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福田康夫首相の辞意表明の報を聞いて(2)

2008-09-07 23:59:44 | 現代日本政治
 福田にしても、安倍にしても、政権を実に簡単に手放しすぎだと思う。
 それは結局、何が何でも首相になるんだと自力で獲得した政権だからではなく、勝ち馬だということで、他の思惑がある者どもに担がれて成立していた政権にすぎなかったからだろう。

 「ねじれ」で国会対策が困難だとはいえ、内閣不信任案が可決されたわけじゃなし、首相の座に居座ろうと思えば居座れるのである。
 それを、早々に辞任してしまうというのは、地位に恋々としないと言えば聞こえはいいが、要は、首相としてどうしてもやり遂げたいことがあるわけではなかったということではないか。
 あるいは、担いでいた者どもの離反の臭いを嗅ぎ取り、先手を打ったのか。引きずり下ろされるよりは、潔く辞任すべしという或る種の美学によるものか。

 支持率が低下していたというが、竹下内閣の末期など、ある世論調査によると、1ケタ台の支持しかなかった。閣僚の辞任も相次ぎ、満身創痍になりながらも、消費税の導入を成し遂げた上で竹下は辞任した。
 岸内閣が、アンポ反対の大合唱の中、安保改定を成立させた上で辞任したことは周知のとおりである。
 三木内閣は、いわゆる「三木おろし」に遭いながらも、衆議院の任期満了まで持ちこたえた。
 そうした例と比べて、安倍や福田はあまりにもふがいないと思う。 

 「ねじれ」は、仮に次の衆院選で自民党が過半数を獲得したとしても変わらないから、次期政権が衆院選後も続くとしても、安倍、福田と同様の担がれ政権であるならば、同様の事態が生じるおそれは多分にある。
 現時点で総裁選に何人か名乗りを上げているが、本来党内に基盤を持たない小池百合子など、人気先行で首相になってしまった場合、非常に危ういのではないだろうか。



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