千手院のBlog

タイトルそのまま・・・お寺の紹介・生活日記!冬期は墓地の積雪状況もアップしています。

冬準備

2014年11月23日 | Weblog


雪国越後では、これも欠かせない冬前の作業、「消雪パイプ」の清掃です。

今朝7時から門前区の消雪パイプの清掃がありました。
生活道路にふせてある、地下水で雪を溶かすためのパイプですが、夏場は全く使用しないので、配管に泥やさびがついています。

これも地下水が豊富だからこそできるものですが、住宅密集地などでは、地下水のくみ上げすぎによる地盤沈下もあるようです。

消雪パイプの清掃の後は、葬儀の打ち合わせと準備、ご法事で1日が終わりました。



昨日の写真ですが、まだまだ紅葉を見ていたいモミジの木も、雪囲いをしないといけません。
囲いをすると、どんどんと葉っぱを落としてしまいます。「悪いね・・・」と声を掛けながら雪囲いします。境内のモミジ達は、今年はとてもきれいに色づいてくれたので、「もったいない」と思いながらも、雪国の宿命ですね。

またこうやって、一歩ずつ冬に近づきます。。。

セカンドネーム???

2014年11月21日 | Weblog
ここのところ毎日心配事相談、ご祈祷、空いた時間で境内の冬準備をしています。
今日の浦佐は快晴になり、朝は深い雲海が広がりました。木々の雪囲いを行い、墓地のゴミ箱や掲示板も片付けました。

明日から連休で、お墓参りの方々にはご不便をおかけしますが、冬準備も1日と待っていられないのが雪国の特徴でもあるので、どうぞご容赦下さい。

ところで、数日前に長年にわたり千手院のご本尊様を信心されている方がお見えになり、亡き老僧や祖母の事をお話しました。その時に戒名の話になりました。

「○○○○居士(信士・大姉・信女)」というのを、一般的に「戒名」と言っておりますが、実はこの文字の中で、正式な戒名と呼ばれる部分は「居士」という部分の前の2文字が「戒名」となります。最初の2文字、最後の居士(信士・大姉・信女)というは、あくまで付属の文字であります。

その「戒名」と呼ばれる2文字は、ごく簡単に言えば、「お坊さんの名前」であります。
葬儀式というは、ただお経を上げているのではなく、亡き御霊に対し「引導」を授ける「儀式」です。「引導」を授けることによって正式に仏門に入り、出家をし、そこで頂く僧侶として名前が「戒名」と呼ばれるものです。

私は18才までの名前を「雅晴(まさはる)」と言いました。「雅(みやび)に晴れよ」という意味でつけていただいた名前です。
それが、出家をすることで正式に仏門に入り、頂いた名前が今の「賢純(けんじゅん)」となります。
ですから、私の戒名は賢純となるのです。

それと全く同じ事を葬儀式では行っている訳です。

千手院では、葬儀の際にはそのことを必ずお話させていただいていますが、「そんな事は初めて聞いた」とおっしゃる方も多くいます。

ご先祖様がいらっしゃる方は、是非位牌をご覧になって下さい。そして、そのような意味のある名前だということを知っておいて欲しいのです。

ちなみに亡き老僧、先代の賢能(けんのう)和尚の俗名は「熊五郎」といいました。
思わず笑ってしまいそうな名前ですが、当時は強く育って欲しいと願い、「熊」「寅」「龍」などの文字が多く使われていました。

また、浦佐の普光寺の系列を受け継ぐ僧侶は、「賢」の字をいただく伝統が残っています。
歴史を振り返ると、特に江戸時代中期から明治まで、浦佐毘沙門堂別当普光寺のご住職方は、歴史に残る名僧が数多くいらっしゃいました。

その先達方が裸押し合い大祭を全国区に知らしめ、浦佐に暮らす人達の生活を支えました。
本当に凄いことだと思います。私も少しでも近づきたいものだと思います。

少しずつ・・・

2014年11月15日 | Weblog
浦佐は昨晩から雨模様・・・、今日はお昼前くらいから少しずつ雪が混ざるようなお天気。
まだ体が本格的な寒さに慣れない今の時期は、本当に寒さがこたえます。

今日はご法事がありましたが、千手院の本堂も再建されて206年目を迎えており、あちこち隙間だらけ・・・、朝からストーブを焚いていますが、お参りに来られた方も寒かったのではないかと心配です。

本堂前がみぞれ混じりだったので、山は雪になっているだろうと思い、ご法事のお斎が終わったあと、浦佐城跡に登ってきました。



予想通り、二の丸付近からは白い道ができていました。



実城跡から西方向を望むと、紅葉と初雪のコントラストがとてもキレイです。

少しでも雪が降ってしまうと、木々はあっという間に落葉します。この光景が気になって山へ登りました。
防寒対策さえしっかりしていれば、寒さは全く気になりません。

こうやって少しずつ季節が入れ替わっていく姿が本物なのだといつも感じています。
物事は急には変わらない・・・、少しずつ変わっていくのが自然であり、本当の変化の在り方なのだと自然の光景から教えられます。

結局、今日は雪景色は浦佐城跡上部まででした。昨年は本堂前に初雪があったのが11日、今年はいつになるかな???

冬型???

2014年11月13日 | Weblog


本堂前のモミジ・・・。
とてもキレイに紅葉しているので、昨日は雪囲いをしないで、少し遅らせることにしました。

今日は冬型の気圧配置で、あちこち荒れたお天気のようですが、浦佐は風は強かったものの時折晴れ間の見えるお天気でした。
このような日は比較的海沿いでは荒れて、山沿いではさほどではないような傾向が新潟にはあります。

これが冬本番を迎えると逆転し、魚沼や山の多い地域では雪が降り続き、海沿いの新潟市などではたいして雪も降らず、関東と大きな違いのないようなお天気になります。

今日は1日心配事相談で終わりました。
今年の相談事もお正月の準備の関係で11月末日までとさせていただいております。年代も内容も様々、人は皆、常に悩みを抱えて生きているのだな・・・と、つくづく感じ、そして勉強させていただいております。

雪囲い

2014年11月12日 | Weblog


今年もこんな季節を迎えるようになりました。

雪国の定め・・・境内の木々の雪囲い作業を、お手伝いの方を2人頼んで行いました。

明日から冬型の気圧配置になる天気予報ですが、何とか今日はお天気がもち、作業を終えた夕方5時くらいからポツポツと雨が降り始めました。

今日で大まかな囲い作業をし、あとの細かいところは私が時間を見つけて作業します。

毎年の重労働、雪の降らない地域の人にとってみれば「大変だね」と思われるかも知れません、また地元の人でも「嫌な仕事」と感じている人も多いことでしょう。けれど、私はこの雪囲い作業は結構好きな仕事です。

普段、遠くからしか見ていない木々に近づき、触れてみてみると、「こんな木肌をしていたんだ」「こんな所が病気になっている」「今年はカマキリの巣が高い、雪が多いかな?」などなど、とても多くの気づきがあり、植物に親近感を覚え、丁寧に雪囲いをしてあげることで、来春の開花、新緑を迎える感動が何倍にも増すのです。

ただ、確かに重労働なので、年をとり体がついていけなくなると、その時はどう感じるのかは分かりませんが、この雪囲い作業ができなくなっても、植物たちへの愛着は決して変わらないだろうと思います。

戸たての薬師

2014年11月09日 | Weblog
11月7日、8日、5月に薬師山(浦佐城跡)に登り、浦佐住民の健康をお守りして下さっている薬師如来が、雪降り前に山を降りる「戸たての薬師」なる、千手院の恒例行事が行われました。

春と違い、秋の戸たての薬師は静かに行われます。

江戸時代後期まで、浦佐城跡二の丸跡には小さいながら薬師堂があったと記録されておりますが、今はお堂はなく、小さな祠が残っているのみです。
「戸たて」とは、雪降り前にお堂の雪囲いをしたなごりの言葉であろうと伝えられています。



7日の晩に薬師護摩が厳修され、年に2回のご開帳が行われました。





翌8日は、快晴になりました。今年はちょうど土曜ということもあり、この日に浦佐城・薬師様の会の皆さんの力を借りて、城跡の案内看板やロープの片付け作業が行われました。

細々と守り伝えられてきた浦佐城跡・薬師様ですが、皆さまの力を借りて、ここ7年ほどで見違えるようになりました。
紅葉も散り始めとなりましたが、片付け作業をしながらあちらこちらに目をやると、本当にキレイです。。。

薬師護摩があった7日は立冬、そして満月でした。
11月に入ると、雪国越後では晴れる日が本当に少なくなります。そんな時期に7日に満月を迎え、そして雲ひとつない月夜となりました。最高の薬師様の宵晩でした!!!

ということは・・・、8日朝は文句なく快晴!、今年1番の冷え込み!
今年1番の深い大雲海となりました。例年に比べ、今年は天候が良く、雲海が見られる日が多いようです。

8日の朝は、朝仕事があり7時30分頃にしか雲海を見に行くことができませんでしたが、その時間でも、いつもの鑑賞ポイントのあたりまで雲海が上がっており、「あぁ~、もっと早く来たかった・・・」と後悔しきり。。。まぁ、仕方ありませんね。

カメラを持った方も5~6人ほどいたでしょうか、本当に浦佐の雲海は是非1度見て欲しい光景です。こればかりは見たものにしか分からないものだと思います。

四国八十八箇所のお遍路も同様、その素晴らしさ、有り難さを言葉にしても、こればかりは体験した人にしか分からないものだと思います。

ちょうど山々や魚野川の立地条件なのか、この浦佐周辺が南魚沼では一番雲海が深くなるように思います。
雪降り前まであと何回かチャンスがあるはずですので、是非お勧めしたいポイントです。

そして今日9日は、薬師様を大切にしてくれた方の三回忌でした。
よくカメラを片手に浦佐城跡・薬師様に登り、季節の光景や草花をカメラに収めてくれた方でした。

あまりに早い旅立ちとなってしまったのですが、法要と、その後のお斎の席のご遺族の立ち居振る舞いを見ていると、故人の生き様が確実に受け継がれているのだな・・・と感じます。

全部とはいいません、お坊さんはお経を上げているだけではなく、残された方々との交流や、その家族の幸せを心から望んでいます。
ですから、お食事をいただきながらも、中には一献交わすことで本音を言い合える関係を求め、通じながら、故人が残されていった目に見えない財産に目を向けています。

その第一は「挨拶」です。

私はお坊さんという立場で、お葬式やご法事、そして年間の心配事相談を通じて確信している事がひとつあります。

幸せをつかむ人は必ず挨拶ができます。
「こんにちは」「おはようございます」「今日はよろしくお願いします」「ありがとうございました」「どういたしまして」「失礼致しました」・・・たくさんの挨拶があります。どんなに嫌いな人でも、面倒くさいなと思っていても、きちんと挨拶が出来る人、頭を下げることが出来る人、こういう事が実践できる人は、本物の「誇り」を持っている人だと思います。

生意気を言って申し訳ありません。
しかし、これは私が個人的に言っていることではありません。

何百年と、先人達が教え伝えている大切な教訓です。
私の勤めはそれをお伝えすることです。あと、それを信じる信じない、実行するしないは個々の自由なのであります。

お釈迦様の最後の教えをまとめた『遺教経』というお経があります。
その中に、「医者が薬を処方するように、私は幸せに生きる教えを処方した。それを服用するかしないかは個々の自由である」という類の一文があります。

あたりを見回してみて下さい。
今は顔を合わせても、挨拶ができない人がたくさんいます。古き良き世界から学んでこそ、次なる新しい世界を生み出せるものだと私は信じています!!!


生き様と死に様。

2014年11月05日 | Weblog
先代の賢能和尚が良く言っていた言葉です。
「生き様は死に様」「誰が見ていなくても仏様は必ず見ている」そう思って生きなさい・・・と。

今日はSさんの御葬儀でした。
外見は静かな人で、お参りに伺う時のお話も、いつも物静かな語り方の人でした。

たった1日の入院で、あっという間に旅立ってしまいました。

昨晩、御通夜が終わり帰路に向かうと空は満天の星空。
明朝は雲海がかなり深くなりそうだな・・・と予想し、今朝、葬儀の前に山へ登りました。

この時期、雲海の写真ばかりですいませんが、今年2回目の深い雲海が広がりました。
浅い雲海は5回ほど出ています。



写真を撮られている方がお一人。後ろ姿が何故か神々しく見えました。
「生き様は死に様」、この光景を見ると、こんな日に旅立てるSさんの生き様は本当に素晴らしかったのだろうと確信します。物静かで言葉少なめな方でしたが、この旅立ちがすべてを物語っている・・・仏様は見ているのだな~と思います。

私もこのようにありたい・・・と久しぶりに感じました。

有難い御葬儀でした。「感謝」という一言です。

最後に今日の雲海の動画を載せます。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。


冬の足音・・・

2014年11月04日 | Weblog
皆さんは連休をどのように過ごされましたか?

浦佐は毘沙門堂で開催されている菊祭り、2日のほの灯りイベント、3日のびしゃもん市、八色の森公園では市民祭りでグッチ裕三がライブをしたりと、イベントがたくさんありました。

2日のからは土砂降りになり、境内の木々の葉っぱなどもかなり落ちました。
今年は落葉や紅葉のペースが早いように感じます。初雪も早まるのかな・・・。



今日は良いお天気になり、山を見ると雪が中腹あたりまで降りてきました。

私は1日心配事相談、終わってお通夜がありました。
明日は葬儀式です。良いお天気になりそうです。

今も随分と冷え込んできました。明朝も雲海が広がることでしょう。



さて、浦佐毘沙門堂・仁王門前にある河田屋さんが、新商品・猫瓦のおせんべえを始めたそうです。
毘沙門堂の瓦には「鬼」ではなく「猫」の姿が描かれていて、猫伝説なるものがあります。

絵ローソクや、おしゃれな雑貨も扱っているお店ですので、毘沙門堂にお参りの際には是非立ち寄ってみて下さい。