「心の坐禅か 命の坐禅か」というタイトルで道元禅の勧めを記事にしたが、今回はいのちの坐禅を勧めたい。
道元禅を沢木興道老師は「自分が自分を自分する」と言われたし、内山興正老師はそれを「命が命を命する」と言われている。
私はそれを「宇宙が宇宙を宇宙する」と言い直したい。
どこが違うか、只管打坐の坐禅は変わらない、ただ、坐る場所を宇宙の中心に持ってくるだけである。
百丈慧海和尚に「独坐大雄峰」という言葉ある。
僧が百丈懐海和尚にむかって、「如何なるか是れ奇特の事」(この世の中で、最も素晴らしいことは何ですか)と尋ねた。すると百丈は「独坐大雄峰」(この百丈山にこうしてどっかりと坐っていること)と答えた。
それに倣って、私は「独坐宇宙の中心」。それはどこかと言えば、尽十方に宇宙の展開がある、今、ここである。
宇宙の宇は空間、宙は時間のことである。宇宙とは時空のこと。時空の座標で言えば、(0,0,0,0)。
座蒲に坐る時に(0,0,0,0)に坐ると、決めるだけである。宇宙は勝手に回転する。
それが宇宙禅である。