前回からの続きです。
「245」アンプの整流管(ドイツ製)を1940年代から1930年代に代えてもらったところガラリと音が一変したのには驚いた。
「同じ型番の球なのに製造年代の違いでこうも変わるもんですか!」
たとえて言えば、下町の美人が上流社会の高貴な貴婦人へと変身したみたい(笑)。
録音された細かな音声信号をすべて出し尽くすかのような印象で、音のエッジといい、艶やかな音色といい、見通しの良さといい、これに音響空間を漂うような幽玄な雰囲気が加わるのだからたまらない。
「スピーカーAXIOM80の開発は245真空管でテストされたと聞いてましたがこれで納得です。この整流管によってようやく真価を発揮しましたね。」
「ハイ、245は世界戦略を目指して作られたと聞いてます。アメリカ系の球はサックスなどの管楽器には強いんですが、弦の響きは欧州製に及ばないのが定評でした。その点、この245は両方いけますのですぐに欧州を席巻したようです。この球を基本にして作られた類似管がとても多いようですよ。現在挿し込んでいる245はアメリカ製ですが、ちょっと特殊な型番です。」
「たしかに、この245で鳴らすヴァイオリンの音色は上の方が一段と伸びきった感じがしますね。これだけ鳴ってくれれば言うことなしですよ。私も245が欲しくなりました。それにしてもこの1930年代の整流管は只者ではありませんね。当時のドイツは凄い技術力を持ってたんでしょう。」
「当時の球は第二次世界大戦時の連合軍のじゅうたん爆撃で破壊されてしまい程度のいいものがあまり残ってないのが残念の極みです。北国の真空管博士に無理を言ってようやく手に入れました。いくら出力管が良くても整流管が悪ければもうアウトです。整流管はアンプの命運を左右しますよ。」
こういう音を実際に聴かされると、その言葉にもメチャ説得力が出てくる(笑)。
しかし、整流管を替えただけで、その変化を如実に顕わにするスピーカー「AXIOM80」のデリケートさにも改めて感服した。
「手を入れれば入れるほど音で返ってくる、それがAXIOM80です」と、しみじみと洩らされるKさん。
「ほんとにそうですよねえ、まったく同感です。」
改めてKさんのAXIOM80に対する「執念と熱意」に思いを馳せた。それを端的に物語っているのがこれまでの真空管アンプ遍歴だ。
前回のブログでも触れたが、出力管ごとに挙げてみると「71A」(2台)、「42」、「245」、「250」、「2A3」、「VT25」、「VT52」、「WE349A」、「KT77」、「EL32」、「VT62」ほかにもいくつかあるので合計すると軽く10台は越えている。すべて売らずに保有されており、また稀少な1920年代前後の球も数知れず。
これだけのアンプと稀少管で次々に鳴らしてもらうと、いくら気難しい「AXIOM80」だってスピーカー冥利に尽きるだろう。
これとは逆の方向で「AXIOM80はけっして万能のスピーカーではない」とばかりに、早々に見切りをつけてしまったのが何を隠そう自分なのである(笑)。
ウェストミンスターや30センチ口径の「AXIOM300」へと別ルートを次から次に開拓してしまったのだ。ま、浮気性は今に始まったことではないのだが(笑)。
これに比べると、Kさんの場合は完全に退路を断たれて「AXIOM80」だけに集中されたわけで、その熱意がこの音になって結実したのだろう。
こういう事例を目前にすると我が家もウカウカしておれなくなった。
3時間ほど聴かせていただいてから辞去し、17時ごろに自宅に到着。
「音の記憶遺産」が新しいうちに、新たな観点から「AXIOM80」と一番相性のいいアンプの選考に入った。
PX25アンプ、71Aプッシュプル、171シングル、171シングル(インターステージトランス入り)、2A3シングルと5台の真空管アンプのオンパレード。
「斎戒沐浴」(さいかいもくよく)の心境のもとにテストに当たった。
すると、何と一番シンプルな構成の「171シングル」(トリタン仕様)が「245」アンプの音に一番近かったのである!
インターステージトランスも入っていないし、何の変哲もないアンプで、お値段の方も一番安価だったのだからまったくの予想外。(ただし、整流管だけはKさん並みに気を使って稀少管の<OK-X 213(メッシュプレート>にしてある。)
最近読んだ「ミッドナイト ジャーナル」という本(87頁)に「先入観は罪、固定観念は悪だ!」という訓戒の言葉があったが、今回ほど痛切に感じたことはなかった(笑)。