ペンギン夫婦の山と旅

住み慣れた大和「氷」山の日常から、時には海外まで飛び出すペンギン夫婦の山と旅の日記です

雪の大谷ウォーク(2013.05.23)

2013-05-27 08:58:13 | 旅日記

富山のホテルで一泊した次の日は「雪の大谷ウォーク」です。朝、曇っていた空も次第に晴れ上がり、バスが芦峅寺を過ぎる頃には雲一つない快晴になりました。

立山有料道路を美女平、弥陀ヶ原と登っていくうちに、車窓から見える辺りの景色は新緑のブナ林から純白の世界に変わり、車内のあちこちで歓声が上がります。


薬師岳、大日岳、奥大日岳…思い出の山々を目で追いながら高度を上げていくうちに、道路横の雪の壁はどんどん高くなって行きます。


天狗平を過ぎると間もなく大谷です。バスはいったん通過して室堂へ。


立山連峰を背にした室堂バスターミナル。ここで下車して約2時間の自由行動になりました。


除雪に活躍した「熊太郎」が停まっています。


ここが「雪の大谷」のスタート地点。10年前に黒部ダム側からケーブルやバスを乗り継いできましたが、残念ながら凄い風雨で外に出られませんでした。今日は照り返しで暑いほどの良いお天気です。


アルプス広場に設けられた雪の迷路に入ってみました。


少し先で両側に雪の壁の続く大谷ロードに出ます。


この辺りは「雪壁に刻むメッセージエリア」思い思いのメッセージ(名前だけが多い)が書いてありました。


雪の壁の縞模様の説明です。「しまり(雪)」は寒い日に降った真っ白で細かい雪。「ざらめ」は暖かい日に降った大粒の丸い雪。「氷の層」は暖かくて溶けて水になり再び固まって氷になった雪、しもざらめは寒暖の差が激しい日にがさがさして角ばった雪が降ったことを示しています。黄砂は、あの国からの観光客への配慮からか「ユーラシア大陸から」という表現になっていました。


約500mの大谷ロードの終点近くの最高地点にきました。今日の壁の高さは16m。


室堂バスターミナルへ引き返し、北側の雪原へでました。後ろは大日岳(左)と奥大日岳。1972年夏にこの稜線を縦走したことがあります。称名谷を腰までつかって渡渉して稜線に登り、そのまま重いザックを担いでルンゼを直登。やっと稜線にでて七福園の幕営地に着くと「幕営禁止」で岩小屋には先客あり。止む無く引き返して大日小屋で素泊まりしました。翌日は中大日、奥大日を通過して室堂乗越から剣沢で幕営しました。


別山から延びる尾根の上に覗く剣岳をズームで撮ってみました。雪も寄せ付けない急峻な岩峰です。大日を縦走した時も含め5度、頂上に立ちましたが、♀ペンと登った98年秋が最後になりました。


雪面からの反射が強くてカメラのファインダーもよく見えません。肉眼では雄山(3,003m)頂上の社務所も、その右のコルに建つ一ノ越山荘もくっきり見えました。右の浄土山に登るパーティの人影がアリの行列のように続いていました。7月に久しぶりで一ノ越から雄山、大汝山、別山と回る予定ですが、あの浄土へのきつい登りは思い出すだに敬遠したいところです。


ぐるりを取り巻く山々の様々な思い出を胸に、帰りのバスの時間になりました。今度来る時も、こんないい天気と展望に恵まれますように…。