水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

弘法は・・・2

2005-09-13 21:54:24 | Weblog

この言葉は勘違いしている。
ワシは弘法大師の書を見て、そう思った。
「弘法は筆を選ばず」
字の達人はどんな筆でも立派に書いてしまう。
技の優れた人はどんな道具でも立派な仕事をする。
そんな意味で受け止めているだろう。
ワシもそう思っていた。

「違う!」
ワシは空海(弘法)の書から感じた。
この人は・・・
いいかげんだ。
「すこぶる」付きの「いいかげん」だ。
とても立派な「いいかげん」だ。

文字に「氣」を乗せているが、
文字を見てもらいたいわけではない。
そんな事ァ、どうでもいい。
「筆を選ばず」というのは、
技が優れているからではない。
強いていうなら・・・性格だ。

その書は力強いが自由闊達だった。
筆を選ばず。
筆が無ければ、指で書いたろう。
何でもいいんだ。
別に綺麗に書こうとは思ってない。
技なんざァ、屁みたいなもんだァ。

ワシの小さい小さい理解は飛ばされた。
空海の書からは、おおらかな「氣」が溢れていた。
書なんざァ、書けりゃいいんだよ。
筆じゃなくてもいいんだ。
小枝で地面にだって書ける。
消えたっていいんだ。
いずれ、どんなモノも風化するさ。

この年から氣功療法院の看板を上げた。
だが、龍村道場にも通っている最中だ。
まだ修行中もいいところだ。
ワシは小手先の技を磨くところだった。
出だしで、空海の「氣」に教えられた。

ワシは、ナマケモノのスケベなオッサンなのに、
とてもラッキーに出会う。
小手先の技はどうでもいい。
以後の10年は、本質を磨く年月となった。
(と一応、勝手に思っている)

二人の御師匠様の教えがストレートに入る。
技を観なくてすむからだ。
出会った人は技を教える先生では無かった。
だから、先生ではなく、御師匠様となった。
技に頼っては進めない道だった。
ワシは不相応なほどラッキーだった。
感謝・合掌!


(本館は 「氣の空間・氣功療法院」
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