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いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

(無題)

2014年11月16日 18時32分00秒 | その他

新しい街は都内までの電車賃が500円以下なので、出かけた。

■世田谷美術館

ロシア・アバンギャルドの時代というのがある。20世紀初頭のロシア。スターリンの治世となる1930年代初頭までの時期。かかわったアーティストは、俗物なおいらが知っている「有名」どころから挙げると、カンデインスキー、シャガール(関連愚記事)、マレーヴィチ(関連愚記事)、ロトチェンコ(関連愚記事)、など。

ロシア・アバンギャルドの時代と帝政ロシアの瓦解と革命s [複数!のs]、赤色政権の誕生は時期が重なる。といっても、ロシア・アバンギャルドのアーティストたちがアカだったわけではない。むしろ、後述するように、スターリン時代が始まる前に「逃げた」アーティストたちの方が「幸せ」だったようだ。

そのロシア・アバンギャルドの時代=革命の時代の政治ポスターと少しのちの安定した?時期(レーニン時代)の映画ポスターのコレクションの展示会。

→世田谷美術館 アヴァンギャルドとソヴィエト・モダニズム  2014年9月30日~11月24日 1階展示室

このコレクションは文服出の服飾図案家&ビジネス成功者である松本瑠樹氏のコレクションだそうだ。

その映画ポスターの製作アーティストがステンベルク兄弟 (google)。

↓こういうポスター;

なお展示会では、①革命時の庶民向け政治メッセージを伝えるポスター、②ステンベルク兄弟の映画ポスター、そして、③生産主義時代のポスターを見ることができる。

スターリン時代のポスターです。何が特徴でしょう? まずは、4人さまの御尊顔を拝しあそばせ! [おこたいは最末尾]

なお、カンデインスキー、シャガールと違って、ステンベルク兄弟はロシアに残り、不遇。マレーヴィチも"一介の測量師として写実的な具象絵画に戻り、その一生を終"(wiki)えた。

■ キリコ展 (汐留ミュージアム)

世田谷美術館の後は、汐留ミュージアムのキリコ展に行った。 → ジョルジョ・デ・キリコ -変遷と回帰-

 

おいらの非具象画における絵画の好みは、カンディンスキー、モンドリアン、猪熊弦一郎あたりの抽象画である。 その好みの基準から少しずれるのが、シャガールとキリコ、そしてダリ、レメディオス・バロあたりだ。 (写実派は別途、たくさん好き)。

キリコで一番好きな作品はこれだ↓ (この『Melancholy and Mystery of a Street, 1914 』は今回の展示にない。)

 

「形而上学的絵画」なる言葉がある。そして、その言葉がキリコに貼られ、何かが理解されたようなことになっている。おいらは、キリコの作品群をい見て、どこがどうして「形而上学的絵画」なのかわからない。でも、好きだ。好きな理由はカンディンンスキー的・モンドリアン的美しく調和のとれた抽象画に「逃げなかった」ことにあると今は考えている。そして、実際にキリコがその作家たちと決別したように、「シュールレアリズム」とも何か違う。

「形而上学的絵画」の属性とは次のようなものらしい;

  1. 画面の左右で、遠近法における焦点がずれている。
  2. 人間がまったく描かれていないか、小さくしか描かれていない。
  3. 彫刻、または、マネキンなどの特異な静物が描かれている。
  4. 長い影が描かれている。作品によっては、画面内の時計が示している時刻と影の長さの辻褄が合わない。例えば、時計は、正午に比較的近い時刻を示しているのに、影がひどく長い、など。
  5. 画面内に汽車が描かれており、煙を出しているので、走っていると思われるのに、煙はまっすぐ上に向かっている。
    wiki

このキリコの白昼&都市&人気がないという風景が好きだ。このような風景はおいらが40過ぎて行った「ヨーロッパ」のスペイン(なぜ「」付かというと、スペインはヨーロッパかどうかわからないという御仁がいるからだ;例えば、吉田健一)の古い街のシエスタに時間帯の雰囲気をよく表現しているとおいらが感じるからだ。

白昼の重厚な石造りの建物からなる街の静寂。

↓ こんな感じ;愚記事より。

「ヨーロッパ」のスペインの古い街は、しばしば、中世を彷彿とさせる。そして、キリコのこの建物もモチーフは彼が過ごしたトリノの街の風景に基づくらしい。

 キリコの生涯も第一世界大戦が試練を持たらす。その時、キリコは、むしろ、古典、バロックを勉強したのだ。のち、キリコのモチーフとなる「馬」はスペイン絵画の馬上の王のモチーフを襲ったものかもしれない。なお、キリコは修行としてゴヤを模写している。

 形而上学的絵画の特徴に「人間がまったく描かれていないか、小さくしか描かれていない」とあるが、展示会の作品では、人物は自画像と母親像だけであった。

 生身の人間を描かないということに特徴があるらしい。

 なお、キリコはイタリア人であるが、戦争中は「普通」に創作活動をしていたらしい。

■ 他の人の見聞録 ↓
・「ジョルジョ・デ・キリコ展」感想

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[おこたいは最末尾] スターリンの視線だけがあなたの視線と合うのです。