見もの・読みもの日記

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艶詩もまた好し/李商隠詩選(川合康三選訳)

2009-01-06 22:22:52 | 読んだもの(書籍)
○川合康三選訳『李商隠詩選』(岩波文庫) 岩波書店 2008.12

 むかし(学生時代)漢詩が好きだった。一語一語の印象が絵画のように鮮やかで、身体の奥から動かされるようなリズムは、口語体にも、日本古来の韻文(和歌・俳句)にもない魅力があった。有名な詩を読んでは覚え、覚えては口ずさんでいたと思う。いちばん親しんだのは、やっぱり、李白、杜甫、王維、白居易などの盛唐~中唐の詩人。東晋の陶淵明や、北宋の蘇軾もよく読んだ。

 私は教科書的な文学史を逸脱したつもりだったけれど、やっぱりどこかで「詩は志をいう」的な価値観にとらわれていたのかもしれない。社会派の詩、典雅静謐、隠逸を重んじる詩はいくらも読んだが、李商隠のような、艶麗耽美な恋愛詩は、ほとんど視野に入って来なかった。本書で知った、私の好きな詩句をいくつか挙げると、

  向晩意不適 暮れになんなんとして意かなわず
  駆車登古原 車を駆りて古原に登る
  夕陽無限好 夕陽 無限に好し
  只是近黄昏 只だ是れ黄昏に近し/『楽遊』

 蕪村の「愁ひつつ岡にのぼれば花いばら」を連想させる。ただし、こんなふうに措辞の素直な作はめずらしい。彼の面目は、典拠を散りばめ、わずか七言が、纏綿とモツれ絡まるような歌いぶりにある。

  昨夜星辰昨夜風 昨夜の星辰 昨夜の風
  画楼西畔桂堂東 画楼の西畔 桂堂の東
  身無彩鳳双飛翼 身に彩鳳双飛の翼無きも
  心有霊犀一点通 心に霊犀一点の通ずる有り/『無題』

 李商隠は、ただの艶冶郎ではなくて、武侯廟(諸葛孔明の陵墓)を題材に歴史を詠じたり、幼い息子のやんちゃぶりを詠んだり、形而上的な寓意詩を詠んだり、作品は多彩である。やっぱり、中華文化圏の詩人だなあ。全然詩風の異なる(ように見える)最晩年の白居易が、李商隠の詩を「酷愛した」というのも興味深い(Wikipedia)。
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