単純に面積が狭い国では、①バチカン市国 0.4㎢、②モナコ 2㎢、③ナウル 21㎢、④ツバル 26㎢、⑤サンマリノ 61㎢、リヒテンシュタイン公国 160㎢の面積ですが、自国の領土内に空港が存在するのは、南太平洋の島国のナウル国際空港は、海抜7mで滑走路は2150mです。自国内に他の空港が無いので国際線のみです。
同じ南太平洋のツバルは、滑走路は1524m,滑走路の海抜が0mです。
バチカンやモナコは自国内に空港施設は無いが、ヘリの離着陸施設は有ります。
島国で飛行機が着陸出来る空港が無いと船での移動で、週1回の船便などになります。
財政的には厳しくとも空港建設を行います。
今から50年前に海外ボランテイアでバングラディシュにインドのコルカタ(当時はカルカッタ)空港から国際線に搭乗した時、飛行機が上昇して水平に飛行になったら、コップで飲み物とお菓子を配ったら、直ぐに紙コップを回収して高度を下げて着陸態勢に入って驚きました。
当時のバングラディシュは、タイやインドなどの国際線と国内7~8ヶ所に飛んでいました。
1年間の滞在期間中に、南部のボリーサイルや東部のチッタゴンに1人で飛行機で旅をしていました。
それぞれの地域には、私は面識ないが一緒に活動していたメンバーが面識ある人を訪ねて行きました。
片言の英語と片言のベンガル語での旅行は緊張しました。朝の飛行機に搭乗して、明るい時間帯に合えてホットしました。
チッタゴンでは、町の市場に出向いて多くのベンガル人に取り囲まれて、どこから来たのかと尋ねられ、日本から来たと答えましたが、群衆の中から日本人は知っているがお前は違うと指摘され、ミャンマーに近い地域の少数民族だと指摘され取り囲んでいる30~40人の群衆に恐怖を覚えました。
私の服装は軽装で、相手との会話はベンガル語だけでの会話でう。
当時、首都ダッカの事務所で日本人とベンガル人が一緒に並んで写真を撮りました。日本に帰ってから事務所のメンバー一緒に写真を見て私を探して貰って、一人ずつ指で指して確認するが松本はいないとの結論でした。 それほど現地に馴染んでいました。
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