「オペラは歌詞の意味がどうもよく分からないので敬遠しているんだ・・」
ずっと昔のこと、とある熱心なクラシック愛好家がこんな呟きを漏らされていたことが、妙に記憶に遺っている。
日本人が食わず嫌いも混じってオペラを敬遠している理由もそこに尽きると思うが、ブログ主の場合は「魔笛」(モーツァルト)によってすっかりそのイメージが覆ってしまった。
歌詞の意味なんか分からなくても構わない・・、オペラとは登場人物たちの役柄、心理、感覚、身体、動き、旋律、ハーモニー、そして音響空間などの総合芸術なんですから・・、というのがその理由。
オペラがレパートリーに入ると音楽人生が充実しますよ~(笑)。
格好の本があります。
解説にはこうある。
オペラには、他の芸術にはできないことが、できるのです。世界を音楽で表現する総合芸術「オペラ」。
400 年の歴史持つこの素晴らしい芸術は今、制作者たちの拙劣な活動によって、作品の価値を下げられ てしまっているのではないだろうか。
本書は、誰よりもオペラの可能性を信じる演出家ミヒャエル・ハンペによる、本当のオペラを知りたいと思う者たちへ向けた講義である。
オペラが持つ重要な要素の数々について、過去の名作品や、オペラに関わる人物の言葉等をふんだんに引用して歌うように語り、「オペラとは何か?」という問いの答えに迫る。
すべてのオペラ愛好家、制作に関わる人々、そしてオペラ嫌いや、オペラを知らない人にも読んで欲しい。
読めばオペラの見かたが変わる、画期的なオペラの手引き書。
著者:Michel Hampe(ミヒャエル ハンペ) オペラ演出家・舞台美術家、ケルン音楽大学教授。
というわけだが、表題の中に「学校」とあるように、先生(オペラの専門家)が生徒たちに教えるような調子で全編が貫かれている。
何といっても本書で一番印象に残ったのが「モーツァルト礼讃(らいさん)」に終始していることだった。
たとえば68頁。
「多くがモーツァルトからの剽窃(ひょうせつ)だ」と、オペラ “ばらの騎士” を観たある人が作曲家のリヒャルト・シュトラウス(1864~1949)に言いました。シュトラウスは平然と、“そうですよ、もっと良い人がいますか?”と答えました。
事実、モーツァルトは最高のオペラの師匠です。すべてを彼から学ぶことができます。彼に関しては“ごまかし”は利きません。オーディションでは歌手の長所も短所も数小節で分かってしまいます。」
といった調子。
次に、彼のオペラが持つ社会性に注目せよとの指示が72頁に出てくる。
たとえば、モーツァルトのオペラに必ずといっていいほど登場する下層階級の人物。いつも下積みのタダ働き同然なので高貴な人々に対して常に反感を抱いているが、その下層階級と上層階級との間でもたらされる何がしかの緊張感が彼のオペラの中で劇的な効果を生じている、とのこと。
そういえば「魔笛」にも、しがない“鳥刺し”のパパゲーノが貴族階級を皮肉る台詞が沢山出てくるが、このオペラは単に美しいメロディに満ちているばかりと思っていたが、こういう鋭い社会風刺の側面にも配意すべきだと改めて気付かされた。
ただし、モーツァルトの下層階級に対する眼差しは実に暖かい。パパゲーノや黒人奴隷のモノスタトスのアリアなどは滑稽さだけではなくて、ほのぼのとした温かさ、優しさが漂っているのが不思議~。
これは本書には載っていないがモーツァルトが当時の階級制度に対して常に不満を持っていたことはこれまでの彼の言動から明らかである。
貴族や権力が大嫌いで、芸術家としての自分の才能に対するプライドがあり、大司教や貴族といった権威に対する反発心が人一倍強かった。
たとえば傑作オペラ「フィガロの結婚」に次のような一節がある。
「単に貴族に生まれたというだけで“初夜権”(召使が結婚した花嫁の初夜を領主が奪う権利)を振り回す伯爵に対して、フィガロは「あなたは、それだけの名誉を手に入れるために、そもそも何をされた?この世に領主の息子として生まれてきた、ただそれだけじゃないか!!」
と辛辣なセリフを投げかける。このオペラが当時、上演禁止になった所以である。
当時は現代からすると信じられないほどの階級社会だったことを彼のオペラを鑑賞するうえで忘れてはならない・・。
最後にもう一つ。「音が多すぎる・・・・」(94頁)。
「音が多過ぎる、モーツァルト君、音が多過ぎますよ」と、皇帝ヨーゼフ二世は≪後宮からの誘拐≫の初演後にモーツァルトに言った。
それに対してモーツァルトは「丁度それだけ必要なのです、閣下」と答えた。
皇帝の言わんとするところは「モーツァルト君、君のやり方はよろしくないですね。君は表現すべき多くの要素を音楽(オーケストラ)に委ねています。性格、状態、気分、表現の微妙な差異、それから無意識のことまでも、それらの要素は本来舞台上のオペラ歌手の役割です」だった。
これはオペラの本質にかかわる事柄でもある。そもそもオペラとは「音楽によって表わされる物語」だが、どんなオペラでも次のような問題点を孕んでいる。
すなわち「大切なのは話の内容か、音楽か?オペラ歌手とオーケストラのどちらが重要か?それらは補完しあうのか?どちらに優先権があり、片方が完全に黙り込んでしまうのか?」というもの。
この相互関係は作曲家によって、オペラによって、そして場面によってさまざまだし、常にその真意が汲み取られなければならない。
音符をまるで言葉や文字のように自由自在に操ったモーツァルトのことだから、「オペラは音楽が主導すべきです」と、舞台表現においても音楽重視となったことは容易に想像がつきますね。
というわけで、本書はこれから「もっとオペラに親しんでみようかな」という方々にとっては、ご一読されてもけっして時間の無駄にはならないと思います~。
とはいえ、もし読む時間があったとするなら世界最高峰のオペラ「魔笛」に耳を傾けられることの方をお薦めします。
「You Tube」に仰山ありまっせえ・・、これほどの名曲ともなると演奏なんて よりどりみどり ~(笑)。