はげまるのぶら~り日記

横浜の渋い空間散策日記

異国情緒あふれる港町  横浜(28)  華香亭本店

2009-09-06 02:08:14 | 日記
「横浜で一番有名な場所は何所ですか」
と外人さんに尋ねられたら はげまるなら
 「中華街ですよ」と答える  誰もが意義はあるまい

「中華街で一番美味い店は何処ですか」 と尋ねられたら困る
なにしろ味覚は 人それぞれ違うし よっぽどマズイ店は論外だが
沢山の店が 名を連ねる事となろう

はげまるが若いころ そう40年まえぐらいに 「香港飯店」で食べた
中華丼は モウ絶品であった  たしか店が深夜3時ごろまで開いていたから
よく友達と行った思い出もある

それから何度となく行っているのだが 料理人も何度も変わっているのか
 あの当時の「中華丼」の美味さは味わえないでいる

まあ 大昔の味覚でもあるし あの当時美味いもの食っていなかったからな~
とも思ったりしていた  そう あきらめていた

でも前に書いた 洋食の美松みたいな例もあるしな~
そう 舌は味を記憶しているのだ  はげまるの すぐ忘れてしまうような脳より
 舌さんは凄いのだ

そんな 香港飯店の味なんか あきらめていた
もちろん中華街を かたっぱしから 中華丼毎日365日食べ歩きすれば
見つかるかもしれないが 
そんな根性  そんな時間  そんな金  そんな髪の毛(これは関係ねぇ~か)
は無いしな~
味音痴のはげまるである まあいいか~  得意の人生 まあいいか~方針で
  なぁんて思っていました


パンパカパ~ン (かなり古いな)
ありました ありましたよ  あんた
しかも中華街ではなく  はげまるの御近所に





場所は 元町>麦田>方面から 本牧に向かう  千代崎町付近の右側
一本裏道にある





この辺り その昔は米軍住宅が本牧にあったから
今でも 横文字の看板が ちらほらと残っている
そう 古い中華屋さん
「華香亭」 KAKOUTEIの文字がいい

普通の中華屋さんの  店のシヨーウインドゥには
ラーメンやら餃子やらの 蝋細工の模型が飾ってあるのが普通だが
ここは 日本情緒 横浜情緒溢れる 面構えだ







古い店である
天井が高くて いいな~  
低いと圧迫感があって のんびり食事といかない
食べていて いじけてくる
食べていて 卑屈になってくる
へ~んだ  いいんだ  俺なんか どうせ だだのはげじじぃだ
このまま 無銭飲食で逮捕されても いいんだ

なぁんて卑屈な感じになり 怪しい目で 
店のおばさんを にらめつけたりしたくなる

みなさん 落ち込んでいる時は 外に出よう
外で食事しょう 海苔巻と お稲荷さん持って

公園なんかいいな~
高い空の下での解放感を味わおう
 狭い四畳半の食事より 数倍美味くなるはずだ

ただ 明るく食べないと 浮浪者と間違えられる

尚 くれぐれも ダンボールを小脇に抱え 下向き加減で 
「さ~てと 何所に座って飯 食おうかな~ 」 
なんて公園の中をうろつかないでね  お願い







銭湯の 柱時計風で いいな~

銭湯散策を散々やったはげまるは  このような 渋い銭湯風の柱時計を見ると
  時に涙ぐむのだ  そして
「おめ~  元気でやっていたのきゃにゃ~」(いいかげん名古屋弁風)
と声の一つも掛けたくなる





はげまるは  カリカリよく焼き 皮がかなり黒い 元気いっぱい日焼け泥んこ遊び風餃子も好きだが
 「まぁ  落ち着きなさい  あなた」  
と餃子さんに 悟らされるような 餃子さんも好きです





冒頭に 「中華丼」 の話から始まった話だが
この 五目かた焼きそば  も絶品で最高美味い
(下がご飯だと 中華丼  下が かた焼きそばだと  五目かた焼きそばだ)

とにかく 熱いうちに一気に攻める  一気に食べるのがコツ
熱い中華の具と 下のかた焼きそばを はふはふと口にいれる

そうそう 別の小皿の からしをたっぷり お酢も忘れない

具と かた焼きそばが 口のなかで混ざり合い もう大変
 歯は かた焼きそばを噛む喜びに湧きかえり
 舌は中華の具の味に 感動の涙を溢れさせ (そんな馬鹿なことあるか この~)
やんややんやの盛り上がり
白目を開けて 恍惚の顔になる 

そ~だ これを広い公園 高い空の下で食べたいな~

五目かた焼きそばは 作りたてが命であるから 
この店の料理人を一日貸しきる  料理一台を車で公園まで運ぶ
ついでに 美人の給仕を2~3人雇う

う~ん 北の将軍様になるしかないか  ははは・・・
そうだ!  どうせだったら特設ステージを設営して
 びびび 美女軍団200人位に 踊ってもらうのも悪くない




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異国情緒あふれる港町  横浜(27)  麒麟園

2009-09-02 02:08:10 | 日記
みなさん  突然ですが
ビール好きですか?

「そりや~  居酒屋行ったら マズ  取りあえずビールとなるな~」
まして夏なんか 暑くて仕事終わった時なんか  モウ 喉がビールを待っているから
たとえばビヤガーデンなんかに行ったら 中ジョッキを
 「ぐぐぐぐぐっ  ぐぐぐぐっ  ぐぐっ  」
ビール一気飲みしてテーブルに 空になったジョッキを バーンと置いて      
 「ぷは~っ  さあ殺せこの~」的になるのが ビールである

夏でも  「おね~さん 取りあえず 日本酒熱燗2本ね~」
が俺は好きだよ  という人もいると思うが
そんな人に関わりあっている暇は無いのだ

今回は 日本のビール発祥の地の話である

なぁんと 日本で初めて 日本産のビールを作った所
そうなのである  横浜は日本ビール発祥の地なのである
どんどんどんどん (久しぶりにパソコンの机を叩いている)





 「麒麟園」
横浜の北方小学校の坂を 登る途中にある






公園になっている
麒麟ビルー工場跡に 「麒麟園」 という記念公園を作ったのである






でかい記念碑である 細かくいろいろ歴史が刻み込まれている

なんか ばかデカイ墓石にも見えない事もないな~
習性で ハゲ頭を垂れて ぱんぱんぱん と手でも叩きたくなるが
 うん? と我に帰り事なきを得た







この下のほうのレンガは  当時のビール工場の建物跡から見つかった 
歴史ある  レンガ様である

ここで軽く 麒麟ビールの歴史を書く事とする

1872年(明治5年) アメリカ人 ウイリァム コープランドさんが
横浜の各地で どこかビールの製造に適した 湧水はないかいな~
と探し回って見つけたのが
この地区の湧水である

コープランドさんが この湧水を 「スプリングバレーSpring valley  ブルクリー」
と命名




記念碑の隣にある レンガの上にあった写真である
う~ん  異国情緒とは これだね






こちらは絵みたいである





この井戸は  麒麟園から北方小学校を登りきった所にある

「え~ぃ  ひかえおろうっ この井戸様をどなたとこころえる」
 と水戸黄門風になる
日本で最初にビール作った時の 湧水が出た お井戸様である




そうそう ビールもそうだけど 蒸気機関車   電話    ランプ
とか 横浜は文明開化の港町だったんだな~
と改めて再認識する次第である

そのうち はげまるがツアーコンダクターになって
「異国情緒あふれる横浜  明治から昭和を旅する特別ツァー」
 なぁんて名前付けて
  飲み食い付き 立ち飲み ( 飲み放題 ) 5000円
オプション  渋いバー (自費)

うん  素晴らしい  と自画自賛

昼間3時頃 南区の100年前からある 立ち飲みに集合 1時間ぐらい立ち飲みして
 そこからバスで北方小学校前バス停下車
「麒麟園」散策
歩いて石川町駅15分ぐらい
前回書いた 洋食の美松に5時半に到着 ここで横浜の味を堪能する

う~ん  いいプランだ
なにしろ横浜の 立ち飲みの歴史  ビールの歴史 浜の洋食の味を
一日で満喫できるのだ  元気のある輩は その後横浜の40年モノの渋いバーへ行く
途中で倒れ伏した輩は置き去りで   解散!

う~ん  我ながら 完璧なプランだな  ははは


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