alternativeway

パリ、カフェ、子育て、サードプレイス、
新たな時代を感じるものなどに関して
徒然なるままに自分の想いを綴っています。

感動

2009年08月29日 | 子育て
 昨日は断乳3日目で 朝からなんだが気分が悪くて
ママサークルに行こうかと思っていたけど
こんな気分じゃ人と話はしたくない そう思って
どうしようかと悶々としてた そうだ桶谷に電話しないと、、


 断乳を失敗したら 自分の身体にも悪くなる と
なんとなく知っていたから またいつもの
マッサージをちゃんと受けなきゃ そう思って電話した

 「断乳 ですか もうしたんですか 今日か明日の
一時なら大丈夫ですけど来れますか?お子さんは
預けた方がいいんですが、、、」 今日の一時?それは無理だろう
明日も預けられるかはわからない どうしようかと悩んだけれど
この気分じゃ仕方がないから れんちゃんをつれてもう今日
行こうと決意した。


 大丈夫かなあ みんなおっぱい飲んでいるけど
「1時なら授乳する人は少ないですよ」とは言われたものの
行ってみると男子禁制だけあって みんな服をばっとめくって
どーんとおっぱいを出している なかなかすごい光景だ、、、
そりゃれんちゃんもつらいわな はじめはおもちゃで遊んでいたけど
目に入らないわけがない。それで私が呼び出されたら
ついに泣き始め大変なことになってきた。
そうはいっても桶谷といえば 電話口から赤子の泣き声が
ワーワー聞こえるとこだから 仕方ないだろう
そう思うことにしてマッサージを受けにいく と
「突破口を開くから自分で搾ってね」とのことだった
え?もしかして 切られるの!!??


 ちょっと恐ろしく思ってたけど チャチャチャと
何かをされているうちに「ほーらここがつまってた!
乳腺炎になってたのよ もうガチガチじゃない!」と
怒られる。 右の出が悪いと思っていたら断乳2日で
もう乳腺炎になったらしい。それから自分で搾ってみたら
おっぱいはシャーシャーでていて 助産師さんにも
「すごい量ね!」と驚かれる。おっぱいの最初から
最後の最後まで私のおっぱいの出は相当よくて
それだけは助産師さんにほめられ続けたことだった。


 そんな私を追いかけてきて ついに本当は出る
おっぱいを目にしてしまったれんちゃんは
相当に泣いていたけど そんな桶谷もなんとか終わって
奇跡のようにおっぱいがまた軽くなり
自分じゃ気づかなかったけど ありゃひどい状態だったと
終わってみてはじめてわかった。


 それが終わって また朝が来て れんちゃんは
朝6時からご飯をもりもり食べた後 私たちの
朝食とともに アジの一夜干しを一匹食べて
これまででは考えられない食欲になっていた。
さーてお昼はどうしよう 食べてくれるといいのだけれど
どきどきしながらチャーハンをつくる。
れんちゃんを抱っこしながら 片手でなんとかみじん切りをして
片手でまな板を手に持って 片手で野菜を投入しながら
なんとかかんとかご飯をつくった。
さて 食べてくれるのだろうか、、、


 これまで彼は野菜をほとんど食べなくて
お肉も全然だめだった。白いご飯は食べるけど
チャーハンなんて食べるのだろうか 二口食べたらいい方かなあ
そう思いながらたっぷり盛って なんとかご飯をはじめてみると
あれ? また一口 もう一口と あーんとお口をあけている!!
本当に?信じられない!と思うけど れんちゃんは
次から次へと食べてって しかも自分でスプーンを
口に持って全部上手に食べてしまった。こんなの両方初めてで
私は感動を隠せなかった。 あまりにそれが嬉しくて
気分が悪いのも吹き飛んで 一緒にダンスを踊ってしまった
それくらい 自分のつくったご飯をもりもり食べてもらえる
それって嬉しいことなんだ!!


 今まで食べなかったのに
 今までお茶も飲まなかったのに

 今では恐ろしいほどの食欲で
なんでもかんでももりもり食べる 
一日5食くらい食べてるような
それくらい必要だったんだ


 おっぱいが終わってみると
彼の欲求がいろんなかたちでみえてきて
お腹が減っているとか 甘えたいとか
咽が渇いたとか 外に行きたいとか
おっぱいは全てを解決できた
でもだから 全てをそれですませてしまうと
本当の声をきけないことにもなるという
そうだよなー 全部おっぱいで足りてたもん
でもなくってもやっていけるんだ!!


 おっぱいで寝てたれんちゃんは
この2日は私の足をまくらに寝るようになり
本当に変わっていった。 この2週間で彼は本当に
変化した だいぶ大人になったんだなあ
これならパパと2人でどこかに出かけていくのも
もう安心!関係性は変わったけれど
2人にとっての大きなスタート
赤ちゃんから子供に移って新しいステージに
たったれんちゃん。毎日毎日成長していて
それを見るのが面白い。

試練

2009年08月27日 | 子育て
 今日は断乳二日目で 思った以上にしんどかった。
何がしんどかったのかって 昨晩眠れなかったのと
昨晩私が号泣したのと やっぱりおっぱいを欲しそうにしている
れんちゃんに対して あげたいけれどもあげないでいる
それを貫き通すこと が 本当に辛かった。


 彼の目の前にはいつものママのおっぱいがあり
私は私でパンパンになったおっぱいを
差し出したい気持ちでいつもいっぱいだけど
ここで出したらもうおしまいで
ここで飲ませてしまったら もうこの先も失敗するのが
目に見えている。だからなんとか頑張ってみた
だけど彼は 一生懸命私にすりより
スキンシップを求めてて 私も出血大サービスで
おんぶをしたりだっこをしたり 童謡をきいたり
児童館に行ったりしながら 今日はひたすら
れんちゃんの相手をちゃんとして
なんとかかんとか過ぎてった。


 昨日の晩は もう本当に切なくて
おっぱいをやめると決意してしまったら
それを実行に移したが最後 一生で最後のおっぱいで
二度と飲むことはないだろう。わたしのおっぱいは
まだまだ出るけど この味も この感覚も
いつか忘れてしまうのだろう それがとても切なくて
こんなにも頑張ったのに こんなにも大好きなものだったのに
離してしまう やめてしまうこと なんでそんなことしたんだろうと
なんだか鬱っぽくなってしまって お昼にはかなり沈んでた。


 けれども母に電話して やっぱりやったのだったら
やり通すしかないのだと言われ そうだよな と納得し
ここで一回でもあげてしまったら もうママは攻略されて
この先も大変なことになるのだろう だからここは頑張らないと
そう思って なんとか今日も もうすぐ終わっていこうとしてる。


 おっぱいをあげてる人でも しんどくない人は多いらしく
私にはそれが全然わからないけれど げんきくんのお母さんが
先日れんちゃんのうんちを見たときこう言っていた。
「まあ 母乳のうんちなのね!ご飯食べてる子のうんちじゃないわ!」
それくらい 彼はおっぱいを大量に飲んでたわけで
今日はじめてひきはなしたら 恐ろしいくらいお茶を飲み
全てのご飯を相当食べた。こんなのは初めてみる光景だった。
つまりそれだけ 今までおっぱいで吸っていたんだ、、、!
そりゃあつかれてしまうよな 精神安定の薬がわりというのではなく
彼にとっては主食であって 主な水分補給であった
今でも私のおっぱいは しぼってみるとかなりでるから
一日に400mlくらいはあげていたことになるのだろう
それじゃ成分献血だ! 毎日それじゃしんどいわ、、、


 私はとっても辛かったけど れんちゃんは午後はなんだか
そこまで辛くもなさそうで 一山越えたような感じがしていた
私はかなり悩んでたけど れんちゃんはなんとかやっていけるのかなあ
この先がどうなってくのかわからないけど
成功はするのだろうか そしたら少しは私も元気になれるだろうか
自分のこともできるだろうか 昼寝をしなくても身体がもつように
ちゃんとなれたらいいのだけれど

 おっぱいが出なくなるのも 吸ってもらえなくなってしまうのも
どちらもとても悲しいけれど 楽しい未来が待っているかな?
エスプレッソも飲めるだろうか フランスにも行けるだろうか
次のステップへ 2人で一緒に進みたい

断乳はじまり

2009年08月26日 | 子育て
 昨日は結局れんちゃんは朝からおっぱいに
ひっついてたから もうどうしよう
かわいいけれどもやっぱりしんどい
このままでは死んでしまう、、、 と思い
そうだもう仕方ないから 今日は断乳前日の
「ほしがるだけおっぱいをあげる日」ということにして
明日はもう断乳にしよう!そう決意して
れんちゃんにも話をしてみた。
すると彼はまた覚えたての「バイバイ」という
言葉をしゃべって おっぱいバイバイとわかってくれる。


 そうなんだ ついに断乳か、、、
夜中はあげてもいいことにして 最後朝のんでそれでおしまい!
げんきくんがいる時に れんちゃんは最後のおっぱいを飲み
そうして写真をちょっと撮ってみて それでおしまいになってみた。


 けれども彼は その後も何度もほしがって
わたしの胸にすりよってくる 何度も何度も号泣したけど
もう何度も折れてしまいそうになったけど 
私もおっぱいに絵を描いて 「ほら おっぱいは
別のものになっちゃったんだよ」そう説明して
それでも口をあけて 吸いつこうとよってくる彼をよけては
なんとかおっぱいをさけていた。

 それでもかわいそうだから 今日は沢山機嫌をとって
なんどもなんども抱っこして 最近しなくなってた
おんぶも何度も復活させて ちょっと理解してくれそうな時には
言葉で話して パイパイはバイバイね と言っていた。



 そうしてなんとか夜までもって それでも彼の様子は
やっぱりいつもと違って 最後やっぱりもう限界!とおっぱいを
ほしがっていて どうしていいのかわからなかった。
げんきくんは「ミルクをつくれば?」と言っていて
そんなことしても飲むわけないよ!と思ってたけど
念のためにつくってほ乳瓶にいれてみた ら
いつもはいやがるあの乳首 を 自分から吸いにいき
つくったミルクを飲み干した。
そうかこうして 普段だったらいやがるけれど
今日はなんでもいいから おっぱいを吸うその吸い方で
何かに吸いついていたいんだ。ごめんねれんちゃん、、、


 そうしてぐびぐびミルクを飲んでるれんちゃんを見たら
泣けてきて 私だってもうおっぱいが張って
吸われるのなら吸われたい。こうしておっぱいが張ってきたとき
幾度吸って欲しい!と思ったことだろう
血を吸われるのはしんどいけれども気持ちよかった
一ヶ月から二ヶ月のとき いやいやをしてた
れんちゃんが なんとかおっぱいの吸い方を覚えて
上手にぐびぐび吸えるようになってくれた
そんな彼を両手に抱えておっぱいをあげているのが
気持ちよかった それは温かい交流で
文字通りあたたかかった。そうして2人は母と子にしかない
大事なスキンシップをしてたけど


 それが終わりになってしまったら
もう一生戻らない。


 おっぱいなんて 吸い方も 吸っていたことも
忘れてしまって 一生懸命覚えた舌の動かし方も
記憶から消えてしまって もう二度と戻らない。
今日を最後にすると決めた日 
それは一生で最後のおっぱいの日で
彼にとって どれほど辛いかわからないけど
私にとっては とても辛い。
それでももう 後戻りはできないから
失敗したら もう次も失敗かもしれないから
出来る限り やってみようと思うけど
とても切なくて泣けてくる。


 今日一日 なんとか断乳をやってみて
思えたことは しんどかったけどおっぱいをやれて
やっぱりよかったということだった。
げんきくんは非常にあっさりしてて
男だからこの感無量さも全然わかってはもらえぬようで
でもこれは おっぱいを最後まであげたからこそ
実感できたおっぱいというものの大切さだったのだと思う。
ミルクはとっても便利だけれど
男の人も授乳ができていいんだけれど
でも母として 交換できないその子の母として
おっぱいをあげられたこと
それはすごく私にとってかけがえのない
とても大事な経験だったと そう思う
言葉にするのは難かしいけど
おっぱいもおんぶも やってよかった
やれてよかった。とてもしんどかったけど
大切なものをもらったような そんな気がする
愛しいれんちゃん ありがとう。
たぶんこれからまた大変だけど
乗り越えられたらいいよなあ、、、

変化

2009年08月24日 | 子育て
 最近はげんきくんも夏休みで多少余裕があったので
彼の実家に帰ったのを機に 夜はれんちゃんと
私が離され げんきくんが面倒をみる しかも
泣いてもおっぱいは断固あげない そんな政策を
とっていた。 はじめは本当に大変で
めっちゃ泣きまくっていたけれど それでも
お父さんが責任を持つというのだからと
隣の部屋で 私も断固起き上がらないで待っていた。
そしたら次の日くらいから は 私も
なんだか眠ってしまって どんなことになっていたのか
ミルクはつくってた分だけ捨てられ お茶もほとんど拒否して
泣いて泣いて 寝たらしい。


 「3日くらいは大変だけど 一週間もすれば大丈夫!」
とは 断乳のときとか 子供の環境を変えるときに
よく聞く言葉で 本当かなあと思っていたけど
我が家にも本当に変化がおきて それでれんちゃんは
夜中に4回もおっぱいを飲んでいたというのに
諦めたのか 夜中は一回くらいしか起きなくなって
朝の6時を過ぎたらお母さんの部屋に行ってもいいよと
父にいわれて 早起きをして私のところにやってくる。


 だいぶれんちゃん変わったなあ 
本当に言っていることわかってるんだな
一生懸命頑張ってるよなあ 


 そう思っていた矢先 げんきくんの妹さんから
電話があって れんちゃんより三ヶ月年上の
彼女の子が なんと断乳したらしい。
その子はれんちゃんの二倍くらいおっぱいに
くっついている子で 先日遊びに行った際には
お母さんが「8月でやめるからね」と
言っていたけど冗談だとしか思えなかった。
ところがもう飲まなくなたのだって!信じられない!!
「れんちゃんももうできるよー!」
そう言われたけど どうしよう
「できるんだ」そう言われてみると 急に淋しくなってしまって
だけど今夜 れんちゃんと 触れ合ってるときお話をした。

 「れんちゃん 9月になったらおっぱいバイバイできる?」
そうしたられんちゃんは私の目を見てこういった。
「ババイ」 バイバイ?今まで言えなかったのに!
今日はじーじとバイバイが言えるようになってしまって
おまけに立つのも上手になって 夕飯の後も
一生懸命練習していて 本当にかわいくて仕方なかった。

 そんなれんちゃんがバイバイと言った。
え? バイバイ? お母さんは話し続ける。
「ママもね おっぱいバイバイするの本当は淋しいんだよ
だけどね おっぱい続けてるとママもしんどくなるし
おっぱいやめたらもっとれんちゃんに優しくできると思うんだ、、、
れんちゃん ママれんちゃんのこと大好きなんだよ。
たまにひどいこといったりしたけど ママ疲れてたんだよ
本当にごめんね。おっぱいやめたらもうちょっと優しくなれるかな、、」
れんちゃんは私の目を見て聞いてくれた。
そして何度か「ババイ」と言った。


 私にはよくわからなかった。先の話をしてたつもりだし
今はあげようと思ってた だけどなんだかすごく感動をして
もしかして 彼は彼で今 言葉に発していたように
「バイバイ」したのかもしれなくて どうなんだろう
ここですぐ私があげてしまったら なんだかおかしくなるだろう
今日はおっぱい飲んでねんねと思っていたけれど
それでいいんだと思ってたけど この状況は なんか違う?


 どうしたらいいのかわからないでいたけれど
お父さんが「お風呂入ってきな!」というから
さっきの感動をかみしめながら でも早く会いたい
そんな気持ちでちょっと早めにお風呂をでたら
彼らはもう眠りについてた。おっぱいなくても寝れるんだ、、、!
これは本当にすごいこと で彼は生まれてこの方
おっぱいなしで寝たことがない。
でもこの一週間で変わっていった
もうおっぱいもさよならなのかな

 しんどいけれども温かかった
この野郎と思う時も沢山あるけど 早く終わってよ!
と何度思ったか数えきれない程だけど
私のお腹にひっついている それで必死に吸いついている
そんな彼がかわいかった。おっぱいが張ってきたら
早く飲んでもらえないかな れんちゃんが飲んでくれたら
私もすっきりしてアルファ派がでて寝られるのにな
そうして2人でこてんと寝てた。
2人は本当につながっていた。
だって私の血を直接飲んでいるんだもん。
お母さんはおっぱいの匂いがしてて
れんちゃんはそれが大好きだった
おっぱいを卒業しても 私はこれからも母だけど
この関係は一生続いていくけれど なんだかとっても
切なくて お母さんは 絶対的なものだったのに
こうして離れていくんだな。


 「三才までが一番かわいい
大変だけど でも本当にかわいかったの!」
バスで出会ったおぱさんが言う そんな言葉が
なんだかわかる。彼は何故だかますます可愛くなってきて
写真にもうまくとれないし 言葉でも表せないけど
本当に可愛く毎日成長してる。
お母さんが大好きで いつも笑いかけてくれている
おっぱいが終わるのは 一つの段階を意味してて
それは母にとっても辛いことだと言われてる。
でもその先には自由が少しあるんだそうな
自由と不安 自由と孤独は紙一重 
淋しくなるのは仕方がないけど
あのぬくもりは だっことはまた全然ちがった
あのぴったんこのぬくもりは もうあと少しで
おしまいなんだ 私は少し悲しいけれど
れんちゃんはもう「バイバイ」したかもしれないのだから
私はなんとか我慢しよう。


 おっぱいもおんぶも結局
あのぬくもりが かけがえのないものだったのかもしれないな
「乳児は肌を離すな 幼児は手を離すな」
れんちゃんは もう赤ちゃんを終えて
「子供」になっていこうとしている
大事な節目 終わりでもありスタートだけど
節目というのは なんだか切ない。

サイエンスカフェと農楽カフェ

2009年08月23日 | 子育て
 今日は9月にカフェについてお話させてもらう人との
打ち合わせで 長時間神戸に行った。
れんちゃんが生まれてから実家の母に見てもらうことは
あったけど げんきくんに彼を預けて長時間外に出たのは
東京の結婚式に出席したとき以来な感じで
どうなることかと気をもんでたけど
結局私は10時過ぎに家を出て 帰ってきたのは7時半
かなり外出していたけれど れんちゃんは一度も
おっぱいもミルクも飲まないでやっていた!
私のおっぱいももう気持ち悪くなるほど張らなくなって
ほんの少し切ないような だいぶ楽になったような、、、
帰ってきたらお父さんは夏野菜カレーまでつくってくれてて
ありがたい一日だった。

 
 神戸に行くって それだけで なんだかどきどき
わくわくしてて 打ち合わせに行くだけだけど
ちょっとお洒落をしてみようとか 三宮で
一軒くらいカフェにも足を運べるかなとか
そう思えるのがなんだかうれしい。だけど
思っていたより神戸は遠く 目的地はさらに遠くて
ちょっと大変だったけど 遅らばせながら
かの有名な サイエンスカフェを体験してみた。


 今日開かれたのは灘にある古い酒蔵を改造した
素敵なホールで そこで私の知人が棚田について
熱く語ってた。彼は学生時代に棚田LOVERSという
サークルを立ちあげた人で 神戸でキャンドルナイトも
がんばっていたり 非常に元気のある人だ。
彼の話や そこに参加した人達のいろんな意見を
聞いてると 先日私と旦那が彼の田舎で語り続けた
「田舎の未来はどうなるんだろう?
都市と田舎を結ぶことに一体意味はあるんだろうか?」という
大きなテーマがみえかくれして カフェと都会派の
私というのと イナカ研究会を開催していて
自然派生活に戻りたい旦那さんとの接点は
いったいどこに見出せるのか そんな話をしていたけれど
意外にもここにもほとんど同じテーマがあって
わかったことは やっぱり都市と農村との交流は
大事でお互いにメリットもあり しかもそこで
都市というとき カフェという場がかなりつかえるということだった。


 そういうわけで 都市の人達を農業体験に
送り込んでいる、棚田について話した彼は 神戸の街で
農楽カフェというイベントも 精力的に開催していて
そこでは農や食の世界に深く関わっている人達と
それに興味のある都会の人が カフェという場でつながるらしい。
カフェと農や カフェと田舎は 私にとって
つなげたくてもつながらなくって もがき苦しんだテーマだけれど
意外にもそれはつながっていて 先進事例もあるわけだ。


 さて そんな農楽カフェから何かは生まれていくのだろうか?
私は農とは遠いところにいるけれど カフェついては語りたいので
9月3日木曜の晩 神戸の摂津本山というとこのカフェで
カフェについて語ってきます。せっかくなのでワールドカフェも
やってみることになりました。また何か おもしろいことが
起きるかな 起きていきそうな予感もするな
カフェの話は ちょっと人を熱くするような そんな気がする
興味があったら来てください。

子供の世界

2009年08月22日 | 子どもから学ぶ
 れんちゃんが生まれることになる少し前から
子供の世界に興味があって それを知りたいという
気持ちもあって 子供がちょっとほしいかもという
そんな気持ちになっていた。


 なんでそんな世界に興味があったのかというと
私が読んでたボーヴォワールやアラゴンなんかが
小さい頃に すごくしっかりとした自分の世界を
持っていて 大人がそれをわかることなく
「子供扱い」をされていたことに かなり腹を立ててたからだ。


 そんなにも 子供って 自律した世界を持っているのかな
それが不思議だったけど れんちゃんを生み
子供と接する機会が増えて ほんとうに子供ってすごい!と
圧倒されることが多かった。


 特に関心してしまったのは 先日旦那の実家に行ったときで
彼の実家のお父さんはプールの監視員をしてるので
必然的にれんちゃんも何度かプールに行くことになり
私も同行していった。 私はといえば 小学生のころから
プールが大の苦手で なんども体調を悪くして横で座っていたし
中学や高校といえばプールが義務でない学校をあえて
選んだほどだった。 だけどいい加減泳げないとな
そう思って少しはプールにつかってみるけど
毎年毎年 やる気がでない。


 だけどそこにはめちゃくちゃ泳げるしっかりとした
子供達が沢山きていて 私がたまたま出会った子は
私のコーチをしてくれて 鬼コーチは「もっともっと!
足ついちゃだめ!!!」とすごい剣幕で私を怒って
仕方がないからひたすら練習することになる。
ところで彼女は何歳なんだろう?聞いてみると三年生。
ちなみに私と一緒にビート板で横で泳いでくれてた子は
なんと小学一年生。でもこんなに泳げるんだな!
しかも今日は一人でバスで来たんだそうな すごいなあ

 
 彼女たちは ほんとうにしっかりしていて
小さい子の世話もしてくれて 子供たちだけの世界をみてると
ほんとうに大人だなあ!と関心させられ 何もできない
自分がなんだか哀しくなってくる。

 今日もれんちゃんをつれて公園に行くと
男の子たちが寄ってきてくれ 「見てみてー!行くよ!」
といろんな技をみせてくれる。まーよくそんなところ
身体をよじって行けるよなあ!というようなことを
あれやこれや見せてくれ れんちゃんの世話までしてくれ
ところでいくつ?と聞いてみる と でたでた まただ
「7歳」だって!


 れんちゃんを生んでから なんどこのしっかりとして
ちょっと偉そうな「7歳」に出会ったことか!
7歳って 小学校では一年だけど 公園だとか
外の世界では もうかなり立派で色々できて
私より沢山のことを知っている。以前私がであって
昆虫や動物について色々と説明してくれた男の子は
なんと4歳だったけど 本当にしっかりしてて
私は「すごいねえ!!お姉ちゃん何にもしらない、、、」と
関心するばかり。大人は子供を「子供」というけど
ランドセルしょった小学生を「ちびっこ」としか
思ってないのだろうけれど 子供ってすごいよなあ
勇気あるし 体力あるし できないことに挑戦するし
学ぶこと 知っていくことが 楽しくて仕方ないような

 そんなきらきら しっかりとした 大人顔負けの
小さな大人は いつからその輝きをどこかにやってしまうのだろう
子供がそんな世界観のまま ちゃんと成長していけば
大人になったらはるかに力を持った人になる
そんな気がしてならないけど 何かがどこかで
終わってしまう なんだかそんな気がするなあ


 保育園にいれてしまったら れんちゃんはもまれて
成長するのだろうけど 私は保母さんなわけじゃないから
子供の世界をかいま見れない それはちょっと残念だ。
せっかくだから もっと沢山子供に出会って
勇気もなくって 体力もない そんな自分が恥かしいけど
いろんなことを教わりたい。

路地的な出会い

2009年08月21日 |  カフェ的な場で考えたこと
 ここ最近よく聞く話に 子育て中の母親にとって
いかにショッピングセンターが気張らしになるかと
いうのがあって 私の住んでるニュータウンには
ラクセーヌという、あまりセンスのよくない
ショッピングセンターがあり
この地域にいる人達は みーんなそこに子供といくのが
気晴らしになるんだそうな。そうなんだ、、、


 ショッピングセンターという場所は 老若男女が
本当につどって ラクセーヌのつみき広場の
まわりには 買い物に疲れた人が 老若男女
テレビの画面のまわりにゆっくりと腰をおろして
のんびりと時を過ごしてる。この風景は 通り過ぎてみる
だけだったけど 自分もはじめて子供を積み木広場に
つれていき 参加者の目線で眺めてみると
なんだかやっぱり面白い。


 カフェという場もそうだけど ショッピングセンターは
どうやら休日の「目的地」になってるようで
「今日はあそこに行ってやるんだ!」そう思うだけでわくわくし
休日には渋滞が起こる。浜松にあった 当時日本で二番目に
大きかった志都呂のジャスコもそんなところで
浜名湖に住んでみるまでは 郊外の大型ショッピングセンターを
小馬鹿にしていた私だけれど 結局とってもはまってしまって
志都呂のジャスコが息抜きだった。


 田舎って 文化発信基地になるのは 結局の処
大型ショッピングセンターなんじゃないだろうか、、、
今のところ 私はついそう思ってしまって
だってそこには みんながわくわくして集まっていて
乳児からおばあちゃんまで みんながそこにやってきて
誰がきても歓迎されて バリアフリーになってたりして
それでいてキラキラした雰囲気が待っているから
例えお金をつかわなくっても なんだか嬉しい!
そんな気分になれてしまう。


 だけど今日 知ったのは ショッピングセンターに行けるのは
かなり元気がある人で カフェに行けるのも
それくらいの元気があってこそ で
実際は 家の中に閉じこもってどこにも行けない
そんな人達がたくさんいるということだった。


 私が夕方買い物に出ようとすると 階下のおばあちゃんが
掃除をしていて 話しかけたら 今までより長くお話をして
驚いたことにそこのご夫婦は2人とも80歳を過ぎていて
どちらもかなり身体が悪くてほとんど外出できないということだった。


 外出できない? どちらも、、、?
2人ともいつも家の中にじっとしているのだそうな。

 私には見当もつかない生活だった。
買い物はどうしているんだろう?生協なのかな?
でも生協だけで一週間もつのだろうか?
毎日一日中家の中にいつづけていたら
どんな気持ちになるのだろう?
私だったら とてもじゃないけど耐えられない!!


 そう思ってたら この踊り場で会ったこと が
きっとおばあちゃんにとって今日一日の
大事な出会いになるんじゃないかと そんな気がして
この出会いを大切にしよう そんな気になってきた。

 昔は路地があったから こうして家から出られなくっても
ちょっと掃除や洗濯をしたり 外を眺めたりするときに
きっと誰かと出会ったのだろう だけど今はそれがなくって
団地なだけましなのだろうか 踊り場がうちにはあるし
エレベーターで出会いもするし 「こんにちは」と
棟内の人は挨拶をする それが普通になっているから
少しはましといえるのだろうか


 今まで「カフェ!」と思ってきたし カフェと路地は
かなり近いと思っていたけど それは私がそれなりに
元気があったから言えたこと で 実際今は
カフェにも行けない カフェに行くのは勇気を要する。
でも路地はもっともっと気楽な出会いの場なんだな


 ニュータウンには 乳児から中学生から80代の
お年寄りまで 文字通り老若男女が沢山住んでる
だからといって 皆が声をかけあうわけでもなければ
つながってもいないのだけれど せっかくだから
研究をどこかに活かして もっと人と人とが
ほっと出会える 路地的な そんな団地になったらいい


はじまり

2009年08月20日 |  カフェ的な場で考えたこと
 京都になんて帰りたくないー 
横浜に帰省するたびに京都に戻るのがこわくなり
どうしようと考えるだけで気が休まらなくなるけれど
今回は8月ということで多少は夏休みもあるわけで
普段よりは楽なのかなあと おそるおそる帰京した。


 私はいつも帰ってくると 三日くらいは
家の環境整備にやたらと力をいれてしまって
いろんなところを磨いてみたり 片付けてみたり
それでくたくたになってしまって 4日くらいから息を抜く。


 今回帰って嬉しかったのは 帰ってすぐの日くらいに
近所のスーパーに出かけていったら知り合いの人がいたことで
あーそうか 私も私で なんとか洛西でやってきたんだ
少しでも友達をつくろうとして がんばっていたもんなーと思い出す
新しい環境は とってもしんどかったけど なんとか引っ越しの
跡形もきえて 普通に生活するようになり 我が家にソファーも
やってきて それなりの家のかたちになってきた

 そんな中で カフェをしたり 家に誰かをよんでみたりとか
児童館に通いまくったり いろんなことをしていたわけで
決して無駄ではなかったようだ そんなことを思いだし
少し心がほっとした。


 もう京都市内にえんやこら!と炎天下に出かけていくのは
かなりしんどいと痛感したから あきらめて洛西の中でいきてみようか
そう思ったら また少し気が楽になる。


 今回は状況をよくしないと何も変わらん!と思ったから
カフェをチェックしにいってみたり おっぱいを
ひきはなそうとしてみたり れんちゃんを預けるところを
見つけてみたり それで少しは改善されて これまでよりは
暮らしやすくなったかな?


 昨日はれんちゃんをちょっと預けて 洛西というカフェの
ない街でカフェを三軒もめぐってみたら 最後の最後に
温かなカフェにめぐりあい もしかしてここは
私の居場所になるかもしれない そんな出会いで嬉しくなった
ゴゴや三条スタバしか 行きたいカフェがないと思ってて
だけどそれらはもう遠くって だけどここにはカフェがなかった
だけどそのカフェは今年の6月に老人福祉センターの隣にできたばかりで
ここなられんちゃんをつれて おじいちゃんおばあちゃんと
仲良く話ができるかも?歩いて五分の場所にあるから
しかもお店の人は以前に顔をみたことがある人で
なんだか何かがはじまりそうな そんな気がした。


 私にとって 子育てだとか どうしてなんだか
移ってしまった このニュータウンの環境は
嫌だ嫌だと思っていたけど これも違う段階に
進んでいってる そこで何かをするべきなのかも
そんなことをふっと思った 独身時代のつながりや
環境に縛られすぎて生きるのではなく 新しいステージで
新しいものに出会ってく そういう時期にきたのかな
そう思ったら少し前向きな気持ちになった

 なんだかんだ言ってても 我が家は我が家で
気持ちよく ここにはここの幸せもある。
これから楽しくなったらいいな

断乳

2009年08月09日 | 子育ての苦しさ
 横浜に帰っているとき 両親の助けもあって
私とれんちゃんは引き離されて 最大7時間くらい
一人で外出させてもらって それでも帰って「ミルク飲んだの?」
と尋ねてみると「飲んでないよ ご飯だけで大丈夫!」との
ことだった。だんだんと 4ヶ月のころの壮絶な
おっぱいの張り方に比べてみたら 私の胸も
張らなくなって 7時間あけてみたって
気持ち悪くもならないくらいで すごいもんだと驚いた。


 ところが京都に帰ってきたら れんちゃんは私と
いつも一緒の空間にいて そうするとおっぱいが気になって
何かにつけて 寄ってきては おっぱいおっぱいと
要求してくる。それを私もなんとかあの手この手で
かわそうとしてみるけれど だんだんと疲れてきちゃって
もういいよ そんなにおっぱいおっぱい言うなら
もうあげるから、、、と思ってしまう。


 最近はちょっとお洒落もしたくて
授乳服をやめてみて だから外出先では以前よりぐんと
おっぱいをあげにくくなってしまった。
けれども彼が要求するときというのはあるわけで
そんな時には途方にくれて トイレに駆け込んでみたり
するけれど、、、 いつやめられるのだろう。


 せっかく横浜でがんばったのに またもとのように
彼はおっぱいおっぱいで 私はやっぱりへろへろになり
もうやめて!!という気持ちばかりで
おっぱいをあげてるからって いい感情が生まれるかって
次の子が生まれたらもうミルクにしたい そんなくらいに
おっぱいは 私にとって辛かった(今も辛い)
けれども彼はかなりのおっぱいさんになってしまって
今さらそれをやめさせようと思っても
相当な努力をしないとやめられなくて
ミルクをあげようと思っても ほ乳瓶もストローも
断固拒否して泣きまくる 何もかも 抱っこさえも
拒否をして ひたすら泣いてるれんちゃんに
私はつかれて ついおっぱいをあげてしまう。
それではなかなかやめられない。


 今日母に相談したら れんちゃんもれんちゃんだけど
やっぱりあんたもまだやめるのが怖いのよ と
言われてしまった。 私にもあげたいという気持ちがあるから
つい折れてしまうんだ と 断固拒否 ねえ
私の方が拒否してみること それってできるのだろうかな


 なんと私は 恐ろしいことにおっぱいのせいで
体重が40キロ(しかも服を着て!)になってしまって
もう身体は限界で れんちゃんはぷくぷく太った。
だからもうやめたっていい理由があるわけだ。
断乳と卒乳の違いというのはどちらの都合かによるらしく
お母さんの都合の場合は断乳なんだそうな
こんな状況なわけだから おっぱいをあげても
愛情どころか「もーいい加減にして!!早く寝てくれ!」と
思ってしまっている状態じゃ やっぱり彼にもよくないらしい。


 それならば、、、 ついに断乳?
一日まだ6回以上も飲んでいる(今日は10回くらい!)
そんなれんちゃんでもやめることができるのだろうか
やめられたら 楽になれる なりたいなあ
身体がもっと元気になりたい カバのようにご飯を食べても
友人たちに「ご飯食べてる?」と言われてしまう そんな状況を
脱出したい。でも断乳もかなり根気がいるらしく
一人で突然やってみるような そんな自信もないわけで、、、


 いつ断乳にしようかなあ 実家で協力を仰げたときに
やってみるのがいいのかなあ 断乳の時は
夜泣きをしても おっぱいをあげちゃだめらしい。
れんちゃんは夜中こそ が 本格的におっぱいを飲むときだから
何をやっても 泣きやまないで みんながみんな
手をこまねいた そんな状況が3日も続くとなったなら
一人ではちょっと耐え難い、、、


 離れていくのはさみしいけれど 一つの
大事なコミュニケーションだったわけだけど
それでも夜に寝てくれたなら もう献血しないでいいなら
私ももっと 優しい顔で れんちゃんを愛せる気がするな
いつが辞めどきなのだろう まだ?と言っていないで
「明日に決めた!」といえるくらいの 気持ちがないと
だめなのだろう。 この秋には 終わらせよう
一つの大きな節目になるんだ 私も彼も
ちょっと離れる 一心同体も終わりかな?

状況を変えること

2009年08月08日 | 子育ての苦しさ
 今日は知人が面白そうな会議をするというので
えんやこら と れんちゃんを連れて
バスに乗って 電車にのって おんぶして
またベビーカーに乗せ なんとか会にいってみたけど
暑かったのと どうしてなんだか れんちゃんは
機嫌がそんなによくなくて 私はとっても疲れてしまった。


 行く前に家事をしなきゃとなんとかはりきり
しかも梅干しももう干さなくちゃと そんなことまで
した後で ようやくバスに乗ろうとしたら
おそろしいほどの炎天下。こんな状況で
赤ちゃんを連れて行くなんて と思ったものの
もう引き返すのもくやしくて 仕方ないから
遠回りするバスに乗って えんやこら と旅にでた。


 だけど今日は 後悔することばっかりで
集まっていた人達と共に
お昼を食べようとしてみたら もう手遅れに
なってしまったのか れんちゃんの機嫌の悪さは
ピークに達して ご飯を受け付けなくなって
私も私でお腹がへってて 食べたいけれど
もう抱っこしないと手がつけられなくなっていて
抱っこをしてても座るとだめで もうだめだ
もう限界だ、、、 おっぱいをあげたいけれども
そこは学生街の男っぽい定食屋で 椅子も
ちょっと腰掛けられる椅子しかなくて
授乳服もきていないから こんなところであげられない。
動きたがってるれんちゃんを こんなところで
ハイハイさせるわけにもいかないし 
もうどーしたらいいんだろう!!!と途方に暮れて
もーやめて!!!と思ってしまう
同席していた男性3人も泣きわめくれんちゃんを見て
途方に暮れていたのだろうか どうする術ももっていなくて
ただこちらを見ているだけだ。
それでもうごめんなさい、と定食を半分残して店を出て
れんちゃんのご機嫌取りで終わってしまった

 それでも私も彼もお腹はもちろんすいているから
そんなので足りるわけはなく 仕方がないから
また他の店でごはんを食べて あーなんて
お金がかかってしまうんだろう
しかもとってももったいない。 けれども
あそこでは もう店を出る以外に仕方がなくて
そういうことになってしまった。


 今日はそんなことの繰り返し で 私も
もー!!とイライラしてて そのイライラは
彼に伝わり 彼もまた泣き始め で
悪循環になってたらしい 今日悟ったのは
もうこういう状況で 大人の場所に
彼を連れて行くことは もうさすがに限界だということで
だけど私も譲りたくない。 もう我慢して
家に閉じこもり 子供とだけの生活は本当に嫌になっていて
状況を変えることしか 道はない。


 保育園にいくのだろうか ベビーシッターにお願いするのか
どちらも私は動き始めて もう変化をおこすしかない。
このままでは 2人とも幸せにはなれなくて
2人でいても なんだかおかしい。 風穴をあけることが
必要だけど どうやらそれは 私が知ってた既存の場所に
彼を連れて行くことではなさそうで 何かをもっと変えないと。

 世界を変えていくのには 手始めに身近なところから。
それがどうやらルールらしくて そうして世界は変わるらしい。
それなら私は仕方ないけど もっと街中に住んでたらとか
横浜に帰りたいとか思うけど 帰るのも本当にありだけど
でも洛西も 悪くないのかもしれなくて
ニュータウンじゃ だめなこともあるだろうけど
横浜のニュータウンには沢山の素敵な取り組みがあるようだから
ここでは絶対できないかって そうとも限らないかなあ
既存の保育園もいいかもだけど 保育所を自分でつくることも
できるんだという話をきいた。そうやって 自分の居心地いい環境を
自分でつくった人がいた。そういえばそんな道もあるんだなあと
その時わかった。それならば 私もあるものに頼ってみるだけでなく
何かをつくっていくことや 何かを変えていくことも
もしかしたら できるのかもね

 そうやって 自分たちの需要にあった大事なものを
自分たち でつくっていくこと それが自治かもしれないし
それが行政なのかもしれない なんだか最近そう思う
洛西 でも できること この新しい環境で
何かできることはあるのかなあ
少しでも人と知り合って 何か変化が起こるといいけど。

保育園?

2009年08月06日 | 子育て
 京都に帰ってきたらとにかく子育て支援先を
探しなさい と母に言われて 昨日から
やたらと電話をかけまくっては れんちゃんに邪魔されるけど
なんとか 電話はつながって 今までは知らなかった
そんな世界が見えてきた。

 保育園なんてさー どうせ駄目だよ
だってフルタイムじゃないと無理みたいだし
稼げてないと払えないって話だし、、、と
はじめから諦めていたけれど
友達の話をきいたりしてみて ちょっと前向きになれたから
私もちゃんと問い合わせよう そんな気分になってみた。


 はじめに電話をしてみるべきは一時保育か。
そう思って電話して 今日はその保育園にいってみた
ら めちゃくちゃ遠く 自転車も車もまだない私には
預けるのなんか無理そうだけど それにもう一杯で
キャンセル待ちだったので キャンセルがでても
どーやって連れてくんだよ!そんなことを思いながらも
「お願いします」と言ってみる。

 帰り際 足がなくって困った私をみかねた
園長さんが「送りますよ」と車に乗せてくれ
保育園に通うには福祉事務所に行くことです と
説明されて 帰り際に福祉事務所に行ってみた。


 保育園 って なにものなのか 全然知らなかったけど
調べるだけの気力もないわと思ってひたすら過ごしてきたけど
調べてみたらちょっとわかった。フルタイムで働いてなくても
預けることはできるらしいけど「優先順位」が低くなり
それでなかなか入れないということらしい。

 ところでその優先順位! 先日友達が言っていたけど
彼女は職場復帰したくて でもそれまで高校の非常勤で
それでは保育園にちゃんと預けることができないらしく
なんと彼女は子供がいるのに教員採用試験を受けて
なんと通ってしまったらしい!私には試験を受けるということも
それにまた通ってしまうということも どちらも考えられないことで
「すごい!!」としかいいようがない。
私にはそんな気力はどこにもなくて 「試験?、、、しんどいだろうな」
「フランス語、、、? ちょっとまだいいわあ、、、」で
いつも終わってる。だけど彼女はがんばって
試験に通って4月から正規採用されることになったのだけど
保育園に打診してみると なんとそんな彼女は「内定」といって
優先順位はDランクらしい!(あってるかな?)


 優先順位が高いのは 母子家庭の人とか育休あけの人らしく
ちゃんと仕事が決まっていても 保育園が満杯で
仕事ができない そんな人もいる。
(ちなみに例え母子家庭になっても実家に帰っていたりすると
ちゃんとした母子家庭扱いになりません。優先順位はDくらいに下がります)
私みたいに 働きたいけど 保育園に預けられる程の仕事が
できるわけでもなさそうだ なんて人は はじめから
調べることすら諦めていて そんな人も含めると
待機児童は一体どれほどいるのだろう?
保育園のおかしいところは「仕事が決定してないと入れない」のに
「仕事は子供を確実に預けられなければできない」という
矛盾をはらんでいるところ。 だからみんな どうしていいのか
わからない。だってどっちもとても不確実 で働きたくても
預けられない それではとても働けない。

 けれども預ける人が少ないような地域の場合は
優先順位が低い人にもまわってくるからなんとか
預けられるらしい。私の知り合った人で「書家」の人が
保育園に子供を預けたと言っていた。私も一応
文筆業といいたいところなのだけど、、、


 それにしても 正規で入ると週5日 朝から晩まで
そこまでひきはなされてしまうのも 私には
ちょっと微妙で 書類を出して いつか時がきて
「高森さん 空きましたけど?」と言われたら
「ハイッ!!」て答えない限り 次はいつだかわからない。
とすると書類を出すというのは かなり大きな選択で
どう育てていきたいのかな

 私としては 週2日か3日くらい 午後だけでいいから
時間が欲しくて 徐々に研究を再開したい。
でもベビーシッターをお願いするより
断然保育園は値段が安くて(朝から晩までで2100円!)
預かってもらえた方が 集中力は増すよなあ、、、
そんな一時保育がもっとあればなあ
一時保育が満杯なのなら もっとビジネスとしてやったらいいのに
すごい需要はあるだろうけど
それとかもっと 夕方までいける子育て支援センターを
増やして欲しい こんな暑くて どこにもいけない
でもショッピングセンターとかに そんな場所があったなら
かなり魅力的なのに


 子供を預けられないママたちは ママたちなりに
声をもってる 色んな需要があるのだけれど
それはなかなか伝わらない 起業でもしたら
面白いのかもしれないけれど そうしたいというわけでもないし
もっと気楽に 楽しく子育て そんなことが
できる社会になってほしい。

政治家への手紙

2009年08月05日 | 私の人生

 昔横浜には図書館とかに「市長への手紙」というのが
おかれてて いつだったか忘れたけれど 2回も
書いたことがあり それは2回とも市長の直筆(?)
サイン入りの 手書きの返事がちゃんときて
それに自信をつけたからなのか そういうことを
してもいいかも と そんな選択もちょっとあり
先日民主党と自民党と それから私たちの結婚式にきて
スピーチをすることになった民主党の
ツルネンマルテイさんという人に 勢い余ってメールを出した。


 そしたら民主党と自民党は 「毎日たくさんの
ご意見が届いておりますので全てに返信できるわけでは
ありません」というその注意書き通り 何一つ音沙汰はなく
ツルネンさんの秘書からは そっけない返事が届いた。
これ みなさん どう思います?
選挙で政治は変わるんでしょうか 政治で社会は
よくなるのかしら 政治家って何なんだろう
私としては ちょっと期待をしてみたものの
やっぱりがっかり そんな感じの答えでしたが、、、

ーーーー以下送信したメールとお返事ーーー

こんにちは、突然のメールで失礼します。
覚えていただいているかわかりませんが、2年前、2007年の5月26日に
浜名湖ユースホステルで結婚式を挙げた際にスピーチをしていただいた
飯田美樹です
その後ご活躍されているようで何よりです。

ところで今日メールさせていただいたのは、結婚をして
子供がうまれたものの、我が家には非常に多くの問題があり
お互いが鬱状態になって家庭が崩壊しかかってしまったからです。
その理由、状況というのは家庭内の問題というよりは
私には日本社会が抱えている問題が我が家に現れただけに
思えてなりません。そこで、こんな状況を変えるには一体どうしたら
いいのだろう?と思った矢先に衆議院選があるようなので
政治で何かは変わるのだろうか 変わるのならどう
変えられるのだろうか わからないけれども一度意見をしてみようと
思ってメールさせていただきました。

民主党にも先ほどメールをさせてもらったのですが
以下の点に関してツルネンさんはどうお考えになりますか?
ちなみに前回の選挙では私たちはツルネンさんに投票させていただきました
日本社会が抱えている問題の一つとして心にとめていただけると
本当に嬉しいです。



1点目 女性の子育て支援について

 現在親元を離れ、新興住宅地などで女性が孤独に子育てをし、
非常にストレスがたまった状態で子育てしつづけている例が多く見られます。
もちろん各自治体に児童館などはありますが、児童館が午後は未就学児は
ほとんどいけるような場所ではありません。公園にいこうとしても
夏の日射しは年々強くなっており、炎天下に子供を連れ出すことに
抵抗を感じ、結局一人で家にこもって密室育児をしている母親はたくさんいます。
密室育児は非常なストレスや虐待の温床であると思うのですが、
保育園に子供をいれられない母たちは密室育児をするしかないのが現状です。
3歳までの子育て支援、母親の支援に関して、よりストレスを軽減し
母親も地域の人もかかわって楽しく子育てできる方法、政策は
ないのでしょうか。これ以上ストレスフルな密室育児を増やさぬための
政策や考えがあれば教えてください。


2点目 公立学校の教職員の精神的負担について

 公立中学校や高校の教職員の鬱について、時折新聞などで
書かれていますが、教職員がどのような環境で働いているかご存知でしょうか。
毎日毎日担当科目と担任、それからほぼ無償労働の部活におわれ、
何かあるとすぐに保護者からクレームの電話が学校だけでなく
個人の(学校から配布されたわけではない)携帯電話に
かかってきます。土日の方が朝がはやく、夏休みも冬休みも
教職員にはありません。土日の部活は日給が1800円くらいで、
遠征費用もほとんど自己負担です。土日に出勤するからといって
代休は存在しません。こうして平日は担当科目や担任に追われ、
土日も部活と残った仕事を片付けるという日々になり、
教職員の間では「部活離婚」という言葉が有名になっています。
公立の学校で子供達の面倒をみる一方で、自分の家庭の面倒は
まったくみる余裕がないのです。そして鬱になり、離婚された
教職員もいます。彼らは少しでも仕事量を減らすということができません。
とことんまで働いて倒れて「病欠」になって一度も帰らない人になる、
そこまで働くかやめるかという選択肢しかありません。

日本の公教育の裏側で、家庭が崩壊して嘆き悲しんでいる妻や
妻をうしなった元教職員たちはたくさんいます。
このような状況がいつまでも続いていていいのでしょうか
公教育における部活の問題、教職員のメンタルヘルス、負担を
少しでも減らすことについてはどうお考えでしょうか?


3 設楽ダムについて

 民主党は無駄な公共事業を廃止して子育て支援にあてるという
ことでしたが、私の旦那の実家である愛知県設楽町では
「設楽ダム」という300億円規模の公共事業の工事が
はじまろうとしています。地元、設楽の人達の研究の結果として
ダムとしては全く必要ないことが証明されているそうです。
反対運動は愛知県内では盛り上がっていますがまだ
全国的には知られていません。私としてはこのダムを
見直してもっと子育て支援をしてくれればと思っていますが
設楽ダムについてはどうお考えですか?


 以上 長くなってしまいましたがご意見をお聞かせいただけるとうれしいです



ーーーーーーー

飯田様

メールありがとうございます。
ご質問の件ですが、

1.民主党では、子供を持つすべての保護者が、ゆとりと責任を持って子育てができ
るよう社会的な支援を強化します。例えば、中学校卒業までの子ども一人あたり、月
額2万6000円を支給します。また、出産時助成金の支給もあります。さらに、待機児
童を解消し、就学前の子どもたちにとって質のよい居場所を確保するため、幼稚園と
保育所の一本化を推進します。保育ママなど地域の多様な人材・施設などの積極的な
活用など待機児童解消に具体策も出しています。

2.民主党では、教員が職責を全うできるよう、教員数の拡充や教員の養成と研究の
充実を図ります。教員が子どもと向き合う時間を確保し、教育に集中できる環境をつ
くるため、少人数学級を推進します。また、保護者、地域住民、学校関係者、教育専
門家などが参画する「学校理事会」を設置し、信頼関係・絆を深め、地域コミュニ
ティの再生・強化にもつなげます。

3.民主党は、川辺川ダム、八ッ場ダム建設は中止し、生活再建を支援します。ま
た、現在計画中又は建設中のダムについては、これをいったんすべて凍結し、一定期
間を設けて、地域自治体住民と共にその必要性を再検討するなど、治水政策の転換を
図ります。

以上、お応えになったかどうか、ご確認願います。
よろしくお願いします。


ーーーーーーーーーー

 非常にそっけないですね!
こんなの新聞読んでたらわかるよ!といいたくなりました。
答えて貰っただけましなのでしょうが
個人的には双方の直接の知り合いでもないのに
結婚式でスピーチをしてもらうことになりましたが(初対面ですよ)
結局あれはただの選挙用だったのだなあとわかりました

 政治家ってそんなもんなんですか??
またしても政治に失望しそうなのですが、、、

自由と安全

2009年08月02日 | 女の生き方

 先日困り果ててた私を見かねてワークショップを
してくれた友人が 私にこんな質問をした。

「みきちゃん 自由の反対って何だと思う?」
はて、自由の反対、、、?
東大のカフェ研究会でコメントしていた先生は
カフェの反対は何だと思いますか?と聞いて
「組織です」と答えてたけど 自由の反対、、、?

 答えをつい求めてしまう私はといえば
自分で答えを探すふりをしながら
「早く答え教えてよー」と思ってた。
そうして彼はこう言った。「自由の反対は安全です。」

 ほんとかなー なんだか微妙に
ベクトルがちょっと違うような気もするけれど
彼はそう断言してて そうなのかなあと思ってみると
あれ あれ あれ?ワークショップで「自由がほしい!」と
叫んだ私は 母という まさに安全ばかりを気にしてるような
そんなところにいるではないか!! そ そんなあ、、、


 母になると 安定性を求めたり
外に出るのがおっくうになってしまったり 何かと
心配性になってしまったり 子供がけがをしないようにとか
何かあったりしないように また 何かあったときのためにと
やたらと荷物が多くなったり 心配だけで押しつぶされて
どこかに行くのが嫌になったり 行くのはよくても
帰るのがしんどいなあとイメージしたら
それだけで萎えてしまって動けない そんな状態が続いてしまう

 それって自由とほど遠い!?
自由って そう 不安定で ちょっと危険な そんな状態
それが楽しいわけだよなあ


 そんな困難に直面してる(?)私を見かねた
また別の友人が 今日はパーッとやろうじゃないかと
多摩川河川敷で花火大会を提案してくれた。
「れんちゃんは連れて来ちゃ駄目だからね!
ちゃんと息抜きしないとね!」と彼は念を押し
待ちにまったこの週末が やってきた ら 大雨だ。

 あーまた萎える!もう中止かしら
大丈夫かな ゲリラ豪雨とか そんな心配ばかりする。
それでも時間になったら人は集まり 雨なのに
花火を持って ビールを買って 橋の下へと向かっていった。
そしたら大きな橋の下には すごい人だかりができていて
みーんな雨に濡れそうなのに バーベキューをやっていた。
なんと子供もけっこう来てて こんな天気なのに
すごいなあと驚かされる。 それで我等も橋の下へ行き
ビールを飲んで時を過ごした こうしてこんな川へ来て
うらやましいなあと見るだけでなく 我等もそんな一員になり
馬鹿みたいに 裸足で歩く男子学生を横目に見ながら
おしゃべりするのがなんだか楽しい。


 私たち も 年をとり 学生のときから10年たって
なんともうすぐ三十歳で だけどこうして雨の日に
馬鹿みたいに花火をしにくる それってなんだかとってもいい!

 ようやく日暮れの時間になって 川辺に行こう!ということになり
男子はどんどん進んでいって 私だけが一人おびえてた
「えーもっと雨降っちゃったらどうすんの!?!
ここも川になって流されちゃうよー!」本気で心配している私を彼らは
馬鹿じゃないの?と言いながら 理論的に流される心配はない!と
力説してくれ ようやく川辺にたどりつく。
そこで友人が私にこういう。「美樹さん保守的になったねー!
コンサバよコンサバ!」 ちょっとドーン。 そうだよなあ
「だってお母さんなんだもん 私が死んじゃったら、、、」
なんて口では言ってしまうけど 私が一番臆病で
私が一番保守的だった。 それは自由とはほど遠くって
彼らがなんだかうらやましい。 確かに自由というのはリスクとひきかえ
泊まる場所はないかもしれない 誘拐されるかもしれない
帰って来れないかも知れないけど それでも行こう!
そういうの が 自由なのかな。 「かな」 とか言っている時点でもう
「おいおい イイダミキー!」と言われそうだけど
臆病者になったなあ。


 それでもみんなが構ってくれて なんとか花火を持ってみたり
暗い川辺に寄ってみたりと みんなと一緒に楽しめて
そしたらなーんだ そんなもんかと 思っていたほど怖くはなくて
母という身分になって 心配性になったもんだと
それをちょっとでも打破してかないといけないんだな
そうしないと「自由」はない と思わされる

 旅に出るのは れんちゃんをつれてどこかに行くのは
行く前の心配が一番しんどいことで
行ってしまえばなんとかなった 何かがなくても
なくてすませるしかなくて 余分なものがいっぱいあった
旅慣れたなら フランスにも 行ける日がいつか来るのかな
自由な私は母になり 他人の生命を預かっているわけだけど
たくさんの人に助けられたら なんとかやっていけるのだろうか
東京には仲間たちがいて みんなとっても優しくて
そんな人達と この先一緒に子育てしたい
自由に子育て?できるかな。


フランスに行くなら

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