たんなるエスノグラファーの日記
エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために
 



ガルシア・マルケスの本のなかに、カザルスのことが出てきた。「四時に、ドン・パブロ・カザルスが編曲した決定版とも言えるヨハン・セバスチャン・バッハのチェロの独奏のための組曲を聴いて、気持ちを落ち着かせようとした。あの曲はすべての音楽の中でもっとも学識豊かなものだと私は思っているが、いつものように気持ちが静まるどころか、逆にひどく気が滅入ってしまった(『わか悲しき娼婦たちの思い出』p.16.)。わたしは、無伴奏チェロ組曲のCDを引っ張り出して聞いてみたが、その文章に影響されたのか、気が滅入るというよりも、今回は、心に響くことがなかった。あ、そうそう、物悲しい感じのするアレがいいだろうと思って、同じくカザルスの『鳥の歌ーホワイトコンサート』(ソニー)を大探しして、ひっぱりだして、久しぶりに聞いてみた。10数年前によく聞いていたように思う。1961年11月13日に、ホワイトハウスのケネディ大統領に招待された、85歳のカザルスが、バイオリンとピアノ奏者を従えて、演奏したチェロ・コンサートの記録である。メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲から始まり(第2楽章の悲しさがいい)、クープランのチェロとピアノのための演奏用小品(悪魔の歌にわたしは打ち震える)、とろけるような、シューマンのアダージョとアレグロ変イ長調に続いて、おしまいには、むせび泣くような、カザルス編曲の鳥の歌まで、華やいだ雰囲気のなかに物悲しさが、逆に、物悲しさのなかに華やかさがあふれている。心に激しく響き渡る。

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