十方世界共生山一法寺

自己の世界を建設しよう
 日本のことも世界のことも自分自身のこともみな自己の内のこと。

自己生命を図示しました

2015年06月27日 | 生命

以前、自己世界図として下記の図を紹介しましたが、今回、自己生命図として身体を入れて立体的に分り易くしました。

「自己世界図」

 

 

「自己生命図」


ここでの「心の世界」には前の「事実世界」を当てはめて考えてください。

身体は者の世界つまり宇宙と不可分、つまり、切り離すことができずに一体です。そしてその者の世界を心の世界、スクリーンに写していてそれをあたかも外の世界を見ているように思っているのです。外からは光とか音とかの情報しか届きません。その情報を頭が加工して心のスクリーンに映しているだけです。ですから、日月星辰森羅万象、全部、全部自己の内にあるのです。
つまり、それは自己が創り上げた世界なのです。天地創造は自己が行っているのです。

真実によって生かされ、真実を生きているのでですが、生きるにあたっては事実の世界しか知り得ないからそれを基に生きているということです。事実に基づいて身体を動かし真実に影響しているのです。つまり、その動きはたとえわずかでも宇宙全体に波紋を拡げていきます。宇宙の姿形が変わってしまうのです。電磁力と重力の影響範囲は無限大ですから、光速で影響を与えていくのです。

ですから、自己生命図全体をもって、自己の真実の生命と理解すれば、人生に関する意味も大きく違ってくると思います。真実生命は死ぬことはありません。宇宙なのですからね。

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闇サイト事件の神田死刑囚の死刑執行

2015年06月27日 | 共生

平成19年に携帯電話の闇サイトを通じて知り合った3人の男が名古屋市の路上で女性を連れ去り現金を奪ったうえ殺害した事件で、3人のうち、強盗殺人の罪などで死刑が確定した神田司死刑囚の死刑が25日午前、執行されました。(NHKニュース)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150625/k10010127021000.html

詳細は上記ページを見てもらうとして、死刑制度について考えてみる。

・人が人を裁き命を奪う、人道上そんなことが許されるのか。人権上の配慮から先進国といわれる国においてはその多くが死刑を廃止している。
・その裁きに誤謬はないといえるのか。現に冤罪事件が何件も起こり、再審で無罪となる事例がある。冤罪で死刑にされては取り返しがつかない。
・法定上、死刑確定後6ヶ月以内に執行しなければならないのに法務大臣が命令をしぶり執行が遅れているものが多い。
・被害者の家族は圧倒的に死刑の存続を望んでいる。

というような問題点がある。

そこで私の提案。

最高刑を終身刑と死刑の選択制として受刑者にどちらか選ばせる。選択を拒否する場合は終身刑を選択したものとする。つまり、自分の命をもって罪の償いをしたい者にはそれを認めてやるということ。
死刑より終身刑の方がある意味、残酷といえるからです。飼い殺しという殺し方をするだから。

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安泰寺住職ネルケ無方さんの本が出ました

2015年06月25日 | 佛教

曹洞宗安泰寺住職 ネルケ無方さんの本が2冊続け様に出版されました。

「ありのままでもいい、ありのままでなくてもいい」(KKベストセラーズ、1000円+税)

ドイツ人禅僧の逆説的人生訓です。

http://www.kk-bestsellers.com/cgi-bin/detail.cgi?isbn=978-4-584-13631-7

「なぜ日本人はご先祖様に祈るのか」(幻冬舎、820円+税)

http://www.gentosha.co.jp/book/b8823.html

ドイツ人の目線から見た日本人の死生観。無方さんの本の中で1番のお勧め。 

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ダライ・ラマ14世「私でダライ・ラマ制度は終わりにしたい」 サピオ記事

2015年06月12日 | 佛教

世界で最も影響力のあるダライ・ラマ14世が、ダライ・ラマ制度を自分で終わりにすると宣言した。

亡くなったダライ・ラマの生まれ変わりという転生童子を探してきてダライ・ラマにするという傍目からすると妙な制度で佛教という観点からすると止めて当然だと思う。

私が記事の中で最も関心を抱いたのは、次の部分です。宗教における迷信の害を廃するためには科学の知が不可欠なので、同感です。転生童子など科学的にはあり得ん話なのですからね。

「私は30年前から世界中の科学者と真剣に討論を繰り返してきましたが、そのなかで、仏教徒と科学者の思考が極めて似ており、仏教の教えのなかにも極めて科学的なものがあることを発見しました。私は15年前から、チベット仏教の僧が学ぶカリキュラムに現代科学を加えています。彼らは最終試験で、仏教の経典のほか、現代科学の試験も受けなければならないのです。」

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20150611-01/1.htm

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即身佛

2015年06月05日 | 佛教

一昨日の歴史ヒストリア「即身佛」ご覧になられたでしょうか。

即身佛とは、下記サイトの説明文にあるように、木喰行といって1000日を超える穀物を食べない行をやって、土中入定、土の穴に生き埋めになって自死し3年後にミイラに状態で掘り出され佛として祀られるものである。全国に17体各地の寺で祀られているが、山形県湯殿山付近が10体と一番多い。

http://www.fukimbara.com/jmb/jmb056.html

佛教では自殺は駄目だが、生死一如の悟りを得た者の自死は認められている。一般人の場合はどうか。私は追い詰められて死ぬことが自殺で、自ら望んで死ぬことは自死と区別しているが、いずれ時期が来ればいやでも死ななければならないのだし、死に急ぐことはないないのだが、自殺者が多いことはどうしたことか。

先月の国会討議でイラク派遣隊員の自殺が29人、インド洋派遣が25人出ていると報告がなされていた。戦死者は出ていないのに理由はいろいろあるだろうがこの数はどうしたものだろうか。多すぎると言わざるをえない。精神の鍛えが足りないのではないだろうか。

さて、即身佛だが、生前実際に迷情救済に努め人々から尊敬の念を持たれていた行者だったし、ミイラ佛として死後も信仰の対象となっているのはそれなりに意味もあるのだろうが、それが佛かいうと違和感を感じてしまう。

根性が螺曲がっているのかもしれないが拝まれる存在というのが、胡散臭く感じるのである。

テレビ画面から映像の一部を紹介。



明治時代になって、自死する者には刑法の適用はないが、上から土を被せる者は自殺幇助で刑罰が課されるようになり土中入定する者はいなくなった。写真の穴は最後の即身佛佛海上人が土中入定した穴。下の方の穴に木の箱を入れその中に入って上から土を被せる。空気穴が設けられ竹筒で土上まで通じそこから空気を吸う。鉦を叩きながら念佛を称え鉦の音が聞こえなくなったら入定したということで、3年経って遺体を掘り出すということらしい。木喰で枯れるような身体になっているのでミイラ化するようである。



一番古い即身佛 300年前の本明海上人。この佛を見て、レポーターの渡邉あゆみアナが涙を流したのはびっくり。

いろんなエピソードが残っている鉄門海上人。

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告知・・・NHKTV「歴史ヒストリア」(即身仏)

2015年06月03日 | 佛教

あと2時間半ほどでNHKTV番組で「歴史ヒストリア」(22:00~)が放映されるが、今回は即身仏がテーマになっている。

見終わったら書いてみたいが、とりあえず放映のお知らせをしておきたい。

1日、2日前にはアップしておくつもりだったが、すっかり忘れていた。

 

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