[いつも魔女がドアを開ける 2の3]
彼女の手は冷たかった。雪女なんだからしようがない。
(この絵描いてたらさ、芥川龍之介『蜘蛛に糸』を思い出したよ。どんなオチだっけ?夢オチだっけ?)
ドアのむこう側のくらやみの世界はとにかく、苦しかった。こころは「万力」で両側から締め付けられ、身体は体力を吸い取られいくら補充しても足りなかった。
彼女はドアの手前で立ち尽くしていた。こころを隠して。
「こんなに苦しいのならもうやめたい」僕はできることなら引き返したかった。できることなら…。しかし、闇の底からなにかが僕の足をつかみ「おまえは覚悟はできてると言ったはずだろう」とささやいた。
はじめのうちは「気分転換」を試みた。友人と遊び、闇を追い払うようにがんばって働いた。しかし1年近くたってそれがすべて体力の消耗にしかならないとわかり、疲労困憊した僕は考え方を改めた。生き残るために必要なことだけしよう、と。
僕は口を閉ざし、なるべくひとりで横になっていた。だれかと話すことはその分だけエネルギーを消耗し後で苦しむはめになるのだ。「はなしをする」というのがこんなにエネルギーを要するものだとは…。体力がないと「ことば」をさがすのに苦労するのだ。それを口からはきだして相手の耳まで届けるのにも。
彼女は僕の手を握っていたが、その手にはちからがなかった。彼女にはまだひきかえす権利があった。
そのころ「2,3万貸してくれ」と彼女に申し入れたことがある。たしかにお金にも困っていたが、ほんとうの意味は「少しだけ愛をくれ」だったのである。それはおそらく彼女もわかっていただろう。しかし彼女は僕の所持金をたしかめたあと「私は貸せない。困っているならまず親に言うものでしょう。」と答えた。さすが雪女。くりかえし頼んでみても同じだった。
それでも僕はその手を離すことができなかった。闇の底に落ちてゆくのが怖かったから。
そんなときに父から電話が入った。「ばあちゃんが死んだ。」と。
そのときの僕にはそのことを悲しむ体力が残っていなかった。それでもまた体力を振り絞って葬式には行かなければ。 [つづく]
彼女の手は冷たかった。雪女なんだからしようがない。
(この絵描いてたらさ、芥川龍之介『蜘蛛に糸』を思い出したよ。どんなオチだっけ?夢オチだっけ?)
ドアのむこう側のくらやみの世界はとにかく、苦しかった。こころは「万力」で両側から締め付けられ、身体は体力を吸い取られいくら補充しても足りなかった。
彼女はドアの手前で立ち尽くしていた。こころを隠して。
「こんなに苦しいのならもうやめたい」僕はできることなら引き返したかった。できることなら…。しかし、闇の底からなにかが僕の足をつかみ「おまえは覚悟はできてると言ったはずだろう」とささやいた。
はじめのうちは「気分転換」を試みた。友人と遊び、闇を追い払うようにがんばって働いた。しかし1年近くたってそれがすべて体力の消耗にしかならないとわかり、疲労困憊した僕は考え方を改めた。生き残るために必要なことだけしよう、と。
僕は口を閉ざし、なるべくひとりで横になっていた。だれかと話すことはその分だけエネルギーを消耗し後で苦しむはめになるのだ。「はなしをする」というのがこんなにエネルギーを要するものだとは…。体力がないと「ことば」をさがすのに苦労するのだ。それを口からはきだして相手の耳まで届けるのにも。
彼女は僕の手を握っていたが、その手にはちからがなかった。彼女にはまだひきかえす権利があった。
そのころ「2,3万貸してくれ」と彼女に申し入れたことがある。たしかにお金にも困っていたが、ほんとうの意味は「少しだけ愛をくれ」だったのである。それはおそらく彼女もわかっていただろう。しかし彼女は僕の所持金をたしかめたあと「私は貸せない。困っているならまず親に言うものでしょう。」と答えた。さすが雪女。くりかえし頼んでみても同じだった。
それでも僕はその手を離すことができなかった。闇の底に落ちてゆくのが怖かったから。
そんなときに父から電話が入った。「ばあちゃんが死んだ。」と。
そのときの僕にはそのことを悲しむ体力が残っていなかった。それでもまた体力を振り絞って葬式には行かなければ。 [つづく]