見もの・読みもの日記

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会いに行けるシルクロード文化財/素心伝心(東京芸大大学美術館)

2017-10-16 23:55:17 | 行ったもの(美術館・見仏)
東京芸大大学美術館 シルクロード特別企画展『素心伝心 クローン文化財 失われた刻の再生』(2017年9月23日~10月26日)

 東京藝術大学は、劣化が進行しつつある或いは永遠に失われてしまった文化財の本来の姿を現代に甦らせ、未来に継承していくための試みとして、文化財をクローンとして復元する特許技術を開発したという。「クローン文化財」という用語は初耳だったが、近年、東京芸大が、東西のさまざまな文化財の復元に取り組んでいることは承知していた。2016年のアフガニスタン特別企画展『素心』で見たバーミヤン大仏天井壁画の復元、2014年の『別品の祈り』で見た法隆寺金堂壁画の復元など、今でも強い印象を残しているので、あれが再び見られると知って、いそいそと出かけた。

 これまでの文化財復元展示は、芸大の陳列館が会場だったが、今回は美術館3階が会場である。会場に入ると、完全に「法隆寺旧金堂」の空間が広がっていて、中央には釈迦三尊像がいらっしゃるではないか。え? 金堂壁画と丹塗りの柱には見覚えがあるが、これは本物のは釈迦三尊像をお連れしたのだろうか。天蓋まで揃っているし…と慌てる。そんなはずはなくて、この釈迦三尊像も「クローン文化財」なのだが、出来栄えがすごい。あとでパネルやビデオを見たら、制作したのは富山県高岡市の職人さんたちで、伝統の鋳物作りの技術を活かしている。



 「日本:法隆寺」のあとは「北朝鮮:高句麗」「中国甘粛省:敦煌」「中国新疆ウイグル地区:キジル」「アフガニスタン:バーミヤン」と続く。ちょうど関係者によるギャラリートークが始まったところで、この順番に案内してもらった。ほかに「タジキスタン:ペンジケント」と「ミャンマー:バガン」の壁画も少数だが展示されていた。

 「高句麗」は四方の壁に「四神図」を持つ「江西大墓」の復元である。これはたぶん、2004年の国際交流基金フォーラム『世界遺産 高句麗壁画古墳展』で見たものではないかと思う。



 「敦煌」は莫高窟第57窟を再現。向かって左の壁画は阿弥陀説法図で、左側の柔和な観音菩薩像は、井上靖氏が「僕の恋人」と呼んでいたそうだ。正面の仏龕の塑像2体は、後世の修復の影響を取り除き、造像当時の姿に推定復元したもの。本尊は敦煌研究院の先生が制作し、脇侍の菩薩像は芸大の優秀な学生(しげまつくん)を送り込んで作らせた、という説明だった。第57窟は非常に人気の高い窟だが、人間が放出する二酸化炭素や靴についた菌による劣化進行を避けるため「まもなく見られなくなるだろう」とおっしゃっていた。



 「キジル」は、航海者を描いた第212窟を復元。この壁画はドイツ探検隊によって持ち去られ、その一部は第二次世界大戦中の空襲で失われてしまったので、『アルト・クチャ』という書籍の写真から復元された。いまの出版物の写真は、拡大すると画像の粒子が粗くてものにならないが、1920年刊行の同書は非常に高画質だという(※画像あり:『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ )。写真は、内陸のクチャの人々が想像で描いた海の図。敦煌に行くと厳粛な気持ちになるけど、キジルの石窟は明るく、わくわくする、とおっしゃっていて、分かる気がした。キジル、いつかもう一回行きたいなあ。



 最後に「バーミヤン」。仏教の大仏の頭上にゾロアスター教の太陽神がいて、ギリシア風の戦いの女神や風の神、迦陵頻伽のような半人半鳥もいる。シルクロードの「寛容」と「共生」を表しているという解説が、あらためて興味深かった。あと若かりし頃の天皇皇后両陛下が、バーミヤン大仏が見えるところのゲル(天幕)にお泊りになった話も。(アフガニスタン政府が)当時の写真を提供してくれたんですけど、宮内庁の許可が取れてないんで展示できないんですよ、とちらっと見せてくれた。



 ギャラリートークの先生は「井上靖さんと同じ井上」とおっしゃっていたので、特任教授の井上隆史氏だと思う。へえ、文明・歴史・美術などのドキュメンタリーを手掛けたNHKプロデューサーなのか。トークがうまくて、とても楽しかった。そしてクローン文化財は全て写真撮影OKというのも英断だと思う。

 以前の法隆寺金堂の復元展示を見たときは、展示が終わったあとが気がかりだったが、今日までちゃんと保存されていてよかった。そして、今回の展示のあと、いくつかは「故国」に戻る可能性があるそうだ。文化財の「保存」と「公開」の両立を解決するひとつの手段として、こういう技術、いいと思う。
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