見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2018年5月@関西:猿楽と面(MIHOミュージアム)他

2018-05-23 20:48:18 | 行ったもの(美術館・見仏)
MIHOミュージアム 2018年春季特別展『猿楽と面-大和・近江および白山の周辺から-』(2018年3月10日~6月3日)

 土曜日は京都・奈良を周遊して、滋賀県の石山に落宿。翌朝、石山駅前からMIHOミュージアム行きの始発バスに乗った。前日と一転して、強めの雨が降っていたが、今日はあまり歩かないので問題ない。MIHOミュージアムは久しぶりだなと思ったら、2016年3月以来だった。去年は来る機会がなかったようだ。雨雲の下、地方都市~里山~山の中、と変化するバスの車窓を楽しむ。

 本展が取り上げる猿楽とは、能と狂言で構成される能楽の古い呼び名である。有力な猿楽師は社寺に所属して「座」を形成し、祭礼や法会の儀式の一部や余興を担っていた。本展は、興福寺や春日大社を有する「大和」、延暦寺や日吉大社を有する「近江」、そして霊峰「白山」周辺に着目し、祭礼で使われた面(おもて)を幅広く展観する。ネットの評判では、次はいつ見られるか分からない秘蔵古面も多数出陳、空前の規模、と聞こえていたものの、私は能楽には知識がないし、能面にあまり魅力を感じたことがないので、この展覧会はどうしようかな、と迷っていた。しかし来てよかった。

 始まりは、猿楽の源流と考えられる伎楽面・追儺面から。私は、洗練された能楽よりも、原初的な伎楽・舞楽のほうが好きなので、急にテンションが上がった。追儺(ついな)あるいは修正会で使われる悪鬼の面は、悪疫や災難を具現化したもので、恐ろしくも神々しい。私が見ることができたのは、大分・富貴寺の追儺面(平安時代、12世紀!)や滋賀・石山寺のもの(鎌倉~南北朝時代)など。「大和・近江および白山の周辺」をサブタイトルにしているけど、もっと広範囲に全国各地から出品されているのだな、ということに現地で初めて気づく。岩手・中尊寺の「翁」(南北朝時代)、京都・阿須須伎神社の「翁」「父尉」(室町時代)、京都・浦嶋神社の「癋見」(室町時代)「悪尉」(安土桃山時代)など、次第に種類が増え、カテゴリーが整えられて、現代の能面のあり方に近づいていく様子がうかがえる。

 しかし、擦り減ったり、欠けたり、色が剥げたりした古い面は、どうしてこんなに魅力的なんだろう。近世や近代のきれいな能面に関して、こんなふうに魅入られたことは一度もなかったのに。展示環境(照明)がいいのかな、とも思った。面は基本的に傾斜台に寝かされ(角度は大小ある)、照明で陰影を加えて人間らしさを演出しているが、面の品格を失うほどではない。この塩梅がちょうどいいのである。それから、私は能面といえば女面(小面)か般若を思い浮かべてきたが、今回、やっぱり能面を代表するのは「翁」だなあと感じた。特に黒い翁の「三番叟」が好き。

 導入部以降は「大和」「近江」「白山」に関して、それぞれの地域での猿楽のありかたを紹介しながら、面を展示する。「大和」は談山神社、「近江」は琵琶湖、「白山」の霊峰というように各地域を代表する風景の大きな写真バナーもあって、自然と人々の暮らしと宗教、祭礼、そして芸能のつながりを感じさせる構成になっている。「大和」には、和歌山・九度山町の丹生神社や奈良・吉野山中の天河神社に伝わる猿楽面もあった。なぜか、高知・土佐神社に室町時代や安土桃山時代の面が伝来していることも初めて知った。

 MIHOミュージアムの地元「近江」は、長浜八幡宮、長福寺(近江八幡)、多賀神社など。「白山周辺」は、福井、石川、岐阜3県にわたる。こんな多様な古面を一度に見たのは初めての体験だが、図録を見ると展示替えで見逃してしまった面がたくさんあって、いまさらながら残念に思う。最後に、近江北部で面打(仮面つくり)の技術を継承してきた井関家の作面、狂言の面を取り上げる。狂言の面は、数は少なかったけれど、ひとつひとつ個性的で面白かった。

 猿楽の絵画資料や文書資料、衣装、鼓胴も適度な味付けになっていた。『信西古楽図』(芸大所蔵)の全図(?)がパネルで展示されていたのは嬉しかった。能をどう演じるべきか(舞・歌の二曲と老体・女体・軍体の三体をいかに習得するか)を記した世阿弥の伝書『二曲三体人形図』も面白かった。巧いと言えない挿絵だが、雰囲気は伝わる。

 1時間ちょっとで特別展を見終えて、久しぶりにコレクション展もゆっくり見た。「永遠の至福を求めて」の部屋に、堂々とした角を戴く『彩漆木彫鹿』(中国・東周時代後期、紀元前4-3世紀)が出ていて、前日の『国宝 春日大社のすべて』で見た神鹿の姿を思い出した。
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