的な任務が加わっている。
 また、そうした任務のより武装化された延長として、特殊作戦団が置かれている。1971年に創設されたこの部署は、連邦レベルでの特殊武装戦略部隊(SWAT)の先駆けであり、1960年代以降、自治体警察から始まっていた警察の準軍事化という新たな潮流に掉さすものであった。
 また、最新の注目すべき権限拡大として、人身売買における被害者救出作戦の任務が追加されている。これは、伝統的な合衆国保安官の任務から離れた捜査機関としての特殊作戦任務である。
 さらに、合衆国保安官局は、警護業務部の創設により、近年警備警察としての機能も拡大しつつあり、連邦最高裁判所判事をはじめとする連邦の上級公務員の警護任務も担っている。こうした警護任務の拡大に伴い、後述する国土保安省系の主要な警護機関である合衆国機務局との連携を通じて、連邦警備警察体系にも組み込まれている。

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