……左手にスプーンの柄の端を持ち、右手の親指と人差し指でスプーンの首のあたりをつまむように擦りながら、清田はしきりに「飲みすぎたかなあ」とつぶやく。周囲を円陣になって取り囲む全員が無言でその手許を眺め続ける。三分近くが経過した頃、しきりに首をひねりながら、清田は静かに右手をスプーンから離す。
「飲みすぎちゃったみたいで、あまり調子はよくないんですけど……」
そうは言いつつも、視線は左手に持ったスプーンから離れない。周囲にいた全員が椅子の上から身を乗りだしている。僕もファインダーを覗きながら小さく一歩踏み込んだ。
誰かが「ほお」と咽喉の奥で声をあげる。垂直に立てられたスプーンは、肉眼でもはっきりと識別できる動きで少しずつ曲がり始めている。スプーンを支える左手を清田は何度か横に振った。そのたびにスプーンの頭はぐにゃりぐにゃりと左右に傾げ、数回目の揺さぶりの直後、スプーンは柄の部分からぽっきりと折れ、乾いた音をたてて床に落ちた。
【職業欄はエスパー・挫折からのはじまり】
スプーン曲げが日本でブームになったのは1974年。言うまでもなく、あのユリ・ゲラーが発火点だった。日本テレビが招聘し、木曜スペシャルで(だったと思う)行ったのはスプーンを曲げる以外に、画面から念を送って止まっている時計を動かすというもの。全国から「動いた!」という反応が日テレに殺到。ゲラー・エフェクト(効果)が一般に認知され、日本において超能力とはすなわちスプーン曲げのことになったのはこのときだった。実はウチも、止まっていた置き時計を持ち出してテレビの前に置いたお調子者一家でした。動きはしませんでしたが。
怖いのはここからで「ぼくもスプーンを曲げられる」と主張する少年が続出。ワイドショーで実際に曲げて見せていた。若い読者のために紹介すると、ある少年がやっていたのはこんな感じ。カメラに向かって後ろ向きにウンコ座りをし、「曲がれ!」と叫んでスプーンを肩越しに放り投げる。スタジオの床に落ちたそれは、確かに曲がっている。それだけでは“芸がない”のか次第にエスカレートし、「ぐにゃぐにゃに曲がれ!」と投げられたスプーンは、確かに左右ぐにゃぐにゃに曲がっているのだった。
そんな子どもたちのなかに、関口少年や、清田益章がいたのである。以下次号。
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