わたしは今月、順序は逆になったがロン・ハワード監督作品をつづけざまに観たことになる。「天使と悪魔」のサービス精神旺盛さとは対照的に、「フロスト×ニクソン」はひたすら小癪なつくりになっている。
まず、成り立ちが複雑だ。映画「フロスト×ニクソン」は、ウォーターゲート事件で失脚し、しかし政界復帰に色気むんむんのリチャード・ニクソンが、政治生命を完全に絶たれるきっかけとなった「TVショー」の裏面を描いた「舞台劇」の「映画化」なのである。
ストーリーはほぼ史実に基づいている。1972年、ワシントンDCのウォーターゲートビルにあった民主党オフィスに不法侵入した男たちの逮捕により、当時のニクソン政権の高官たちが盗聴に関与したことが明るみに出る。ニクソンと彼の腹心たちは事件のもみ消しをはかり、しかしそれも露見して1974年、ニクソンは合衆国史上初めて任期半ばで辞任する大統領となった……
情報提供者のことを「ディープスロート」と呼んだり、疑獄があると接尾語に「~ゲート」がつくのが通例となったりしたほどの大事件。中学生だったわたしはあまり理解できなかったけれど、米国人にとって、一種の夢の象徴である大統領が(それはオバマへの熱狂でも理解できる)、卑怯な手段で政敵を追い落とそうとしていたことはよほどショックだったらしい。
アメリカでの成功を夢見て自腹を切ってTVショーを企画したデビッド・フロストをマイケル・シーンが絶妙に演じる。それまで強欲でまぬけに見えたニクソンが、収録の開始とともに怪物化することに慄然とするあたり、うまい。
しかしそれ以上にニクソンが入りこんだかのようなフランク・ランジェラがすごい。わたしの世代にとっては「ドラキュラ」(79)で色男ぶりを発揮していたあのハンサムが、「大統領は法を超越する」と失言してしまう、哀しくて、しかし恐ろしい男を「グッドナイト&グッドラック」に続いて繊細に演じてみせる。政界のプリンスであるケネディとのトークバトルにつづき、ニクソンはテレビに二度殺されたのである。
ちょっとネタバレになるけどラストでニクソンはフロストにこう質問する。
「君のパーティの映像を見たよ。君は、パーティを心から楽しんでいるのか?」
「?……もちろん」
「そうか。わたしはパーティを楽しんだことなど一度もないが」
人生で一度も好かれたことのない努力と反骨の男は、二度と晴れ舞台に立つことなく消え去る。
誰からも好かれ、インタビューによって名を高めた男はサーの称号をうけ(エンドタイトルを観ていて気づいた)、今も幸せに暮らしている。
二度と交差することのなかった対照的な男たちのドラマ。傑作。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます