第47回放送、龍馬伝、『大政奉還』もしっかりと見ました。
『大政奉還』によって、侍の時代が終焉するわけです。
大政奉還に関しては、実務的には後藤象二郎の働きが大きかったわけですが、龍馬と後藤象二郎はタッグを組んで、この歴史的大事業を成し遂げます。
徳川最後の将軍、慶喜の、大政奉還という決断は、後世はどのように判断するべきなのでしょうか。
大政奉還の決意を、歴史に残る『英断』として、ドラマでは描かれていました。
大政奉還によって、戦を避けて、徳川家と、日本を守ったという解釈をしていたようですが、幕府側の諸藩にとっては、『大政奉還』は青天の霹靂のようなものでしょう。
大政奉還によって、血を流さずに、政権が徳川家から、朝廷に移行したかに見えます。
しかし、歴史はそうではなかったということを教えています。
徳川慶喜が大政奉還を受けいれても、拒絶しても、戦なくして、明治維新はなかっただろうと思います。
中岡慎太郎が予見した通りに歴史は動きました。
今回の放送では、幕府の若年寄の永井玄蕃が登場します。
永井玄蕃は、龍馬暗殺に関しては、重要な位置を占める人物です。
龍馬は暗殺される前の数日間は、何度も永井玄蕃宅に足を運んでいます。
永井玄蕃宅のすぐ近くには、見廻り組の与頭の佐々木只三郎宅がありました。
一日に二度も永井玄蕃宅に訪れた事もあります。
暗殺される前日にも訪れています。
後藤象二郎も永井玄蕃に会っています。
そして、永井玄蕃を通じて、新撰組の近藤勇に会っています。
さらには、後藤象二郎は、大政奉還の周旋のために会津藩の公用方の手代木直右衛門とも、会っています。
近藤勇は後藤象二郎をたいへん気に入って、何度も、面会を求めています。
後藤象二郎は、新撰組とも、会津藩とも繋がりはあったわけです。
しかし、大政奉還までは、龍馬と後藤象二郎は、全く、志を一つにする同志のように描かれています。
今回の放送では、慎太郎がほんの少しだけ登場しました。
慎太郎は薩摩藩邸にいて、大政奉還のこと知るわけですが、その場にいた、西郷隆盛は、たいへん重要な発言をします。
『龍馬を生かしておくべきでなかった』と。
表現がストレートです。
龍馬・慎太郎の暗殺の黒幕は西郷隆盛だと言っているようなものです。
大政奉還によって、龍馬の孤立は深くなる一方です。
龍馬伝の放送はあと、残り一回だけです。
惜しい気がします。
もっと放送を続けてほしいです。
最終回の放送は、決して見逃してはいけません。
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