続 芸術人類学者・中島智先生のことば(ツイッター等より一部引用)
・同じとこ探すより、違うとこ愉しむもんだ!
横山所感(以下横):共感できる人に好感を抱く心理は、他人を通して自らを
肯定したい悲願から来る。しかし、さような遠回りをせず、
ストレートに自分自身を尊重・敬愛できれば、逆に、
他人に対しては、自分とは違う部分をたのしめるようになる。
違うところを持ち味として役割分担すれば、この世はきっと天国に。
・「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」で賛否を決めるのは恥ずかしい。
横:どんなに尊敬すべき人でも、間違うことはある。内容をきちんと
見極め、ときに進言することは、かえって最大級の敬意となろう。
・〈制作目的〉に意識的であることを尊ぶローカルな文化風土に則って、
ディスカッションやプレゼン技術ばかりに授業時間を費やしている欧米の美術大学
横:自信のなさに比例して、理論武装し饒舌となる傾向さえもかんじる。
・ポルノ雑誌から学んでしまった人々が、裸体は猥褻だと勘違いしています。
互いに異性を記号化し、子どもは愛し合って産まれることが分からず、
エッチして産まれると考える思春期止まりなのでありましょう(笑)
横:自然を不自然に(違和感)を思う病理。
・今度、アフリカの「正装」を「ヌード」扱いしたら、赦さんからな
横:おっぱいは子どものためにある。それを見て激情へ至るは、
いまだ乳房に未練のあるマザコンともいえよう。
・(「咲いた花なら散るのは覚悟」と、戦死に「カッコ良さ」を感じていた友に対して)
「桜は散るために咲くんか?オメェを散らしてのさばる輩がおるんぞ、それが見えんなら阿呆じゃ」
横:優秀な人財がパワハラなどで職場を追われるとき、彼/女は謙虚ゆえに
抗わずに去ることが多いが、信じた仕事であれば、悲劇のヒーローに浸らず、
世界の未来のために、出るところは出るべきだ。
・美しいという以上に、素的なひとは、毎日みかける。
ブランドや流行への依存は、却って制服のように保守的で、
むしろ気分でテキトーに着ている人々のほうが、着ていないくらい素的にみえる。
横:テキトーこそ、皮膚に共鳴する「いまあるべき衣」を無意識にえらぶ。
同化するから、衣装ではなく本人がみえる。
・〈差異〉は〈対立〉ではなく、助け合うためにあるんだよ。
横:うまれもった性質を生かした役割分担により、せかいは見違えるだろう。
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