見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

人間世界の変容/肖像写真(多木浩二)

2008-02-19 08:49:26 | 読んだもの(書籍)
○多木浩二『肖像写真:時代のまなざし』(岩波新書) 岩波書店 2007.7

 19世紀後半のナダール、20世紀前半のザンダー、20世紀後半のアヴェドン。3人の写真家を通して、肖像写真の意味を考える。私が知っていたのはナダールだけだが、本書の図版を見て、あとの2人にも興味を持った。ナダール(1820~1910)は、知的ブルジョワジーの肖像を好んで撮った。ボードレール、ゴーティエ、デュマ、ドラクロワ、ロッシーニ等。その写真を見る者は、撮影者の位置に立って、彼らの知性あふれるまなざしを受け止める。これは、ナダール作品のたまらない魅力である。

 アウグスト・ザンダー(1876~1964)は、ナダールの作品に登場しないような、無名の人々を多数撮った。農夫、商人、レンガ積み、郵便配達夫、ボクサー、放送局の女秘書など。彼は人間を職業や社会身分でグループに分けしながら、「20世紀の人びと」すべてを撮ろうという途方もない計画を持っていたように思われる。

 私は、本書で初めてザンダーの作品を見て、強く惹かれた。2005年の東京国立近代美術館の写真展を見ておけばよかったと悔やんだ。彼の作品は、不思議な懐かしさを呼び覚ます。名前も知らない、ワイマール期のドイツの一地方の人々。撮影者にとってさえ、通りすがりでしかない人々。けれど、彼らの肖像には、時代と地域を越えて共有できる「歴史の手応え」が感じられる。

 リチャード・アヴェドン(1923~2004)の作品は、ただ被写体だけが、空白の背景に刻まれているように思う。スタイリッシュで、レトリックに満ち、スノッブな芸術的肖像写真。しかし、「歴史」や「普遍」の不在は、どこか見る者を不安にさせる。19世紀のナダールから遠く離れた、肖像写真の到達点を考えると感慨深い。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 露伴先生かたなし/しくじっ... | トップ | ふつうの若者/「ニート」っ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読んだもの(書籍)」カテゴリの最新記事