事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「暗殺のジャムセッション」 ロス・トーマス著 ハヤカワ・ミステリ

2009-09-26 | ミステリ

Castayellowshadow01  ああ、95年に死んだロス・トーマスの新刊が今ごろ読めるなんて。実際は四十年前の作品だけれど。わたしにとってのトーマスは「八番目の小人」「神が忘れた町」などのミステリアス・プレス文庫の人で、だからおなじみのパディロとマッコークルのコンビは「黄昏にマックの店で」(大傑作)が初体験。さかのぼって追体験しているような具合。

 スパイ小説は展開が複雑であることをつくづく思い知らされる。なにしろほぼ全員が終盤に裏切るし。しかし毎ページのように気のきいた極上の警句が仕込んであるのであれよあれよという間に……数多く刊行してきた立風書房が根性出していてくれたら、トーマスの諸作をもっと読むことができたのに。

 アフリカの小国の首相は、余命わずかであることを知り、白人支配をつづけるためにワシントンで自らを暗殺させる大芝居をたくらむ。パディロにその計画を実行させようと、部下に命じて親友マッコークル(マック)の妻、フレドルを誘拐するが……

 いかにも底意地の悪そうな手練れの小説家がタイプライターでつむいだ名シーン、名台詞を紹介しましょう。(訳は真崎義博)

 私たちは外でタクシーを待った。「彼女、歳を取ったな」パディロが言った。「おれが知ってる何年ものあいだ、ぜんぜん歳を取らないように見えたんだ。」
「彼女、知ってると言った人たちを本当に知ってるのか?」
「彼女が知らない人間はいないんだ」
「たぶん、だから歳を取ったんだな」

「マイク、おみやげがあるの」
「ほう?」
「これよ」
右手でフェイントをかけてから左手で男の頬を張る女をはじめて見た。

 タクシーを捕まえようと思ったのは十一時半ごろだった。七番通りへ行って、首相を殺したがっている二人の男と話をするのだ。土曜日の晩に世界の首都にいるのはいいことのように思えた。

「どんな武器を使うつもりだ?」
「まだ決めてない」
「首相は好みを言ったんだが」
「なんだ?」
「英国製の銃では撃たれたくないそうだ」

「あなたは悲しそうな顔をしてるわね。元気を出しなさい。本当に悲しそう」
「ただの二日酔いさ」
「わたしなら元気にしてあげられるのに」
「気をつけた方がいいぞ。二日酔いになると噛むくせがあるんだ」

「彼はね、寂しがっている時間はもうない、と言ったの……寂しがれる時間は、ずっとまえに使い切ってしまった、と」
「ほかには何と言った?」
「私には理解できないことを言ったわ」
「何だって?」
「自分は黄色い影を投げる。どういう意味かしら?」
「アラブ人の使うことばだったと思う。いろんな運命を背負っている、という意味だ。それも、悪い運命を」

……原題はCast A Yellow Shadow(黄色い影を投げかけよ)。ラストで、このことばが効きます。やるなあ。隠居したら、こんな小説を朝から晩まで読んでやるんだ。それにしても、登場人物たちは朝から晩まで酒を飲んでます。この誘惑に老後のおれは勝てるだろうか。

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