いつか海外暮らし!

旅行が好きで若い頃は国内旅行、今は海外旅行、いつか海外で暮らしたい。

2月24日 ハワイ ワイキキ 24日目

2010年05月28日 | ハワイ ワイキキ 1ヶ月滞在
ヘイアウ巡り第5弾でセントラル・オアフのワヒアウにあるヒーリングストーンズ(癒し・病気治癒)とバースストーンズ(安産・癒し)、そしてノースショアのワイメアにあるハレ・オ・ロノ・ヘイアウとワイメア湾を望む丘にあるプウ・オ・マフカ・ヘイアウに行く事にした。

今日は、4ヶ所も回らなければならないので9時過ぎにホテルを出た。こんなに早くホテルを出るのははじめてだ。
アラモアナS.C.を10時過ぎ出発するTheBusのRoute52に乗った。1時間10分ほどでワヒアウに着いた。
バスを降りる時、日本人グループの一人にこんな所で降りるのかという顔をされた。
1つ手前のバス停で降りてしまった。でも、バス停の間隔が狭くバスが信号待ちしている間に、追い着いてしまう程の距離である。

ホノルル方面から来るKamehaneha Hwy(カメハメハ・ハイウェイ)を左に曲がってCalifornia Ave(カルフォルニア通り)に入り、通りの右側にヒーリングストーンズがあるとWebサイトには書いてあったが、Kamehaneha Hwyからどれ程離れているのかGooleマップで場所は特定できていない。
直線で広いCalifornia Aveを歩く、10分弱で○△ホール(日本姓のホール)があり地蔵さんの様な石仏が三体見えた。この辺りにも日系の人達が住んでいる様だ。
その横に小学校があった。
 California Ave
 

直線のCalifornia Aveが右に緩やかにカーブするところに、三角屋根の建物があり、その手前に白い大理石の小さな建物があった。
 

これが、ワヒアウ ヒーリングストーンズである。15分弱で着いた。
靴を脱ぎ大理石の床を歩き、ヒーリングストーンズの前に立った。
癒し・病気治癒に効くと皆が触り黒くなった背丈ほどの石と他に2体の石があった。
私も健康でありますようにと日本式に手を合わせ、石に触った。
 ワヒアウ ヒーリングストーンズ
 

Kamehaneha Hwyに戻り、次のバス12時30分ごろまで時間があったのでJack in the box(ハンバーガ屋)に入った。
ミニ・サーロイン・バーガーとコーラーを注文した。
量の少ないハンバーガーを注文したつもりが、小さなハンバーガーが3個出て来た。
テーブルで食べていると、隣のテーブルで日系の老婦人グループが日本語と英語で話していた。
やはりワヒアウには、日系人が多い様だ。
ハンバーガー1個を残したのでディバッグに入れて後で食べる事にした。

Route52バスに乗り次の目的地であるワヒアウ バースストーンに向かった。徒歩でも行ける距離であるが・・・!
Gooleマップで場所は特定できているので降りるバス停を間違えなければ問題ない。
バス停の名は、Kamehameha Hwy+Whitmore Aveである。
この辺りだろうと思っているとWhitmore Aveの道標が見えたので、下車合図のひもを引いた。
赤土の道が200mほど続いた。
 

その先に、ワヒアウ バースストーンズがあった。
 

草原の中に大きな石が多く置かれていた。
 

安産・癒しのスポットである。昔、王族の子供は、ここで出産したそうだ。
石は角が丸くなっている。
 

日本人ツアー客と一緒になった。
バースストーンズはそれほど広くないところにあり、私も含めて6人ほどになるとパワースポットどころではない。
彼らが帰るまで少し離れた、遠くに山が見え、高原の中、回りは草原or畑、ここだけ草が刈られている。
バースストーンズは樹木や椰子の木に囲まれ、大変雰囲気が良いところであった。

バス停に戻ると子供連れの若い母親がバスを待っていた。
時刻表を出して待ち時間を調べていると母親がバスの時刻を聞いて来た。
5分待てば来るだろうと答えた。
「日本人か?」「はい」「あなたは?」「ニューヨークから来た。スペイン系アメリカ人」と言っていた。
綺麗な母親で、男の子2人は父親にかスペイン系の顔ではなかった。
Route52バスが来た。

次の目的地であるノースショアのワイメアに向かった。
ドール・パイナップル・プランテーションを過ぎ、ノースショアのハレイワの町を通過し、ワイメアの橋を渡ったバス停で下車した。
大勢の客が降りた、ワイメア湾に面したビーチに行く様だ。
私は橋の付根から川沿いに上流に行く道路があり、そこを歩いた。
 

1km弱でワイメア・バレー・オーデュボン・センターに着いた。
駐車場の奥にハレ・オ・ロノ・ヘイアウが見えた。
 ハレ・オ・ロノ・ヘイアウ
 

当時の姿が再現され、供え物、生贄を捧げるための塔や小屋が、石垣の上に設けられている。
 ハレ・オ・ロノ・ヘイアウ
 

ワイメア・バレー・オーデュボン・センター入口でアラモアナS.C.からのTheBusに乗り合わせた日本人グループに会った。彼らは、ドール・パイナップル・プランテーションかハレイワの町に寄った後、ここに来たのだろう。
彼らはワイメア・バレー・オーデュボン・センターに入って行った。
私はワイメア・バレー・オーデュボン・センターが何か? 情報を持っていなかった。
入場料US$24となっている。
見た目はワイメア・バレー公園であるが、入場料からして公共施設ではない。
 ワイメア・バレー・オーデュボン・センター入口付近
 

ワイメア・バレー・オーデュボン・センターに入らずに海岸沿いのカメハメハ・ハイウェイに戻った。
次の目的地であるプウ・オ・マフカ・ヘイアウは、ワイメアの橋横の絶壁上の丘にある。
しかし、遠回りしなければ行けない。
海岸沿いのカメハメハ・ハイウェイを1kmほど歩くとフードランド・スーパーマーケットがあり、そこから山側の道路を登って行った。
途中、SUV車が停まり乗せてくれた。道路が狭くて危険だと言っていた。
プウ・オ・マフカ・ヘイアウの案内板が見えたので降ろしてもらった。
 プウ・オ・マフカ・ヘイアウ案内板
 
大した距離を乗せてもらったわけではなかったが登り坂だったのでラッキーであった。
ヘイアウへの道を入るとワンボックスカーが停まっていた、ホームレスの様だ。
更に行くと普通車が停まり、運転席に男が座り、車の中から犬が吠えていた。車内はごみ屋敷の様だ、これもホームレスだ。
ヘイアウへの入り口は、異様な雰囲気である。
この道はヘイアウで行き止まりである。
すでに15時を過ぎているのでヘイアウへの見学者も減るだろう。
2台の車が帰って行ったが、ヘイアウへ向かう車は来なかった。
ここから私の妄想が始まった。
ホームレスが車の出入りをチェックし見学者の車が残っていなければ、1人で歩いてヘイアウへ向かった私に犬を放して待ち伏せする。
私は、その妄想により、棒を探しながらヘイアウに向かった。
ヘイアウ案内板から15分ほどでプウ・オ・マフカ・ヘイアウに着いた。
かなり大きな神殿である。石垣しか残っていない。
生け贄として多くが埋められているそうで、気味が悪い。
私以外誰もいないのでなおさらだ。
 プウ・オ・マフカ・ヘイアウ
 

 ワイメア湾を望む。 
 

先ほどの妄想と犬の遠声、そしてヘイアウの気味の悪さで長居は出来なかった。
太く長い木の枝が落ちていた、拾ってみると軽い、乾燥しているからだろう。
枝を杖代わりにした、更に石をポケットに入れた。
これで犬対策はOKだろう。
しかし、ホームレスが出て来たら無抵抗で行こう。命が惜しい!!
パトカーが来た? 形は似ているが違った。  
管理会社の車によるパトロールだろう。ヘイアウに向かった。
私の妄想はこのパトカー似の車で覚めた。
相変わらず犬は吠えていたが、何も起こらず、ホームレスの車を通り抜けた。
木の枝もポケットの石も捨てた。
すでに16時前だ、丘を下って行った。

フードランド・スーパーマーケット前バス停からRoute52バスに乗りアラモアナS.C.に向かった。
チャイナタウンで下車し、ワイキキ行きバスに乗換え、ドン・キホーテに寄った。
ビールのつまみを買ってホテルに帰った。


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