見もの・読みもの日記

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通説を覆す/兼好法師(小川剛生)

2018-01-19 22:49:46 | 読んだもの(書籍)
〇小川剛生『兼好法師:徒然草に記されなかった真実』(中公新書) 中央公論新社 2017.11

 『徒然草』はあまり好きな古典ではなく、兼好法師にも関心はなかったのだが、本書の評判が高いので読んでみた。なるほど、これは面白い著作である。『徒然草』の著者・兼好法師は、吉田流卜部氏に生まれ、村上源氏一門である堀川家の家司となり、堀川家を外戚とする後二条天皇の六位蔵人に抜擢され、五位の左兵衛佐に昇り、鎌倉幕府・室町幕府の要人と交流したというのが、だいたいの通説らしい。私は、詳しい閲歴は知らなかったが、本名は卜部兼好で、江戸時代以降、吉田兼好とも称されたというは、文学史で習った覚えがある。

 ところが、著者はこの出自と経歴を「まったく信用できない」と断じ、真実を明らかにしていく。その手腕は小気味よいばかりだ。はじめに勅撰和歌集の作者表記のルールを根拠に、兼好は仮に朝廷に出仕した経験があっても、六位で終わったと考える。通説のように蔵人・左兵衛佐のような官に昇り五位に叙されていたら、遁世しても必ず俗名で表記されたはず(例:鴨長明)という説明は説得力がある。

 兼好は若年の一時期、卜部氏を名乗ったこと、大中臣氏との縁などから、著者はそのルーツを伊勢に求める。鎌倉後期に伊勢国守護職を独占したのが金沢流北条氏で、兼好は鎌倉に下って、北条貞顕の周辺で活動することになる。ここで登場するのが、金沢文庫古文書に存する「うらへのかねよし」が登場する氏名未詳書状である。

 著者の読解によれば、差出人は兼好の母(京都在住か)で、鎌倉に住む娘(兼好の姉?)に宛てて、故・御父(兼好の父)の仏事を、四郎太郎=うらべのかねよしの名前で行うよう、依頼したものだという。びっくりした。私は、この書状を見たことがある。昨年、金沢文庫の特別展『国宝 金沢文庫展』に出ていて、「うらべのかねよし」の名前がとても印象深かったのだ。氏名未詳の女性って誰だろう?と思ったが、そうか、そういう事情だったのか。そして、兼好の亡父の仏事は、剱阿を導師として称名寺で行われた。ええ~称名寺には何度も行っているのに、兼好法師ゆかりの地だとは一度も意識したことがなかった。この頃、兼好は三十歳近くなっても任官せず、姉の庇護の下で無為の生活を送っていたのではないかという推定も面白い。

 その後、貞顕が六波羅探題着任に従い、兼好も京都に定住する。貞顕の娘が堀川家に迎えられたことにより、兼好と堀川家にも関係が生じたと考えられるが、早くから堀川家との縁があり、後二条天皇に親しく伝えたという通説に著者は否定的である。六位蔵人であったのは考え難く、著者は兼好と検非違使庁とのかかわりや「滝口」であったという伝承に注意を促している。

 最後に歌人としての兼好について。兼好は二条為世門下の四天王と称された。その晩年の姿を伝えるのは、かなり変わった自撰家集である。「歌数は定めない」「部立は設けない」という、いわば「行き当たりばったり宣言」の下に編纂されている。にもかかわらず、家集全体に一貫した個性と周到な配慮が感じられるという。これは読んでみたくなった。

 本書が売れた最大の理由は、帯のキャッチコピー「今から五百年前、『吉田兼好』は捏造された」ではないかと思う。「捏造」という強い表現。しかし、ここまで読んで分かることは、兼好自身が自分の経歴を捏造したわけではないのだ。犯人は最終章で明かされる。唯一宗源神道を創設した吉田兼倶(1435-1511)が、次々に文書記録を偽造し、各時代の著名人が吉田流の門弟であったと言い始めたのである。なんてヤツ…。被害にあったのは、藤原定家ら新古今歌人、宗教家の日蓮、慈遍など。加えて、当時、『徒然草』の再発見によって知名度を高めていた兼好法師も、その被害に遭ってしまった。「互いに血縁関係のない人物を組み合わせ、兼倶が庶流の系図を捏造した」というのだから、手口は単純かつ大胆であある。

 歴史学、文献学の面白さを存分に味わえるとともに、通説を否定するには、確実な材料と論理的な考証が必要である(遊び半分で論破はできない)ことも実感できた。金沢文庫は、ぜひまた、あの書状を展示してほしい。兼好法師展をやってくれないかな。

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