事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「神学校の死」P.D.ジェイムズ著ハヤカワ・ミステリ

2008-01-04 | ミステリ

Deathholyorders サフォーク州の人里離れた海岸に位置する聖アンセルムズ神学校は、その存続が危ぶまれている。長い年月のあいだに海岸が浸食され、いつまで建物が残っているのかわからないということ、20人の選ばれた神学生だけが学ぶという学校方針は今時では贅沢すぎて反感を買ってしまうこと、所蔵の価値ある美術品の数々は、このような僻地に置かず、もっと人目に触れる場所に移すべきであるということ、その他諸々の理由で教会は廃校を考えざるを得なかった。しかし、校長のセバスティアン・モレル神父をはじめとする神父、職員たちは抵抗を示し、少なくともあと、二、三年はこのまま持ちこたえるのではないかと思われた。この学校にロンドンの警視長アダム・ダルグリッシュが出向くことになったのは、神学生の一人ロナルド・トリーヴィスが海岸で謎の死を遂げ、事故死ということで処理されたことに端を発している。裕福で権力のあるロナルドの父親は死因の調査を依頼し、管轄外ではあったが、少年時代の幾度かの夏、聖アンセルムズ神学校で過ごしたことのあるダルグリッシュに白羽の矢が立てられたのだ。懐かしい思い出が胸によみがえるダルグリッシュだったが、待ち受けていたのは第二、第三と続く死だった。

ダルグリッシュ警視をご存知だろうか。日本の場合、彼が活躍するシリーズからスピンオフした女探偵コーデリア・グレイ(「女には向かない職業」)の方が有名だけれど、齢八十を超したこのミステリの女王(しかし先代であるクリスティのことは、今作で「一緒にしないでよ」とばかりに皮肉っている)の本領は、間違いなくダルグリッシュの方にある。最高作は文句なく「死の味」。この最新作「神学校の死」を読み終えて、わたしはシリーズ全作を読み通したことになる。ある意味さみしい。

Author_pd_james それにしてもダルグリッシュの設定はすごい。新妻を、出産時に子どもと共に失い、以来独身。すごいハンサムで長身。スコットランドヤードに勤務して抜きんでた成果を上げながら、同時に詩人(!)としても著名……おいおいハーレクインかぁ?

しかしP.D.ジェイムズの静謐な筆致がこの設定を陳腐化から救っている。そして、神のごとき推理で事件を解決するたびに昇進し、現在は警視長にのぼりつめて、なんでコロンボはあんなに事件を解決しているのにいつまでも警部なのか、という矛盾を回避している。この辺はキチンとしているんだよな。

ミステリが、本場の英米では二流扱いであることはジョン・ダニングの号でお伝えしたが、P.D.ジェイムズはどうなんだろう。上質な英文学の王道を歩んでいるかに見える彼女のことだから、それなりの評価は与えられていてほしい。もっとも、その分かなりとっつきは悪い。このことは予告しておきます。ストーリーに起伏があるわけでもなく、トリックも「おいおいそれでおしまいかい」と突っ込みたくなるときもある。でも人間描写はすごい。こんなタイプの人間は、きっとこう考え、そしてこうやって犯罪に陥ってしまう……読者を否応なしに納得させるその手管には恐れ入る。

あ、そういえば昔イギリス人の女性ALTとどんなミステリが好きかという話をしていたとき、P.D.の名をあげると「おーほっほっほ。わたしはストラドフォードの書店でアルバイトをしていたとき、サイン会に来た彼女に会ったことがあるのよーっ!」と思いっきり自慢された。くそ。これだからわたしはイギリス人が嫌いだというのだ。

……日本における小説の売り上げの8割はミステリだという。長者番付のトップも作家部門は常にミステリ作家が占めている。極端な例えだが、そのミステリにしたって「宮部みゆきとそれ以外」という感じで寡占化は進んでいる。確かにミステリは面白いし、宮部みゆきは必ず素晴らしい時間を提供してくれる。でも、ここいらでちょっと別のミステリにも目を向けてほしい。違うタイプの、違う満足を与えてくれる作品だってあるはずだ。ま、それ以上にはずれもたーくさんあるんだが。てなわけで、怒濤のミステリ特集開始。いくぞー。

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