コンラディンが物置に行くのをやめようとしないことに気がついたデ・ロップ夫人は、ある日もっとよく調べようとそこに行った。
「錠がかかっている檻のなかに、あなた、何を飼っているの。おおかたモルモットかなんかでしょうね。だけどそのうち全部片付けてしまいますからね」
コンラディンは押し黙って答えなかったが、「あの女」はコンラディンの寝室を徹底的に捜し回って、とうとう注意深く隠しておいた鍵を見つけ、すぐさまその成果を確かめに物置へ降りていったのだった。
寒い午後で、コンラディンは家でじっとしているように言いつけられていた。ダイニング・ルームの一番端の窓から、途切れた植え込みの向こう側に、物置の扉がうまいぐあいに見通せる。コンラディンはそこに陣取った。
「あの女」が入って行くのが見えた。コンラディンは想像する。「あの女」が聖なる檻の戸を開けて、近眼の目を凝らし、神のおわします積もったわらの床をのぞきこんでいるところを。気短かな「あの女」のことだから、おそらくわらをつついたりするだろう。コンラディンは必死の思いで最後の祈りを唱えた。だけど、ぼくがこうやって祈っているのは、ほんとは信じてなんかいないからだ――コンラディンはそのことを知っていた。「あの女」がいまにも、むかつくような「ほくそ笑み」を浮かべて出てくるにちがいない。一時間か、二時間もしたら、庭師が、偉大なる神を、いや、そうなるともはや神ではなく、ただの檻のなかの茶色いイタチを持っていってしまうのだろう。そうして、こんどみたいにぼくに勝って、これからだって勝ち続けるんだ、ぼくは「あの女」にまとわりつかれて、好き勝手にされて、バカにされるうちにだんだん弱って、医者の言ったとおりになっていくのだろう。コンラディンはうち負かされ、悔しく惨めな気持ちを抱えたまま、危機に瀕している神のために、大きな声で、昂然と詠唱を始めた。
不意にコンラディンは歌をやめて、ガラス窓に身を寄せた。物置の扉は半開きになったまま、もう何十分も過ぎている。ずいぶん長い時間がいつしか過ぎていたのだ。数羽のムクドリの群れが、芝生を走ったり、飛び回ったりしている。コンラディンはその数を、何度も何度も数えたが、片方の目はゆらゆらと揺れる扉をいつもとらえていた。
不機嫌な顔つきのメイドが入ってきて、テーブルにお茶の用意をしだしたが、コンラディンは立ったまま、じっと見守っていた。胸に希望がじわじわと兆してきて、さっきまで、打ちのめされ、恨めしげにじっとたえることしか知らなかった目に、勝利の色が浮かび始めていた。ひっそりと、内心天にものぼるような心地で、もういちど勝利と狼藉の凱歌をうたいはじめた。
やがて見守っていたコンラディンは報いられた。扉から、体の長い、丈の低い、黄褐色のけものが姿を現した。傾きかけた日の光に目をしばたかせ、顎から喉にかけてはべっとりとどす黒く濡れている。コンラディンは崩れるように跪いた。大きなケナガイタチは、庭のはずれを流れる小川に行って、しばらく水を飲んでいたが、板の橋を渡って、藪のなかに消えていった。それがスレドニ・ヴァシターを見た最後だった。
「お茶の支度ができたんですけど」仏頂面のメイドが言った。「奥様はどこへいらっしゃったんですか」
「ちょっと前に、物置へ行ったよ」
メイドがお茶の用意ができた、と女主人を呼びに行く間、コンラディンは食器棚の引き出しからトースト用のフォークを探し出し、自分のためにパンを一枚、焼き始めた。パンを焼いてからバターをたっぷり塗って、ゆっくり楽しみながら食べる。そうしているあいだもコンラディンは、ダイニング・ルームのドアの外が慌ただしくなったり、かと思うと急に静かになったりするのに耳を傾けていた。メイドがバカバカしいほどの大声で悲鳴をあげる、台所の方から、どうしたんだ、何かあったの、と聞く声がする。バタバタと走り回る音、外へ助けを求めて飛び出す音、それからしばらくの静寂ののちに、怯えたようなすすり泣きが始まり、重い荷物を家の中に引き入れるような音がした。
「いったいかわいそうなあの子にはだれが話すっていうの? とてもじゃないけどわたしにはできないわ!」
悲鳴のような声がそう言った。みながその相談をしているあいだ、コンラディンはもう一枚、自分のためにトーストを作った。
The End
「錠がかかっている檻のなかに、あなた、何を飼っているの。おおかたモルモットかなんかでしょうね。だけどそのうち全部片付けてしまいますからね」
コンラディンは押し黙って答えなかったが、「あの女」はコンラディンの寝室を徹底的に捜し回って、とうとう注意深く隠しておいた鍵を見つけ、すぐさまその成果を確かめに物置へ降りていったのだった。
寒い午後で、コンラディンは家でじっとしているように言いつけられていた。ダイニング・ルームの一番端の窓から、途切れた植え込みの向こう側に、物置の扉がうまいぐあいに見通せる。コンラディンはそこに陣取った。
「あの女」が入って行くのが見えた。コンラディンは想像する。「あの女」が聖なる檻の戸を開けて、近眼の目を凝らし、神のおわします積もったわらの床をのぞきこんでいるところを。気短かな「あの女」のことだから、おそらくわらをつついたりするだろう。コンラディンは必死の思いで最後の祈りを唱えた。だけど、ぼくがこうやって祈っているのは、ほんとは信じてなんかいないからだ――コンラディンはそのことを知っていた。「あの女」がいまにも、むかつくような「ほくそ笑み」を浮かべて出てくるにちがいない。一時間か、二時間もしたら、庭師が、偉大なる神を、いや、そうなるともはや神ではなく、ただの檻のなかの茶色いイタチを持っていってしまうのだろう。そうして、こんどみたいにぼくに勝って、これからだって勝ち続けるんだ、ぼくは「あの女」にまとわりつかれて、好き勝手にされて、バカにされるうちにだんだん弱って、医者の言ったとおりになっていくのだろう。コンラディンはうち負かされ、悔しく惨めな気持ちを抱えたまま、危機に瀕している神のために、大きな声で、昂然と詠唱を始めた。
スレドニ・ヴァシターは進む
胸の思いは熱くたぎる血の色、歯はきらめく白
敵は停戦を懇願したが、与えられたのは死
スレドニ・ヴァシター、美しきもの
不意にコンラディンは歌をやめて、ガラス窓に身を寄せた。物置の扉は半開きになったまま、もう何十分も過ぎている。ずいぶん長い時間がいつしか過ぎていたのだ。数羽のムクドリの群れが、芝生を走ったり、飛び回ったりしている。コンラディンはその数を、何度も何度も数えたが、片方の目はゆらゆらと揺れる扉をいつもとらえていた。
不機嫌な顔つきのメイドが入ってきて、テーブルにお茶の用意をしだしたが、コンラディンは立ったまま、じっと見守っていた。胸に希望がじわじわと兆してきて、さっきまで、打ちのめされ、恨めしげにじっとたえることしか知らなかった目に、勝利の色が浮かび始めていた。ひっそりと、内心天にものぼるような心地で、もういちど勝利と狼藉の凱歌をうたいはじめた。
やがて見守っていたコンラディンは報いられた。扉から、体の長い、丈の低い、黄褐色のけものが姿を現した。傾きかけた日の光に目をしばたかせ、顎から喉にかけてはべっとりとどす黒く濡れている。コンラディンは崩れるように跪いた。大きなケナガイタチは、庭のはずれを流れる小川に行って、しばらく水を飲んでいたが、板の橋を渡って、藪のなかに消えていった。それがスレドニ・ヴァシターを見た最後だった。
「お茶の支度ができたんですけど」仏頂面のメイドが言った。「奥様はどこへいらっしゃったんですか」
「ちょっと前に、物置へ行ったよ」
メイドがお茶の用意ができた、と女主人を呼びに行く間、コンラディンは食器棚の引き出しからトースト用のフォークを探し出し、自分のためにパンを一枚、焼き始めた。パンを焼いてからバターをたっぷり塗って、ゆっくり楽しみながら食べる。そうしているあいだもコンラディンは、ダイニング・ルームのドアの外が慌ただしくなったり、かと思うと急に静かになったりするのに耳を傾けていた。メイドがバカバカしいほどの大声で悲鳴をあげる、台所の方から、どうしたんだ、何かあったの、と聞く声がする。バタバタと走り回る音、外へ助けを求めて飛び出す音、それからしばらくの静寂ののちに、怯えたようなすすり泣きが始まり、重い荷物を家の中に引き入れるような音がした。
「いったいかわいそうなあの子にはだれが話すっていうの? とてもじゃないけどわたしにはできないわ!」
悲鳴のような声がそう言った。みながその相談をしているあいだ、コンラディンはもう一枚、自分のためにトーストを作った。