ふろしき王子のブログ◎
出前講座開催☆
http://furoshikiouji.asia
メール isamix@gmail.com
 



この後、夜更けから大雨なるかな?台風は必要な側面もあるけれど、
被害の大きいのが 立て続いたらもううんざりであるし、
大切な命が奪われている以上、異常な台風が発生しないように
はっきりと対策をしていく必要がある。
天災の副作用は、人災から起きている。


以下、恩師中島智先生の言葉から一部引用。


・凡庸な写真家は観光スナップか絵葉書を彷彿させる
 象徴的なランドマークや装飾物を写したがります。


 横山所感(以下横):たとえば五月のカレンダーだから鯉のぼりの写真を載せるという感覚は、
  リアルな五月の官能を皮膚で感じとれていない悲しみがある。


・子が親を生み出す。

 横:すると、親鶏より卵が先にある。卵のないうちはアメーバのようにクローンで殖えるのだから、
   卵なくして親とは言われない。


・誰かが君のアイデンティティを問うてきたり、君の作品の
 社会的意義を問うてきたりしても、それはそれを問うている側が抱えている
 何がしかの不安から発せられる問いなのだから、
 君たちが自分の問題と勘違いして強迫的に求める必要なんかない。


 横:分かりやすいキャッチや肩書で決めつけて理解したつもりになったり安心する人が多いのが世の常かもしれない。
   風呂敷のきっかけは使い捨てのゴミを減らしたい思いだったが、ふろしきをインスパイアする前に、
   全く別の縁でいただいた本に風呂敷のことが載っていて、それを見てなければ頭によぎらなかっただろう。
   だから、風呂敷をつかうようになった理由は偶然であるか、見えない誰かの導きというのが本音。


・愛と理解はまったく異質な感情なんだ。
 むしろコンタクトできてるつもりで理解
 してしまう働きのほうが「心の病」なんだ。


 横:誰かの寂しさを癒そうと寄り添ってくる人自身が、本当は最もさびしい。
   しかも、その誰かを寂しかろうと決めつけているのも勝手な都合。
   空氣を読まず、そのくうきを無効化するほどあっけらかんとマイペースな人こそが、
   現状を一変させる。理解不能を識っているからこそ、脈略をきにせずに振舞える。


・「自然には敵わないですよね」と聞かれ
 「人間の自然もあるんです」と答えました。


 横:人の自然を思い、他の動植物との違いを痛感するほどに
   人は地球出身ではないのではと考えたりもするが、それは
   現代生活による病の部分もあるらん。


・ある人物を評価する時、その人の短所はその人の長所を汚したりはしない。

 横:だのに、たった一つの批判や指摘が、相手を全否定したようにとられるおそれがあるから、
   おんなじ中身でも、婉曲な表現を心がけている。以前、歯にニラかなんかが挟まっていた女子に対し、
  「ひかるきみの、歯のまぶしさに、ホーリーバジルが降りてきた」とつたえた。


・「早弾きは練習すればできる。センスが問われるのはスローなほうなのに」

 横:初見のインパクトよりも、飽きなさが問われるゆったリズム。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする




うっとこが庭、

水草たなびく水槽にはまだ、雨がえるのおたまじゃくしが
遊泳している。

木蔭の睡蓮鉢の池には、だるまのような顔した
赤蛙が潜っていて、
たまに通りがかりのひきがえるの子どもが行水にくる。

裏庭へ抜ける細道の脇には、でっぷりしたひきがえるが
潜みつつも、いつの間にか消えている。

すっぽんの赤ちゃんは、日なたぼっこしたるを
撮影せむと思ったとたん、察するのか
わたわたと水中へ落ちてしまう。



野菜くず放り場は発酵してあたたかいのか、大きなひきがえるが
穴掘って酵素風呂にひたっている。

この庭にはいったい何匹の蛙たちが棲みついているのかな?

かえるの住みよき処ならば、あなたもきっと暮らしやすい。
きみは虫を食べないかもしれないけど、
同じ皮膚感覚で、いまを生きている、
いっぴきずつのいきもの同士。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする




続 芸術人類学者・中島智先生のことば(ツイッター等より一部引用)


・同じとこ探すより、違うとこ愉しむもんだ!

 横山所感(以下横):共感できる人に好感を抱く心理は、他人を通して自らを
  肯定したい悲願から来る。しかし、さような遠回りをせず、
  ストレートに自分自身を尊重・敬愛できれば、逆に、
  他人に対しては、自分とは違う部分をたのしめるようになる。
  違うところを持ち味として役割分担すれば、この世はきっと天国に。


・「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」で賛否を決めるのは恥ずかしい。

 横:どんなに尊敬すべき人でも、間違うことはある。内容をきちんと
   見極め、ときに進言することは、かえって最大級の敬意となろう。


・〈制作目的〉に意識的であることを尊ぶローカルな文化風土に則って、
 ディスカッションやプレゼン技術ばかりに授業時間を費やしている欧米の美術大学


 横:自信のなさに比例して、理論武装し饒舌となる傾向さえもかんじる。


・ポルノ雑誌から学んでしまった人々が、裸体は猥褻だと勘違いしています。
 互いに異性を記号化し、子どもは愛し合って産まれることが分からず、
 エッチして産まれると考える思春期止まりなのでありましょう(笑)


 横:自然を不自然に(違和感)を思う病理。


・今度、アフリカの「正装」を「ヌード」扱いしたら、赦さんからな

 横:おっぱいは子どものためにある。それを見て激情へ至るは、
   いまだ乳房に未練のあるマザコンともいえよう。




・(「咲いた花なら散るのは覚悟」と、戦死に「カッコ良さ」を感じていた友に対して)
 「桜は散るために咲くんか?オメェを散らしてのさばる輩がおるんぞ、それが見えんなら阿呆じゃ」


 横:優秀な人財がパワハラなどで職場を追われるとき、彼/女は謙虚ゆえに
   抗わずに去ることが多いが、信じた仕事であれば、悲劇のヒーローに浸らず、
   世界の未来のために、出るところは出るべきだ。
   

・美しいという以上に、素的なひとは、毎日みかける。
 ブランドや流行への依存は、却って制服のように保守的で、
 むしろ気分でテキトーに着ている人々のほうが、着ていないくらい素的にみえる。


 横:テキトーこそ、皮膚に共鳴する「いまあるべき衣」を無意識にえらぶ。
   同化するから、衣装ではなく本人がみえる。


・〈差異〉は〈対立〉ではなく、助け合うためにあるんだよ。

 横:うまれもった性質を生かした役割分担により、せかいは見違えるだろう。


コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする





末娘を待つうさぎ


クサガメ「亀吉」の日向ぼっこ


ひきがえる。湯より上がる


すっぽん◎ まだ名前はなかった。


傘を干す

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする




武蔵野美術大学時代からの恩師・中島智先生の言葉(ツイッターなどより一部引用)


・ニンゲンとしての私は、しばしば判断を間違う。
 しかし、イキモノとしての私は、その判断を間違えることがほとんどない。


 横山所感(以下横):人間としての思考は脳に依り、それは数十年の経験値による。
  しかし、生き物としては、数億年の遺伝子の記憶による勘が冴える。


・「イイな」感覚に偏向していて「飽きない」感覚が欠落している

 横:SNSにはキャッチーなものばかり。何度も観たいものは多くない。


・見慣れないものを「下品」もしくは「非文化的」と見なしてしまう。

 横:ふんどしは下品か。ふんどしはニュートラルだ。下品にも上品にもなれる。


・自分の魅力を伝えるよりも、相手にどれくらい惚れているかを伝える

 横:自分の魅力をアピールして愛されるようという目論見はおこがましい。
   真に魅力ある人は、そこに在るだけで世界を変えてしまう。


・“実在から発せられない言葉、抽象的な概念を乱用すると、
  実在が君の身にふりかかってくるから気をつけなさい”


 横:はじめに言葉ありき、は虚しい。つかいたい、好きな言葉を使うチャンスを
   ここぞと伺っている作家もいる。しかし、実在を映すことばを、自ら
   即興で生み落とすことが創造だ。


・月光はヒトのこころを裸にする。街灯さえなければ夜は明るいのだ。

 横:明るいほど人の心身は閉じこもり、暗いと環境と溶けあって解放され、
   こころもからだも裸になれる。細胞にとっては、光さえも酸化を起こす抵抗である。


・「不安な状態のとき、 “いまマトモだ” と感じたよ」
 独りで観て、自分で考え、経験則に頼らないで “いま” を生きている証拠。


 横:たまたま上手く行った方法論にとらわれているうちはかえって自信がみなぎっている。
   それが、今を生きていない二番煎じと氣づいたときからスランプがはじまり、
   曇りがとれて、その瞳には宇宙がある。


・「悩んで大きくなる」というよりも「悩んでいる時がもっとも大きい」。

 横:悩んでいるときは広大無辺たる非結晶。何か一つに収束させて結晶化(かたち)を
   見出せるが、了見も限定されつつある。


・「君らは飽きっぽいから“根性”って言うんだよ、
  君らの飽きっぽさを味方にしたら多作で独創的な画家になれるのに」


 横:短所と思い込んでいるところが、永続可能な最大の長所、武器となる。


・饒舌とは往々にしてハリボテなのである。
 その人がその人の言葉で語り拓こうとするとき、それは〈語り損ね〉として表徴する。
 ゆったり耳を澄まさないと〈聴き損ねる〉。


 横:例えばある雨音を聴いて、安易に「しとしと」と表現するか、それとも
   自分の感じたリアルな雨音を表すことばをつむぎ出そうと、
   もごもごしちゃうかの差。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする






コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする




芸術人類学者の中島智氏のツイッターより、一部引用


・音楽で踊るのではなく、音楽と踊るのだ。


・AIとは経験値だけで物をいうオヤジ


・アウトプットなくしてインプットはない


・「興味がバラバラで何やりたいのか判らない」と言う学生に、それを箇条書きしてもらうと
 「バラバラどころか全てが関連している」


・「障害者」などいない。「障害となる環境/社会システム」がある。


・裸身は「恥辱」ではなく「尊厳」である。いきものとしての尊厳にまさる尊厳などない。


・「わからなさ」は、付き合えば付き合うほど増していくもの。


・「理解したつもりになるのか、それとも愛するのか」


・発見とは、やってくるのではなく、見方にゆらぎを赦した結果。


・すべての教科で好成績なのは「頭がよい」のではなく、何にも興味がない。


・「頼る」って、他人への敬意を表すこと


・「描く」ことは、後付けされる「目的」以前の、謎である。


・簡単に言葉にしないで、そのもやもや体験を持続してほしい。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする






見ながら描くリアルタッチではなく、
見ずに思い出して描きつづけることで
半ば記号化してできあがるキャラクター。
たまにはそんな描き方も試してみました。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする






コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする




8月は、大雨の3~4日後の川が非常に澄んでいて、
裸眼でもぐって泳いでいましたが、現在では
川底のバクテリアの種類も変わったのか、泳ぐという感じでは
なくなってきました。
来年をたのしみに、それまで有意義な研鑽の日々を送っていこう!!!





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする






5年ぶりの新著『ふろしき レシピな旅』
はやくて10月中に発売予定です!!!

新たに発見したむすび方もたくさん加えています。
ただのハウツーだけでなく、全ページイメージイラスト入りで
一緒にふろしき旅をたのしんでいただけたらと願っています。

すてきな本にするべく日夜向き合っていますので、
発表の折には、どうぞよろしくお願いします。横山功

コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする





月に1,2度つくるラーメン。
簡単だけど、家族に好評です。


マンゴー入り杏仁豆腐。
9/9は誕生日でした。



プレゼントのブレスレット。
嬉しい!!!☆♪




コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする





台湾のマンゴーケーキ



香港の月餅(Mooncake)アヒルの卵黄入り

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする




明日(水曜)は浅草の実家のお店の手つだいのため
朝6時半に出発し、日野駅から中央線で神田、
山手線で上野で降り、そこから30分ほど歩いて行く予定。

でも発つまえに自宅でふろしき本をすすめたいので、
4時の目ざましですっきりと覚められれば、立ち上がらむとおもう。

本のために文章をつくったり絵を描くのはエネルギーを
つかいながらも楽しいので、今から3時間睡眠でも何とかなろう。
心の体へ及ぼすはたらきは想像以上なのだ。

このたびの新刊本(自作)のタイトルは今は伏せますが、
そのまえに副題のように「ひめとにんじゃの」が、はじめはありました。

結局そこは削ったのですが、
この経緯のおかげで、ページ毎のイメージイラストには忍者
(忍び衣装ではないふだん着)と
姫(西洋服。お嬢さま系)が代る代る登場するです。

その姫が、自分でいうのもですが
大変愛らしいために、ますます描くのがたのしくなっています。

何度も同じ顔を描くうちに情が湧くというばかりでなく、

今回はいつもの即興とはことなり、一応はキャラクターデザインを
したので、何度となく顔や着る服を調整して、ようやく
ととのって誕生したよろこびがあります。
ほんのさじ加減で微妙に変わる表情に出会うと、
まるで生きているかとまで感じています。

彼そして彼女は、必ず、ひとり/ふたり歩きして、
全世界じゅうへ、風呂敷の魅力を伝えひろげていくでしょう。

ただ、今描いている絵は習作であり、
清書は墨とフデのいっぱつ描きの予定です。

鉛筆で描いた絵と、筆でそのまま完成さす絵では、
またまったく情緒のことなるはず。

どんなものも、多くも少なくも産みの痛みはあり、
苦の花さかせるともいう。
逆行こそが進化を呼ぶのであるし、
案じすぎず、じぶんで決めてすすんでいけば必ず大丈夫
ということを肝に命じたい。

困難があるとして、そこへつよく立ち向かうというよりは、
その困難をやさしく撫でるように、
柔らかな指さきでほぐしていけば、
問題こそが最大の助けへと転じる。


泣ける毎 君が瞳の 清らなり

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする




タイトルは二転三転して、ようやく落ち着きました。

そのときの自分のこだわりとか、精神状況によって、
佳きとかんじるものが変化するものですが、
たぶんもう大丈夫でしょう。

表紙を抜いて32ページのうち、
まえがきと後書きがあるので
30種類のふろしき使い方紹介ですが、
アレンジも載せているため
実際は50近くあるかもしれない。

また、タイトルや文は全て筆による手書き文字とし、
イメージイラストと結び方イラストも手でえがきます。
以前「自然育児友の会」の会報で
「ふろしき王子のなみぬい工房」というページを
連載していたときも同じく
オール手書きでした。

せっかく日本語なので、ほぼ縦書きです。

このブログも縦に書けたらよいと思うのは、
よむだけでなく、書くときに縦だと、
出てくる文章まで変わってくるものです。

横書きは話言葉になりやすい。
縦書きこそ書き言葉になるため、
責任をもち、あいまいな表現はしなくなります。

横なら「そんな感じではないかと思っている」と自然に出るけど、
縦は「そうである」としたくなるから、心許ない内容は
きちんと下調べをすることになる。

前に、2冊目の本を出版してから、5年経っている。
このかんに下の2人の娘が誕生し、幼な子たちの
ふろしきで遊ぶのからひらめいたものや
子育てを通して発見したむすびなど、

相当数のおすすめ結び方と出会ったので、
それらを加えた新しい本をつくりたくなりました。

災害もふくめ多様なシーンで役立てるよう
携帯しやすいA5サイズにします。

各地で開催しているふろしき実習講座のあと、
「ふろしきは即興で何とかなります」と伝えながらも、やはり
なにか復習用できるものを希望される方が多いので、

そういうときにこの本も紹介できたらと思っています。

自費出版に近いかたちなので、予算の都合で
はじめは100部刷れるかどうかですが、
またご案内いたしますので、今後も変わらぬ
応援をよろしくお願いいたします。

世の中に役割のないものなどないし、役割を見出したり意味を持たせることが
いきものや人や物や居場所を豊かにすることと思います。

それは、今あるものを壊して作り替えるのではなく、
意味を与え、人にとっての命を吹き込むことです。
厄介な雑草として嫌われやすい葛の葉も、
家畜のすぐれた飼い葉として、ただで手に入る恵みと
映る人もいるでしょう。

風呂敷も、役割を限定された観念がまだまだあります。
お弁当包みと、昔の人が背負うもの、チャンバラのマント。
まるで、卵はゆで卵しか調理法がないというほどの狭い世界。
折り紙で折れるものは鶴ばかりではありません。

いちまいから、宇宙よりも広い世界がつづいています。
なぜなら、風呂敷だけではただの布だけど、
それを人がつかうからです。

主人公はあなたです。
風呂敷は、旅のたのもしき道連れです。
忍者のように、必要なときにすっと出て、
様々な場面であざやかに助けてくれるでしょう。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする


« 前ページ