見もの・読みもの日記

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庶民の夢と生活とともに/サラ金の歴史(小島庸平)

2021-04-30 20:17:36 | 読んだもの(書籍)

〇小島庸平『サラ金の歴史:消費者金融と日本社会』(中公新書) 中央公論新社 2021.2

 面白い、という感想がやたらSNSに流れてくるので、読んでみたらなるほど面白かった。本書は、無担保で小口融資を行う消費者金融の歴史を、特に1960年代に誕生した「サラ金」に焦点を当て、前後の期間を含めて記述する。

 戦前期の日本では、個人間の資金貸借が活発に行われていた。貧民窟の素人高利貸は「男伊達」であり、男性労働者の憧れだった。第一次大戦後に層として成立するサラリーマンの世界にも、職場の同僚に有利子で金を貸して副収入を得る人々がいた。また、戦前戦後を通じて庶民金融の代表格は質屋だった。サラ金は、個人間金融を源流とし、質屋を代替するかたちで登場する。

 高度成長期、人々は消費水準の上昇と生活様式の変化についていくことを義務のように感じており、とりわけ団地族の専業主婦は、家電製品の導入に積極的だった。彼らの購買意欲を助けたのが割賦販売(月賦)である。代金支払の先延ばし、つまり一種の資金貸付ともいえる月賦の利用には、借金への抵抗感を薄める効果があった。しかし大蔵省や日銀は、銀行が消費者向け金融に参入することに警戒的だったため、1960年以降、銀行を中心とするフォーマルな金融システムとは別に、消費者金融ビジネスが立ち上がる。のちのアコム、プロミス、レイク、武富士につながる企業である。

 この分野に早期に参入した企業は、団地の主婦層への小口融資を展開した。しかし安定的な収入を持たない主婦を相手にする団地金融は、高リスク・高コスト体質を脱却できずに行き詰まる。次いで1960年代半ばから、サラリーマン金融が急成長する。この頃、サラリーマンの人事評価は、意欲や態度を見る「情意考課」で、出世のためには、接待や職場の飲み会に積極的に参加し、気前よく部下におごってみせることが必須だった。サラ金は、男性サラリーマンの飲酒・ギャンブルのための借入を「前向き」と評価して歓迎する一方、主婦は原則的に排除した。

 高度経済成長が終焉した1970年代、銀行は新たな融資先としてサラ金に目をつける。これにより、サラ金各社の資金調達環境は好転するが、肝心のサラリーマンは賃金の低迷に悩み、遊興費ではなく、家計のやりくりのための借入申込が増大していた。サラ金は「前向き」需要の減少分を埋めるため「後ろ向き」需要にも積極的に対応するようになり、借入主体として主婦の取り込みを図った。

 70年代末から80年代初頭にかけて、過剰な債務によって人生に行き詰まり、家出や自殺をする人々が増大したことを受けて、「サラ金被害者の会」や弁護士たちの取組みによって、1983年、貸金業規制法が制定された。弁護士たちは、業界寄りの不十分な内容と受け止めたが、以後、サラ金は「冬の時代」を各種の経営改革によって乗り切り、バブル景気下で再び劇的な成長を遂げる。

 バブル崩壊後は、長引く不況、日本型雇用の解体、家族の戦後体制の動揺を背景に、業界の過当競争が激化した。またも過剰貸付が横行し、多重債務者や自己破産者が増加した。サラ金に対する規制強化を求める世論は日増しに強まり、当時、小泉純一郎の郵政選挙で世論の動向になった自民党の議員たちも、これを支持した。その結果、2006年に改正貸金業法が成立し、長らく金融業界の周縁部にあったサラ金は、これで完全に銀行システムの内部に組み込まれたのである。

 まず戦前の個人間融資については、明治や大正の小説を読んでいると、わりと頻繁に金の貸し借りの場面や「高利貸」という職業が出てくることを思い出した。戦後の団地族については、原武史さんのいくつかの著作を思い出したが、こういう家計面の考察はあまりなかったと思う。団地の入居審査をパスした家族なら、借金を返せなくなる可能性は低いという信用情報の判断が面白いと思った。

 サラ金の創業者たちは、信頼できる信用情報を低コストで収集するため、さまざまな工夫を凝らしている。電話局の番号案内(あったねえ)の利用もその一例。1970年代には複数の業者の信用情報を共有するシステムを構築したが、誤作動の多いコンピュータに見切りをつけ、人海戦術で職員がカードボックスに走る方式で迅速な照会を実現したというのも面白かった(図書館のカードケースっぽい写真あり)。著者はサラ金を一方的に断罪することはせず、個性的な創業者、不断の経営努力を公平で温かい目で記述している。また、金を借りる側の庶民の、生活様式・雇用・ジェンダー意識などを細かく掬い取っていることも興味深かった。

 なお、貸金業規制法・改正貸金業法をめぐっては、弁護士の木村晋介氏(怪しい探検隊の)、宇都宮健児氏、のちに法務大臣をつとめる森雅子氏も登場する。上限金利引き下げの反対派は、規制が強化されればヤミ金(違法な闇金融)被害が拡大すると主張していたが、実際はそうならなかったことを著者は検証している。しかし、全てが解決したわけではなく、規制強化を受けて、ヤミ金業者は特殊詐欺(オレオレ詐欺など)に「転業」した可能性がある。さらにSNSの世界では個人間融資が復活し、ヤミ金融と大差ない違法な取引が行われているという。あるサラ金創業者が掲げた「人間的な顔をして金融システム」の理想は、もはや昔話なのだろうか。


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