見もの・読みもの日記

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研究と大衆/はい、こちら国立天文台(長沢工)

2005-09-20 00:36:49 | 読んだもの(書籍)
○長沢工『はい、こちら国立天文台:星空の電話相談室』(新潮文庫)新潮社 2005.9

 東京・三鷹に本拠を置く国立天文台は、日本で唯一の国立の天文観測研究機構である(ハワイのすばる望遠鏡も、国立天文台の附属施設だ)。国立天文台には広報普及室(現在は普及室)という組織があり、一般市民からの、さまざまな電話質問に答えている。

 著者は『天体力学入門』(地人書館 1983)をはじめ、多くの著作で知られる天文学者であるが、東京大学地震研究所を退官後、1993年から2002年まで、”教務補佐員”として、天文台の電話番を手伝った。最初の時給は810円だったという(安い~)。

 本書は、年間1万件を超える問い合わせに答える広報普及室の奮闘を、セキララに描いたもの。”セキララ”というのは、マスコミの身勝手な問い合わせに憤慨したり、ケアレス・ミスで間違った回答をしてしまったり、困った利用者に振り回されたり、こんなに正直に書いて大丈夫なの?という記述もあるからだ。しかし、全体としては、彼らの真摯な対応ぶりに胸を打たれる。質問受付は全て無償で、時には参考資料をコピーして、質問者に送ってあげることもあるという。

 私は、国立天文台の事務に少し携わっていたことがある。1996~97年のことだ。今でこそ、国立大学や国立の研究機関でも、営業努力や社会貢献が重視されるようになったが、天文台は、当時からいちはやく、研究成果の社会還元と広報普及に力を入れていることに驚かされた。それは、天文学という学問が、歴史的に多くのアマチュアに支えられてきたことと、無関係ではないと思う。

 本書で感銘深かったのは、広報普及室を手伝う院生たちについて語った段だ。彼らは自分の研究テーマについては、既に並々ならぬエキスパートである。しかし、彼らの研究テーマに関連するような質問がくることは、まずない。電話に出れば「×月×日の日の出は何時ですか」のような単純な質問の繰り返しである。

 だが、それは大事な経験なのだ。彼らの研究と、「一般大衆が天文学に期待している実用性」が、どれほど乖離したものであるかを認識し、国民の税金で研究をさせてもらっている者として、「研究成果を、いつか、なんらかの形で国民に還元することを考えてほしい」と著者は願う。研究者としての出発点で、こういう実地教育を受ける彼らは、とても幸せなのではなかろうか、と思った。
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