語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】原発>九州電力のガバナンス不全症候群 ~経営者の暴走~

2011年12月15日 | 震災・原発事故
 九州電力は、「やらせ」メール問題【注】で、自社が設置した第三者委員会の最終報告書に対する見解の違いを記した自社の報告書を出し、その後も第三者委と質問状の応酬が続いている。
 事件発覚直後は辞任の意向を漏らしていた眞部利應・社長は、10月27日の定例取締役会以降も社長に居座っている。
 他方、枝野幸男・経産相は、九電の報告書を「理解不能」と斬って捨て、社長続投に対して否定的な発言を連発。報告書の内容変更がない限り原発再稼働は容認できない、としている。

 8月9日、九電が組織的に証拠書類を破棄したことが発覚した。
 この日、九電が手配して記者会見を開催する仕儀となったが、郷原信郎・第三者委員会委員長/弁護士が打ち合わせのため眞部社長と連絡を試みてもつかまらない。ようやく連絡がとれたのは、会見開始20分前のこと。しかも、眞部社長は酔っぱらって、「何で会見を開くんだ」「どうせ自分は辞める人間」と後ろ向きな発言を続けた。「もうあの人にはついていけない」と、混乱の中で幹部の一人がつぶやいた。これを聞いて郷原弁護士は、<この会社が原発なんて運営できるのだろうか、と思った。そこが発端となって、会社のあり方を根本的に立て直さなければいけない、という認識を持ち始めた。>

 そもそも、電力会社にはガバナンスについて構造的な問題がある。電力会社特有のビジネスモデルだ。公益性の高いサービスを提供する一方、「総括原価方式」に支えられている。サービスさえ提供しておけば、利用者から安定的な収益を上げることができる。
 経営者による創意工夫が企業価値や収益向上につながることが少ないため、経営者に対するステークホルダーの意識が低かった。ために、経営者への内外の監視の目は緩かった。
 他方、公益性の高さから規制が多く、唯一怖いのは行政との関係だった。今回の「やらせ」メール問題にしても、九電が佐賀県知事発言をもとに「やらせ」を要請し、双方の独立性が保たれていなかった。
 本来ならば、電力会社に対して監視機能を発揮すべき行政とのなれあいがあった点でも、ガバナンス機能が作用していなかった。
 第三者委は、最終報告書で、経営トップの問題認識能力の欠如、会社執行部に対する索制機能の一部不足が問題の本質の一つだ、とガバナンス問題にも言及した。

 九電は、指摘を真摯に受け止めることが必要だ、という認識は示した。また、社外取締役、社外監査役による索制機能の強化など、第三者委からの要望に対して改善策を打ち出している。しかし、社外取締役は今のところ非常勤役員が1人のみだ。社外監視機能の強化にはほど遠い。
 しかも、九電では基本的には今回はコンプライアンス上の問題と見る向きが多く、第三者委との認識のズレは大きい。このまま事態が膠着し続ける可能性は高い。

 今回の「やらせ」要請が、世間が原発や電力会社に不信感を募らせているにもかかわらず、社会的な要請とは真っ逆さまの行為を行ったコンプライアンス問題であったことは間違いない。
 しかし、より深刻なのは、こうした問題が起こる土壌が作られていたことだ。
 情報開示の徹底を含めた透明性の向上が必要だ。第三者委は、資料破棄などの九電の隠蔽体質を問題視している。

 【注】「【震災】原発>九州電力の3つの誤算 ~「やらせメール」~
    「【震災】原発>「やらせメール」知事指示のメモ、九電の証拠隠滅

 以上、記事「九州電力 第三者委の報告を「無視」 大臣巻きこむ泥仕合に」(「週刊東洋経済」2011年12月17日号 「ガバナンス不全症候群」特集)に拠る。

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 今回問題だったのは、第三者委が九電とで問題のとらえ方が違ったことだ。
 第三者委は、過去の原発問題に対する会社の対応や姿勢が問題で、それを直さないといけない、と考えた。世の中が原発に対して客観的で公正な判断をする枠組みを作らないといけないと、問題の本質をとらえた。
 しかし、九電は「やらせ」メールというやり方をとったことが社会規範に反する行為だった、とはしつつ、それがなぜ規範に反するかを述べていない。しかも、第三者委が知事の責任追及を目的として、委員会として範囲外のことをやっているかのような話に持ちこもうとしている。
 一連の動きの中で、問題は知事発言や第三者委のあり方ではなく、九電の経営者の姿勢にあることが明らかになってきた。眞部社長は、知事発言を否定し、第三者委との対立を引っ張ってきた。だから、九電の報告書では非を認めていない。非を認めれば自分の責任になってしまうからだ。経営者の暴走だ。
 それを他の取締役や監査役が指摘しないといけないのに、それができていない。
 他の取締役や監査役は、社長の暴走に巻きこまれ、共謀者になってしまった。
 公益企業である電力会社と、一般の民会企業とでは、第三者委の果たすべき役割は違う。電力会社には、第三者委がガバナンス機能を果たさないといけない。

 以上、インタビュイー:郷原信郎「電力会社には独立した監視機関が必要」(「週刊東洋経済」2011年12月17日号 「ガバナンス不全症候群」特集)に拠る。
 
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 東京電力のコーポレートガバナンスに対する評価は、100点満点中わずか2点。
 2009年7月発行のリポートに、フランスの「ヴィジェオ」はこう記載した。同社が格付けを行う世界2,100社の中でも最低だ。
 社外取締役の数や取締役会に設置された委員会などの機能に関する質問状を送付しても、東電から回答はなかった。
 電力会社にも評価が低くないところはある。東電の場合は、透明性の欠如が問題だ。【「ヴィジェオ」】
 顧客は、格付け対象企業ではなく、投資家だ。応酬の年金基金や生命保険会社などが大半を占める。日本で情報を購入しているのは2社にすぎない。日本でも年金基金が社会的責任投資(SRI)に前向きにならなければ、企業側も変わらない。【ロベール・ヴェルディエ「「ヴィジェオ」日本代表】

 以上、コラム「東京電力 隠蔽体質見抜いた仏格付け会社」(「週刊東洋経済」2011年12月17日号 「ガバナンス不全症候群」特集)に拠る。
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