今や日本の作家の中で「ノーベル文学賞」に最も近いと言われている「村上春樹」さん。
あまりにも世界的に有名になりすぎたせいか、近年受賞を逸し続けているが、むしろご本人はそういう「ご大層な賞」に無縁であることを良しとし、まったくこだわっていないことが何となく作風から察せられる。
その村上さんの本だが、つい最近読んだのが「雑文集」(新刊)。
膨大な作品群があって、とても”ひと括り”には出来ない作家だが、タイトルに「雑文集」とストレートに銘打つところがいかにも”偉ぶらない、もったいぶらない”村上さんらしい。
周知のとおり、村上さんは作家デビュー前にジャズ喫茶を経営していたほどの音楽好きでその「音楽論」には心惹かれるものがある。たとえば、いつぞやのブログで「指揮者小澤征爾との対談集」を題材にしたことがあるが、ジャズのみならずクラシックにも造詣が深いことが伺える。
ただし、オーディオマニアではないのが残念(笑)。
日常聴かれているのは「レコード」が主体で、それはそれで充分頷けるのだがシステムのほうがアキュフェーズのアンプとJBLの古い3ウェイのSPというずっと不動のラインアップ。
「この音が善くも悪くも自分のメルクマールになっている。そりゃあ、いい音で聴くのに越したことはないがオーディオに手間と時間をかける気にはなれない」とのことで、いっさいシステムを変えようとされない。
たしかに一理あるが、第三者からすると実に惜しい!
作家だけあってものすごく筆は立つし、前述のように音楽への造詣は深いし、カリスマ性もあるし、もし村上さんがオーディオマニアだったら、立派に「五味康祐」(故人、作家)さんの後継になれたのにと思う。
もしそうなると読者の一部がオーディオに興味を持ったりして日本のオーディオ界も随分と潤い、元気が出たことだろう。
ちなみに、ほかに音楽好きの作家といえば「石田依良」さんが浮かぶ。
豪華なオーディオ装置のある部屋で執筆しながら、グールドの弾くモーツァルトのピアノソナタや、オペラ「魔笛」(クリスティ指揮)を愛聴されている。
これから「音楽論」や「オーディオ論」がどんどん出てくることに期待したいが、参考までに「石田依良」というペンネームの由来はご本人の姓が「石平」(いしだいら)だから。
話は戻って、この「雑文集」の中に「余白のある音楽は聴き飽きない」の標題のもと、以下のような文章があった。
オーディオ専門誌「ステレオ・サウンド」の特別インタビューに応えたもので、オーディオ愛好家にとって随分と励みになるコメントだと思うのでちょっと長くなるが引用させてもらおう。
「僕にとって音楽というものの最大の素晴らしさは何か?
それは、いいものと悪いものの差がはっきり分かる、というところじゃないかな。大きな差もわかるし、中くらいの差もわかるし、場合によってはものすごく微妙な小さな差も識別できる。
もちろんそれは自分にとってのいいもの、悪いもの、ということであって、ただの個人的な基準に過ぎないわけだけど、その差がわかるのとわからないのとでは、人生の質みたいなのは大きく違ってきますよね。
価値判断の絶え間ない堆積が僕らの人生をつくっていく。
それは人によって絵画であったり、ワインであったり、料理であったりするわけだけど、僕の場合は音楽です。
それだけに本当にいい音楽に巡り合ったときの喜びというのは、文句なく素晴らしいです。極端な話、生きてて良かったなあと思います。」
以上のとおりだが、以下、文中の音楽を勝手に「音楽=再生音」と変換させてもらうことにしよう。
オーディオに熱中して随分長くなるが、常にいいの悪いのと価値判断を続けていると時折り自虐的になることがある。
いったい何をやってんだろう、こんなに手間と時間を費やしている割りには目立った成果がいきなり上がるわけでもないし、むしろ、一歩前進、二歩後退のときだってある。
うちのカミさんなんか、「よくもまあ飽きもせずにあれこれ”いじり回してる”けど、ちっとも(音が)変わらないじゃない」と半ば呆れ返っている始末だし、このブログの読者だって「少しばかりの音の差にこだわっていつも騒々しいが、どうもこの人の心理状態がよく分からん。」と、きっと眉を顰める向きがあることだろう(笑)。
そういう多勢に無勢のときに、世界的作家の村上さんから「微妙な小さな差を識別できることで”人生の質”が違ってくるし、価値判断の絶え間ない堆積が人生を作っていく」なんて言葉を聞かされると、まるで「百万の味方」を得たようにうれしくなる。
ここで村上さんが言う「人生の質」とは人それぞれの受け止め方になるのだろうが、少なくとも「お金持ち」になることや社会的に成功する事で得られるものでないことはおよそ想像がつく。
ほんのささやかな「音楽&オーディオ」というフィールドだが、これからも「微妙な差」にこだわりながら「ボケ防止」も兼ねて「人生の質」を高めていこうと決意している今日この頃(笑)。