見もの・読みもの日記

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明代禅宗寺院を想う/声明公演・萬福寺の梵唄

2019-09-07 23:27:09 | 行ったもの2(講演・公演)

国立劇場 第56回声明公演『黄檗宗大本山 萬福寺の梵唄』(2019年9月7日14:00~)

 萬福寺(万福寺)の梵唄(ぼんばい)は何度か聴いたことがあるが、大好きなのでまた行ってしまった。ちなみに、これまでの私の「萬福寺の梵唄」体験は以下のとおり。

・2012年1月 日本橋高島屋『隠元禅師と黄檗文化の魅力』(会場内に梵唄の録音が流れていた)
・2011年3月 九州国立博物館『黄檗―OBAKU』(開館直後に僧侶が展示室内で「巡照朝課」を実演)
・2005年4月 国立劇場 声明公演『萬福寺の梵唄』
・1997年3月 国立劇場 声明公演『禅の声明 黄檗山萬福寺』

 2005年4月の公演の記事を書いたときは、それより前の記録が見つけられなかったのだが、最近、国立劇場が「データベース(公演記録を調べる)」を整備してくれたおかげで、1997年のプログラムの詳細まで確認できるようになった。大変ありがたい。では、今回の公演もプログラムに従って記録しておこう。

・解説

 幕が上がる前に、レモンイエローの法衣を着た痩身のお坊さんが舞台に立ち、黄檗宗と萬福寺の開創・隠元禅師について簡単に解説してくれた。「今日は萬福寺の若い者ばかりが大勢来ています、私を除いて」と笑いをとることも忘れない。

・朝課

 毎日行われている朝のおつとめ。2005年、1997年の声明公演でも演じられている。幕が上がると、無人の舞台中央には金色の釈迦三尊図の画幅(たぶん四天王もいた)。背景には緑絹を張り、左右に大きな対聯を掛ける。天井からは多数の赤い幡が垂れていた。ネットで画像を探してみると、萬福寺の本堂(大雄宝殿)の雰囲気をかなり忠実に再現しているようだ。そうすると釈迦の脇侍は阿難・迦葉だったかもしれない。なお舞台のしつらえを把握したのは第二幕以降で、第一幕「朝課」は舞台も客席も暗く、釈迦三尊図だけに照明が当たっていた。

 はじめにコーンと乾いた板の音が響く。魚のかたちをした開梛(かいぱん、魚梆)を叩いたのだろう。1階のロビーの高い位置に大きな開梛が吊られていたことを思い出し、あれを叩いたのかな?と訝る。公演終了後、ロビーの隅に、もうひとつ小さな開梛があるのを帰り際に見た。だいぶお腹が削られていて、こちらが「実用品」らしかった。

 またコツコツと板を叩く音がして、客席の後ろから黒っぽい法衣の僧侶が小走りに進み出て、舞台に上がる。上手、下手で巡照板を叩き、「謹白大衆(きんぺーだーちょん)」と諸衆を呼び集めると、さまざまな色の法衣の僧侶たちが上手、下手に10人くらいずつ登場し、おつとめが始まる。主に使われる楽器は太鼓。今回は、毎月一日と十五日に行われる「韋駄天」の法要を特別に挿入しており、韋駄天を称えるお経は特に素早く読むのだというが、全体を通してリズミカルで、みんな声がいいのでうっとりした。

・施餓鬼(施食)

 七月の中元行事、十月の普度勝会等で行われる法要。舞台中央に赤い布で覆った階段が登場する。2005年にも見ているのだが、全く記憶がなかった。ここでも20人ほどの僧侶が舞台に登場し、うち10人が階段の左右に集まる。赤い袈裟をまとって長い払子を持った導師(金剛上師)は最上段の席に着き、金襴の宝冠(布製)をかぶる。そして両手または片手(右手)でさまざまな印を結ぶ。変化の多い音楽と梵唄が途切れることなく続く。途中で階段の側にいた僧侶のひとりが、木魚の撥を変えてほしかったのか、後ろの列の僧侶に合図を送り、ひとりが舞台袖に取りに行ったように見えた。何があっても流れを中断させない熟練の技(スッと楽器の役割を変わったりする)が垣間見えて面白かった。

 クライマックスでは導師をはじめ、僧侶たちが餓鬼に施す食べもの(饅頭?)を紙に包んで客席に放り投げた。「五姓の孤魂、薜茘多(へいれいた=餓鬼)、さもあらばあれ平地に風波を起こさしむることなかれ」と(ここは日本語で)優しくしずめられる。いいなあ、私も亡魂になったら萬福寺の周辺にいたい、と思ってしまった。それから「金剛杵偈」というお経がとても気に入った。どこかで耳にしたことがある(中国のお寺?)ような気がした。

 「朝課」では使われなかった銅鑼、鐃鈸(にょうはち)など、多様な楽器が使われていたのも楽しめた。大引磬(おおいんきん)、小引磬(こいんきん)という柄のついた金属製の鳴り物も面白い。それぞれを担当する僧侶が、高音と低音を時間差で鳴らすことで、キンコーンという短いメロディが生まれる。これを叩いて、左右にお辞儀をするところが好き。

・大般若転読

 第3幕は、中央の導師席を挟んで2列ずつ、緑色の布で覆った長机がハの字型に並べられた。左右10人ずつ設けられた僧侶の席の前には大般若経(各3秩?)。いくつかのお経のあと、おもむろに「転読」が始まるのだが、まさかこれを国立劇場の舞台で見ようとは思っていなかったので、ちょっと笑ってしまった。私が初めてこの読経方式を実際に見たのは奈良の薬師寺だったが、いつ頃、どこで生まれたものなのかなあ。萬福寺では毎年大晦日から元旦にかけて行われるそうだ。最後に「和読み」で般若心経を唱え、呪、真言などで終わる。

 20年以上前、初めて萬福寺の梵唄を聞いたときは、日本のお寺の声明とのギャップが新鮮で、物珍しくて面白いと思った。最近は中国のドラマで、明代の禅宗寺院の雰囲気が少し分かるようになったので、これはもう、ほぼ中国だなあと思う。日本のお坊さんだから当然なのだが、足袋に草履をはいていることに違和感を感じてしまうくらい。萬福寺、2022年は宗祖・隠元禅師の350年大遠諱を迎えるそうだ。ぜひ何かイベントをやってほしいなあ。

 プログラムは桃のかたちの散華つき。散華の入った紙袋もかわいい。


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