紅葉を撮りたいと思っても、室戸市には、絵になる紅葉はありません。
なんとか、一本だけでもきれいな紅葉の木があれば絵にすることができるのですが、なかなか見つけることはできません。
画像の紅葉は、吉良川の西の川沿いの、古矢橋から、少し、釣の口方面に向かったところにある紅葉です。
紅葉といっても、赤くなっていなくて、黄色です。
たった、一本だけの絵になるかもしれない紅葉です。
紅葉の葉は、かなり小さいです。
紅葉の背景には、竹林があるので、何とか絵にしたいと思って撮ったのですが、なんというか、絵にはなっていないようです。
イメージとしては、竹林を背景にした紅葉です。
イメージだけはなんとか分かっていただけると思います。
この紅葉の近くには、一軒だけ民家があるのですが、撮影している時に、ちょうど、民家の住人の方が、車で出かけるところでした。
なんだか、他人の家の庭で撮影しているような感じでした。
ふつうに、紅葉が見られるのであれば、こんなことはする必要がないのですが、室戸市には紅葉らしきものがないので、残念です。

続いて、吉良川の西の川の奥のレポートです。
長者野を紹介しましたが、長者野より国道よりに、『釣りの口』という地区があります。
吉良川大橋の西詰めの国道からだいたい、車で25分程度、川沿いに奥に走ったところにあります。
釣りの口から、長者野に至る途中に、『古矢橋』(ふるやばし)がかかっています。
この橋は、数年前に、川が増水して、流されました。
釣の口からさらに国道よりの、通称、『地獄谷』とよばれる場所の道路も川の増水のために、寸断されてしまい、釣りの口地区と、その奥の地区が孤立してしまうという状況が起こりました。
その時は、ヘリコプターで物資を輸送しました。
ヘリコプターが物資を輸送するために、離陸している様子を眼の前で見ました。
災害が起こった当時、釣の口地区に陸路で向かうには、吉良川の東の川から、林道釣りの口線を通って、ひと山越えるしかルートはありませんでした。
こういう川の奥にも人々の暮らしがあるわけです。
それで、この『古矢橋』という名称ですが、なぜこういう名称なのかは、はっきりとは分からないのですが、何か、“矢”に係わりがあるのでしょうか。
『長者野』という地名も何か、由来がありそうです。このあたりの家の蔵からは、日本刀が出てくるということを聞いたこともあります。
勝手に想像すると、このあたりには、源平合で戦敗れて、四国山脈を越えて逃れてきた、平家の落ち武者の子孫がいるのではないかと思います。
果たして、真実はどうなのでしょうか。

条件的には、厳しいだろうと思いつつ、いつもの習慣で、撮影のポイントだけは確認しようと思い、東洋町の白浜海岸に行ってみました。
昨年から、このポイントを狙っていたのですが、まったく朝日は撮影できませんでした。
今シーズンも、撮影できるはずもないと思いながらも、習慣とは恐ろしいもので、早起きをしてしまって、白浜に向かいました。
水平線には、いつものように雲があって、朝日は見えないと思っていたのですが、ポイントの確認だけは、しようと思いました。
狙っているポイントは、11月と、1月の数日間しか撮影できません。
そのポイントで、そろそろ太陽が見えるはずだと思ったのですが、三日ほど遅かったようです。
仮に、3日早く来ていても、朝日は見えなかったと思います。
来年の1月に、撮影に行ける環境にあって、撮影へのモチベーションがあれば、行こうかとも思います。
気温が低くなっていたので、野根川の河口付近では、気嵐らしきものが見られました。

この画像は、室戸岬から、東に10ほど車で走ったところにある、椎名漁港で撮影したものです。
椎名といえば、大敷網です。
大敷網は、こんなにもカラフルだったとは知りませんでした。
だいたい、大敷網といえば、黒い色だけと思っていました。
こういうカラフルな色だと、海の中でも目立ってしまって魚が網の中に入らないと思うのですが、どうなんでしょうか。
こういう、地域の人々の生活が分かる写真も、『室戸ジオパークフォトコン』のテーマになっているので、こういう写真も撮ってみました。
これで、ジオパークフォトコン応募作品の紹介は終わりです。
『室戸ジオパークフォトコン』は写真のテーマの範囲が広くて、撮影場所も高知県全域と、阿南市までという広範囲なので、実際のところ、何を撮っていいのか迷います。
紹介した写真が何かの参考になるでしょうか。

昨日の、『篤姫』でついに、龍馬が登場しました。
龍馬は、勝海舟を斬りに行ったのですが、勝海舟の人格と、話に感銘を受けて、弟子入りしてしまうという場面でした。
ドラマでは、龍馬はなかなかいい男でした。
龍馬は、勝海舟に出会った時には、土佐弁で話していたのでしょうか。
今後、龍馬はどういう場面で登場するのでしょうか。
『薩長同盟』の場面で登場するのは間違いないと思われます。
画像は、吉良川の町並みです。ここでも町並みだけを撮っても、絵になりません。
町並みと、その町並みにふさわしい人物を組み合わせると、いい絵ができます。
吉良川の町並みには、お遍路さんとか、着物姿の女性とか、あるいは、花台と組み合わせて撮りたいのですが、なかなか、そういう場面には遭遇できません。
そもそも、神祭の時期の10月は、撮影期間の指定から外れています。
これまで、何度となく、吉良川の町並みには行ったのですが、お遍路さんの姿を見たのは一度だけです。
8月20日から、9月20日までの間に、お遍路さんに出会うということは、まず不可能です。
実際は、指定の撮影期間の間に、2度、吉良川の町並みに行ったのですが、お遍路さんには、もちろん、出会うことはありませんでした。
その代わり、ほんとに、運よく、自転車に乗っている子供たちに出会うことができました。
ほんとに、これは偶然でした。
撮影には、運が必要になります。
3人の子供が自転車に乗って、等間隔で並んでいます。
車が走っていたら、こういうことをするのは危険ですが、偶然に、車が走っていなくて、路肩にも車が止まっていなくて、よけいなものが全く写っていません。
こういう場面を取れたのは、ほんとに、運がよかったというべきです。
3人の自転車に乗った子供がいたおかげで、作品になりました。

この画像の撮影場所は、徳島県海陽町鞆浦の町並みです。
ここには、『ぶっちょう造り』の家が見られます。
画像の左手前の家には『ぶっちょう造り』が見えています。
新しく建て替えられた家が多くなって、ぶっちょう造りが見られる家の数は少なくなっていますが、それでも、数軒は見られます。
『ぶっちょう造り』は数的には、東洋町白浜のほうが多いように思うのですが、白浜の場合は、通りの幅が広くて、車が走っていたり、路肩に車が止まっていたりするので、撮影には、不向きです。
作品にするには、よけいなものが写らないほうがいいです。
ただ、町並みだけを撮影しても作品にはなりません。
その町並みにふさわしい人物がそこにいてこそ、作品になります。
この画像の場合は、右手奥に人物がいるからこそ、絵になります。
こういう狭い道幅で、いかにも、深閑とした雰囲気があってこそ、絵的になります。
ほとんどの方が『ぶっちう造り』などというものには関心がなくて、そういうものがどこにあるのかさえ、知らないと思います。
ネット上で、『ぶっちょう造り』という言葉で検索すると、東洋町の白浜と、徳島県海陽町の鞆浦くらいしかでてきません。
『ぶっちょう』とは、上下に開く板戸のことで、上部は、雨戸になって、下部は、床几となって、腰をかけたり、商品を並べて販売することができます。
全国的に見ても、珍しいものですが、あまり注目されることはありません。
海陽町の友浦の町並みにまで撮影にでかける方はいないと思いますが、この街並みには、なぜか、心が魅かれます。
