器を大きくする。
ここで多くの人が勘違いする。
固定概念ってやつだ。
器が大きくなっても人間は立派にならない。
残念でした・・・。
ナマケモノでロクデナシには吉報だ。
立派にならなくても、器は大きくなれる。
ワシも安心して、遠慮なく大きくする。
立派にだけは・・・なりたくないから・・・。
(一部は立派にも大きくもならない・・・)
ワシでさえ器が大きくなれるのだ。
安心してくれ。
誰だって可能だ。
「やわらかくなる」事は誰でもなれる。
誰でも「やわらかかった」からだ。
誰でも赤ちゃんだった頃がある。
病からの回復に有効な「命の量」
基本的に誰でも増やすことができる。
安全に増やすことができる。
それなのに常識人は・・・変だ。
病から回復するのに危険な方向に行きたがる。
限界膜を根性で破る。
まるでエライかのように頑張る。
「余裕命」が少なくなるのを自慢する。
それって・・・変だぞ。
理屈で行動をすると「余裕」はなくなる。
人間の理屈は「無理」だからだ。
「理(自然法則)」と人の理屈は別な岸にいる。
理屈が消えると「理」が現われる。
そんな事も判断できないのかなぁ?
人間以外の生物は理屈を唱えない。
だから天寿をまっとうできる。
自然に解けて生きている。
だから「生命力」が活用できる。
人間は
人間以外から教わる事が多いし、大きい。
最後まで「余裕命」を残す。
最後の最後。
「余裕命」は「死」の為に使う。
「生命」を使わなくては「死」が自然でない。
(幾人もの死に係わり、やっと気づいた事だ)
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」
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