きまぐれ日記

高知県室戸市の地域情報と写真などの趣味の話。時々エッセイ風に。

室戸市産業祭2001

2010年11月30日 14時43分46秒 | イベント・祭り・コンサート







産業祭に行ってきました。

鳴子踊りと、阿波踊りを見ました。

鳴子踊りのチームは、安芸の東陣で、阿波踊りは、阿南市の、『達粋連』でした。

「たっすいれん」というのは、土佐弁の、「たっすい」と意味は同じなのでしょうか。

たぶん同じ意味だと思います。

土佐弁では「たっすいがはいかん」という使い方をしますが、そういう意味の「たっすい」だろうとは思うのですが、踊りはたっすいことはなかったように思います。

阿波踊りは、初めて生で見たのですが、どうも、要領が分かりません。

ステージで踊っていた踊り子が突然のようにステージから下りて、別の衣装の踊り子がステージに、両サイドから上がってきました。

鳴子踊りを見慣れている目からすると、どうも違和感を覚えます。

どういう動きをするのか予想がつかないので、シャッターを押すタイミングがつかめませんでした。


レンズはシグマの18-200だったので、ほとんど被写体ぶれになっていました。

それでも、シャッターを押す練習のつもりで撮りました。

鳴子踊りと、阿波踊りの違いは、音楽とか、衣装の違いもあるのですが、根本的な違いは、鳴子踊りは、チームで踊るもので、阿波踊りは、個人で踊るものです。

鳴子踊りは、前進しながら踊る踊りで、鳴子の響きと、隊列のフォーメーションがそろっていて、衣装も含めて統一感があります。

そして、踊りにテーマと物語性があります。

阿波踊りは個人個人が思うがままに踊っていて、ばらばらなイメージで統一感がありませんでした。

音楽は一定のリズムで変化がなく、踊りにはストーリーがありません。

何を表現しているのか分かりません。

鳴子踊りは、音楽と、衣装と、踊りとの総合芸術ですが、阿波踊りは、踊る人のための踊りで、音楽がなくても、どういう格好でも踊れるような気がします。

初めて見る阿波踊りには戸惑いました。どうもしっくりきませんでした。


室戸で鳴子踊りのチームを作ってほしいと思います。


室戸の産業祭で、地元のチームの踊りがないというのは悲しい限りです。



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龍馬伝最終回・龍馬、慎太郎暗殺

2010年11月29日 13時32分27秒 | 日常


龍馬伝、ついに最終回でした。

これで、一つ、楽しみがなくなりました。

最終回は、なんといっても、注目は、近江屋での龍馬・慎太郎の暗殺のシーンです。

暗殺のシーンは、予想していたよりも、リアルでした。

実際の襲撃の時も、おそらく、ほんのわずかな時間だったのではないかと思います。

下手人は、見廻り組でした。

ほとんど、京都の警護をする集団ではなくて、刺客のような容貌でした。

龍馬伝は龍馬・慎太郎暗殺に関して何か新事実が登場するのかと期待していました。

よく知られている史実とは違う設定がありました。

細かいところですが、龍馬・慎太郎の暗殺の経緯をよく知っている方にとっては、なるほどこういう事も可能性としてはあるかも知れないと思わせるような事でした。

下手人は、3人しか登場していませんでした。

実際に龍馬・慎太郎の部屋に入った下手人は、2人、か3人、一階での見張りが3人から4人というのが、一般的に知られている見廻り組の襲撃人数です。

龍馬伝では、見張り役はいなかったようです。

しかし、下手人が近江屋に入る時、一般的に知られている史実では登場しない人物が登場しました。

姿は見えませんでしたが、女性が、「中岡慎太郎の妻」と言って、近江屋の中に入ろうとしました。

一般的には、『十津川郷士』と名乗って下手人が近江屋に入った事になっています。


午後8時過ぎに、見知らぬ侍が数人、龍馬を訪ねると不審に思われるから、女性なら、しかも、中岡慎太郎の妻と名乗れば不審に思われず、戸を開けるかも知れません。

女性が近江屋を訪ねてきたという事は全く可能性がないわけではありません。

女性が訪ねてきたから戸を開けたと、近江屋事件のあと、近江屋の家人の誰かが証言していたような気もします。

龍馬伝では、あまり知られていないその説を取ったのでしょうか。

龍馬の居場所は、幕府と、新撰組の密偵によって近江屋事件よりも前に知られていたというのが通説となっているのですが、龍馬伝では、襲撃の直前まで龍馬の居場所が分からなかったという設定になっています。

見廻り組が偶然、慎太郎と、新撰組が立ち回りをしているのを見て、慎太郎の後をつけて、龍馬の居場所が分かったという設定です。

これも新しい説ではありますが、ありえないわけではありません。

龍馬・慎太郎暗殺のほんとの狙いは、龍馬ではなくて、慎太郎だったという説があります。

その説をうまく龍馬伝では取り入れています。

慎太郎を追っていくと、そこには偶然龍馬がいたので二人とも殺害したというわけです。

陸援隊には実際には新撰組のスパイがいました。

見廻り組の真の目的は慎太郎の殺害でその場にいた龍馬が巻き添えになったという説は一つの筋は通っています。

近江屋に入る時に見廻り組が、女性を使って、「慎太郎の妻です」と言わせたというのは、なかなか面白い設定でした。

下手人は、3人ですが、一人は、佐々木只三郎だろうと思うのですが、あとの二人は、誰なんでしょう。

桂早之助か、今井信朗なのか、渡辺篤なのか。

では、彼らに暗殺を指示した黒幕は誰なのか。

その前に、龍馬伝では、可能性としてはもっとも小さいだろうと思える説も、取り入れていました。

それは、龍馬と慎太郎が斬り合ったという説です。

慎太郎は場合によっては龍馬を斬ると言って、薩摩藩邸を出ています。

その時、西郷隆盛は小さく頷いていました。

龍馬伝は、3人の見廻り組に指示をした人物を登場させませんでした。

会津藩の松平容保が指示したかのようにも思えますが、最終回では登場しませんでした。

では、後藤象二郎なのか。

後藤象二郎が怪しいと、個人的には、ずっと思っていたのですが、龍馬・慎太郎殺害当時は、京都にはいませんでした。

土佐藩が、見廻り組に龍馬の居場所を教えるようなシーンもありませんでした。

龍馬伝ではどうも、黒幕はいなかったという説を取っているのではないかと思います。

どこからも、3人の下手人に指示はなかった。

つまり、公務ではなかった。

そもそも、大政奉還が行われたあとでは、新撰組や見廻り組の仕事そのものは公務としての意味は失っていたのではないかとも思えます。

指示がないとしたら、見廻り組与頭の佐々木只三郎を中心にした、3名の判断で決行したという説を取っているようにも思えます。

下手人の3人は、徳川家の主君に仕えるという武士のプライドを持って、大政奉還により武士の時代を終わらせた龍馬に対しての怨恨の情を煮えたぎらせていたわけです。

3人の刺客の表情と気迫と武士としてのプライドは凄まじいものがありました。

龍馬・慎太郎の暗殺は、黒幕のない見廻り組の3人の刺客による龍馬への怨恨による殺害だったと、龍馬伝では描いていたようです。

実際はどうだったのか。

個人的には、組織的な指令でなくて、見廻り組の与頭を中心とする犯行だったという説には大いに納得させられました。

だからこそ、龍馬・慎太郎の殺害の下手人は公にはされなかったわけです。

近江屋事件は暗殺であって、ある意味テロ行為だったのかもしれません。

明治新政府の中心的人物になるはずだった龍馬・慎太郎を暗殺したわけですから、そういう意味においては政治的テロ行為だったともいえます。

龍馬・慎太郎はなぜ殺害されたのか、その黒幕は誰だったのかは、龍馬伝の最後の放送で、かなり納得させられましたが、自分なりの見解は後ほど記事にします。



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龍馬伝、今夜最終回

2010年11月28日 13時59分28秒 | 日常

龍馬伝は、ついに、最終回の放送です。

録画をする方は、放送時間が1時間15分になっているので、気を付けてください。

今回の放送のクライマックスは、近江屋で、龍馬と慎太郎が暗殺される場面です。

下手人は、史実的にはもっとも可能性の高い、見廻り組だろうと思います。

下手人は、見廻り組だとしても、指示したのは誰なのか。

龍馬伝ではどう描くのか。

シナリオの小説本はすでに読んでいるのですが、小説本では黒幕が誰なのかは分かりません。

小説本の中では、龍馬・慎太郎の襲撃に至る過程で、意外な人物が登場するのですが、ドラマではどう描くのでしょうか。

龍馬・暗殺の黒幕に関して、何か新事実が明らかにされるのでしょうか。

もしかしたら、それは岩崎弥太郎が絡んでいるかもしれません。

岩崎弥太郎の日記の龍馬・慎太郎の暗殺の前後の数日間の内容は、非公開となっています。

岩崎弥太郎は、龍馬・慎太郎の暗殺の下手人と黒幕を知っていたのではないかとも思われます。

龍馬の周りは敵ばかりで、誰が黒幕になってもいいような気もします。

今夜の龍馬伝はじっくりと見たいと思います。




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龍馬と慎太郎の初めての出会いの場所

2010年11月27日 13時30分15秒 | 日常

昨日の、HKK総合テレビの午後6時10分から放送の、『こうち情報いちばん』の中で、高松順蔵が取り上げられていました。

この人物は儒学者で安田で私塾を開いていました。

龍馬の一番上の姉の千鶴が高松順蔵に嫁いでいました。

ですから、高松順蔵は龍馬の義理の兄になります。

龍馬は、高松順蔵のところに、よく遊びに来ていたということです。

その頃は、龍馬はまだ何者にもなっていない、ただの若者でした。

高松順蔵が開いていた私塾で、中岡慎太郎も学んでいます。

慎太郎は、安田・田野・奈半利近辺では、神童として知られていました。

ですから、高松順蔵も龍馬に、慎太郎の事は話していたはずで、龍馬と慎太郎が高松順蔵の私塾で顔を会わせた事はあるだろうと思われます。

龍馬伝では、龍馬と慎太郎の初めての出会いの場所は、武市半平太の道場となっていたのですが、実際は、それより以前に、高松順蔵の私塾で会っていたのではないかと推測します。

その二人は、明日の龍馬伝の最終回で、近江屋にて、暗殺されます。

明日の龍馬伝は決して見逃してはいけません。




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ふでDEまんねんで年賀状を書く

2010年11月26日 09時58分10秒 | 日常

年賀状をすでに書いている人はまだあまりいないと思います。

おそらく、パソコンで書く人が多いと思います。

文面はパソコンで制作しても、宛名だけは手書きで書きたいところです。

しかし、ふだんは、筆字で書く事もないし、字もあまりうまくないし、年賀状の宛名だけを書くために、筆字の練習をするわけにもいかないし、そもそも、筆字は書きにくい。


そんな人にうってつけの筆記用具があります。

万年筆でありながら、筆字のように書けます。

その名は、『ふでDEまんねん』。

ペン先が奇妙に曲がっています。ペンを立てて書くと、細くなり、角度をつけてねかせて書くと、筆字のようになります。

確かに、筆字のようにはなるのですが、慣れるまでは少し書きづらいかもしれません。

万年筆ですが、価格は1000円程度です。

ペン先の曲がり具合が2種類あります。

ペン先を立てて書く人と、ねかせて書く人用の2種類あります。

年賀状以外にも、筆字の練習のつもりで、ふだん使っても面白いです。

ただし、インクを大量に消費します。



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今週末、室戸市産業祭

2010年11月25日 09時45分24秒 | イベント・祭り・コンサート

今年も、室戸市産業祭が今週末の11月28日(日)に開催されます。

開催場所は、室戸岬新港の、『とろむ』です。

いろいろなイベント内容があります。

その中でも、鳴子踊りと、阿波踊りに興味が惹かれます。

鳴子踊りに関しては、今年は生では見ていないので、なんとか時間を作って、見に行きたいと思います。

おそらく、鳴子踊りのチームは安芸のチームだろうと思います。

できる事なら、こういうイベントで踊る室戸市の鳴子踊りのチームを結成してほしいものです。

小・中・高校生を中心としたチームならできるはずです。

高校生だけの単独チームでも結成できるはずです。

イベンだけで踊るチームなら、さほど費用はかからないと思います。

阿波踊りは、AMAという事で、阿南のチームが参加するものと思われます。

阿波踊りも生では見た事がありません。

鳴子踊りと、阿波踊りには少し期待しています。

下記のアドレスで詳しい内容を確認してください。


http://www.city.muroto.kochi.jp/hopweb/joho/html/joho00000511.htm






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シグマのレンズ、α33,55対応の修理

2010年11月24日 10時14分32秒 | カメラ関係

シグマのレンズが、α-55と、33で不具合が起こるという事です。

実際には、α-33と55は持っていないので、どういう不具合が起こるのかは分かりません。

しかし、α-55を購入するかもしれないし、あるいは、その上位機種のα-77も購入するかもしれません。

そういう時の事を考えて、所有しているシグマのレンズをメーカーの方に送ってみました。

この修理は、車でいえば、リコールのようなもので、無料で修理してくれます。

送料も着払いです。

ゆうパックで送ってみました。

シグマに送ったレンズは、かなり古い物ばかりです。

50ミリマクロ、17-70、 18-200 、170-500の4本です。

ミノルタのフルサイズ用の純正のレンズもあるのですが、日常、よく使っているのは、シグマの、17-70と、18-200です。

レンズが古いので、果たして、α33と55に対応した修理ができるのかどうか不安でしたが、どうやら、修理はできたようです。

発送した日から8日後に戻ってきました。

意外に早く修理ができたようです。

しかし、どこを修理したのか、実際に、α33と55に対応できているのかはボディがないので分かりません。

無料で修理ができるので、α33と55を購入予定の方はとりあえず修理に出した方がいいでしょう。

シグマ以外には、タムロンのレンズがあるのですが、これは不具合は起こらないのでしょうか。

そのタムロンのレンズが所有しているレンズではもっとも高価です。

しかも、ほとんど使う機会がないレンズです。




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中岡慎太郎切手シート

2010年11月23日 09時43分29秒 | 地元の特産・名物

中岡慎太郎の切手シートを郵便局で見かけてしまったので、買いました。

1200円です。

慎太郎の写真だけではなくて、二十三士の首領の清岡道之助の写真とか、あまり一般には知られていない、慎太郎と慎太郎の義理の兄の北川武平次と間に女性を挟んだスリーショットの写真もあります。

この女性は、慎太郎の笑顔の写真の左側にいた女性だろうと思われます。

慎太郎の笑顔の写真では、慎太郎の右頬に腕が見えるのですが、この腕は慎太郎の右腕なのか、それとも、隣の女性の左腕のようにも見えます。

慎太郎が正面を見据えた写真もこの時に撮られていると思われます。

その他に、切手シートには、北川村と室戸岬の慎太郎像と、慎太郎生家の写真などもあります。

こういう慎太郎の切手シートというのは、初めての発売です。

龍馬伝放送の記念に買いました。


この切手シートは県外でも発売されているのでしょうか。




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第47回放送、龍馬伝、『大政奉還』

2010年11月22日 10時05分47秒 | 日常

第47回放送、龍馬伝、『大政奉還』もしっかりと見ました。

『大政奉還』によって、侍の時代が終焉するわけです。

大政奉還に関しては、実務的には後藤象二郎の働きが大きかったわけですが、龍馬と後藤象二郎はタッグを組んで、この歴史的大事業を成し遂げます。

徳川最後の将軍、慶喜の、大政奉還という決断は、後世はどのように判断するべきなのでしょうか。

大政奉還の決意を、歴史に残る『英断』として、ドラマでは描かれていました。

大政奉還によって、戦を避けて、徳川家と、日本を守ったという解釈をしていたようですが、幕府側の諸藩にとっては、『大政奉還』は青天の霹靂のようなものでしょう。

大政奉還によって、血を流さずに、政権が徳川家から、朝廷に移行したかに見えます。

しかし、歴史はそうではなかったということを教えています。

徳川慶喜が大政奉還を受けいれても、拒絶しても、戦なくして、明治維新はなかっただろうと思います。

中岡慎太郎が予見した通りに歴史は動きました。

今回の放送では、幕府の若年寄の永井玄蕃が登場します。

永井玄蕃は、龍馬暗殺に関しては、重要な位置を占める人物です。

龍馬は暗殺される前の数日間は、何度も永井玄蕃宅に足を運んでいます。

永井玄蕃宅のすぐ近くには、見廻り組の与頭の佐々木只三郎宅がありました。

一日に二度も永井玄蕃宅に訪れた事もあります。

暗殺される前日にも訪れています。

後藤象二郎も永井玄蕃に会っています。

そして、永井玄蕃を通じて、新撰組の近藤勇に会っています。

さらには、後藤象二郎は、大政奉還の周旋のために会津藩の公用方の手代木直右衛門とも、会っています。

近藤勇は後藤象二郎をたいへん気に入って、何度も、面会を求めています。

後藤象二郎は、新撰組とも、会津藩とも繋がりはあったわけです。

しかし、大政奉還までは、龍馬と後藤象二郎は、全く、志を一つにする同志のように描かれています。

今回の放送では、慎太郎がほんの少しだけ登場しました。

慎太郎は薩摩藩邸にいて、大政奉還のこと知るわけですが、その場にいた、西郷隆盛は、たいへん重要な発言をします。

『龍馬を生かしておくべきでなかった』と。

表現がストレートです。

龍馬・慎太郎の暗殺の黒幕は西郷隆盛だと言っているようなものです。

大政奉還によって、龍馬の孤立は深くなる一方です。

龍馬伝の放送はあと、残り一回だけです。

惜しい気がします。

もっと放送を続けてほしいです。

最終回の放送は、決して見逃してはいけません。




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前田博史氏の、『命の起源』・『海の扉・ジオ』写真展

2010年11月21日 10時20分04秒 | 室戸ジオパーク

室戸岬の、『岬観光ホテル』で前田博史氏の、『命の起源』・『海の扉・ジオ』写真展が開催されています。

開催期間は、2010年11月28日までです。

岬観光ホテルは瀟洒な建物なので内部がどのようになっているのか興味がありました。

見た目が和の雰囲気ですから、展示室は和室でした。

こういう和室の部屋での写真展も開催される事はあります。

和室と写真展とは、どうもマッチしないようにも思えるのですが、座って鑑賞ができます。

壁がないので、ワイヤーを使って、写真を吊り下げる事はできません。

こういう和室での展示では、サイズが小さい写真は低い机の上に置いて壁に立てかける事もできます。

大きな写真は、イーゼルに乗せてありました。

イーゼルは絵を描くために使うのですが、壁のない和室ではイーゼルは便利です。

岬観光ホテルの玄関を入って、正面に大きな室戸ジオパークの写真があります。

その大きさに圧倒されます。

写真ではあるのですが、立体的に見えます。

紙の質がどうも違うようです。

反射率の低い紙を使っているようです。写真というよりは、絵画のようでした。


室戸ジオパークの写真もいくつもあるのですが、自分では、まずこういう撮り方はしないだろうという写真ばかりでした。

昼間よりも夜に撮影している写真が多いです。

天の川と室戸ジオパークの岩との組み合わせで撮るという発想はとても新鮮で、驚きでした。

室戸ジオパークの新たな撮影方法が分かった気がします。

ビシャゴ岩とか、エボシ岩を月明かりで撮影するとどんなふうに見えるのか、挑戦したくなりました。

前田博史氏の、『命の起源』・『海の扉・ジオ』写真展は驚きに満ちていました。



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