水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」
ワシ流の説明だ。
こうなったら、もう一つも加えよう。
「いいかげん」だ。
「いいかげん」と「こだわらない」だ。
これで鬼に金棒・・・
次の雑記で更に深く書いてみよう。
ここは「大人」がテーマだ。
「いいかげん」な生き方。
「いいかげん」な対応。
これが綺麗に出来れば、素敵な大人だ。
「こだわらない」生き方。
「こだわらない」対応。
これが出来れば、納得の大人だ。
ワシの目指すタイプになる。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
書く内容が分からないのに書き出す。
すると思わぬ展開となる。
「大人」という題で書き出した。
特に書きたい内容など無かった。
ワシにとって
「こだわらない」は「愛」の一面という気づき。
とても大きな内容だ。
愛は多面だ。
一方向からでは説明しきれない。
愛が様々な解決の方法だと知っている。
だが、正面から説明するのは苦手意識があった。
どうしても教育的道徳的正義的になりやすい。
それを未熟な人間が上から説明すると偽善になる。
だから、どうしても胡散臭くなる。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
「こだわらない」が「愛」かぁ。
ワシは「愛」というと・・・こそばゆい。
某ナントカ教などは「愛」を強調する。
自称道徳者なども「愛」を多用する。
・・・なんか・・・胡散臭い。
「こだわらない」が愛なら納得できる。
言葉だけが先行しがちの「愛」だ。
具体的行動も直接は露骨で胡散臭い。
だけど「こだわらない」なら頷ける。
とても深い愛の行いだと理解できる。
言葉で愛を多用する人達は信用できない。
大人とは思えない。
懐の深さや、やわらぎを感じられない。
だが「こだわらない」人には大人を感じる。
大人は「こだわらない」人なんだなぁ。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
自分で書いているんだけど・・・
時々感心するんだよね。
昨年書き上げた「迷説般若心経」。
毎日のブログで266日。
266文字と丁度重なった。
ワシは日本で唯一の訳し方を意識した。
その一つが「空」と「無」の訳し方だ。
「空」を「いいかげん」
「無」を「こだわらない」
どうだぁ、迷訳だろう。
心経でこの二つはとても大切なキーワードだ。
とはいえ、ワシは出任せで書いている。
その「こだわらない」にこんな意味があるとは・・・
今回初めて知ったのだ。
自分の中では、この発見はスゴイぜ。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
自にこだわらない。
すると自他の区別がアイマイになる。
つまり・・・他が親身になる。
自と同じように他を愛する。
こだわりは我の執着。
こだわりのないのは真愛という。
無関心とこだわりの無い状態(愛)は真逆なのだ。
このへんは、解る人だけ解ればいいや。
説明がメンドウ。
ワシは愛の説明が少し苦手なのだ。
そうかぁ・・・
こだわらないって大きな意味と意義があるんだ。
こだわらないって、とても大切なんだなぁ。
こだわらないのが愛の行為とは知らなかったなぁ・・・
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
大人は大きな人。
存在の大きな人。
懐の深く広い人。
だから、大きくなろうとすると大人になれない。
大きいだの小さいだの、どうでもいい。
大人だ小人だなんて、どうでもいい。
階級もレベルも種類も、どうでもいい。
どうやら、そういう人が大人に変わるようだ。
大きくなろうとするのは、自にこだわる。
自にこだわって、大人(たいじん)に成れるはずがない。
偉くなろうとして、偉くなれるはずがない。
進歩を意識して進歩するはずがない。
精神世界はヒネクレているのだよ。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
この世界を創造したグレちゃん。
(グレートサムシングという偉大な存在)
この世の仕組みを創った。
創造主なんて、イタズラ好きに決まっている。
イタズラ好きじゃなければ、この世なんて創らない。
イタズラの仕掛けがある。
見方によっては・・・ヒネクレている。
見方によっては・・・素直そのもの・・・。
創造は、愉しみから生まれるもの。
愉しい仕掛けがあるから、創造物だ。
求めると、失う。
捨てると、得てしまう。
例えば、
何も持たない赤子が、幸せを持てる。
同じように、
大きくなろうとすると大人になれない。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
自立が大人の基本的条件。
経済的な意味じゃない。
年齢でもない。
何かの経験値でもない。
ならば、誰でも可能性がある。
それなのに・・・
基本的条件さえ出来ない人達が多い。
他を侵さない。
他の存在を認める。
簡単のようで難しいのかなぁ・・・。
力を持つと難しいようだ。
つ、つい、他を支配したがる癖がある。
自分のモノを増やしたがる癖がある。
人間に特有の癖のようだ。
すると、大人になれない・・・
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
大人には条件がある。
法律じゃない。
肉体でもない。
存在の中だ。
基本的条件の一つ。
それが「自立」だ。
この自立は社会的意味じゃない。
肉体的意味でもない。
存在としての自立だ。
自立とは。
他を侵(犯)さない。
他の自立を邪魔しないということだ。
個の尊厳を理解しているということだ。
そうすると・・・
今の人類のほとんどは自立できてないかぁ・・・
少なくても、国家という組織は自立してないなぁ・・・
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
大人。
大きな人。
身体じゃない。
心じゃない。
生き方に表れる。
行いに表れる。
存在に表れる。
言葉じゃない。
存在するモノは個々別々だ。
個々というのは、個性がある。
自立した存在だ。
自立しているから、共生できる。
自立してなければ、共生共栄はできない。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)