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私が旧宮家の皇籍復帰に賛同できない理由(上)

2012-10-22 01:01:20 | 天皇・皇室
 5日付の当ブログの記事「皇室典範改正を断念との報を読んで」で、占領期に皇籍離脱を余儀なくされた11宮家男子の皇籍復帰案にはいくつかの理由から賛同できないと述べたが、もう少し詳しく説明しておきたい。
(なお、5日付の記事が産経新聞の誤報に基づくものであったことは、8日付の当ブログ記事「政府が皇室典範改正を断念との産経報道は誤報?」で述べたとおり。)


1.血統が離れすぎていることへの違和感

 これは5日付けの記事でも挙げた。
 占領期に皇籍離脱を余儀なくされた11宮家は、いずれも伏見宮家の血統に連なる。
 そして伏見宮家とは、はるか室町時代に天皇家から分かれた血統である。
 旧1宮家の皇籍復帰論者は、男系男子による継承は唯一絶対の伝統であり、現在の天皇家の男子が絶えれば、傍系からとるのが当然だと説く。しかし、これほど遠縁の皇族が即位した事例もまたない。

 ちょっと検索してみたら、八木秀次が小泉政権での「皇室典範に関する有識者会議」における意見陳述に用いたメモが見つかった。
 ここで八木は、「2.過去の皇統断絶危機の際、男系の「傍系」から皇位に就かれた例」として

第26代・継体天皇(先代・武烈天皇とは10親等の隔たり)
第102代・後花園天皇(先代・称光天皇とは8親等の隔たり)
第119代・光格天皇(先代・後桃園天皇とは7親等の隔たり)


の3例を、また「遠縁から即位された例」として

第49代・光仁天皇
 (先代・称徳天皇とは8親等の隔たり、天武系から天智系へ)

第100代・後小松天皇[北朝]
 (先代・後亀山天皇[南朝]とは11親等の隔たり)


の2例を挙げている。

 しかし、後小松天皇を第100代と数えるのは南北朝合一によるものであり、それ以前から北朝の天皇として即位していたのであるから、後亀山天皇を継いで即位したわけではなく、「遠縁から即位された例」としては不適切だろう。こんなものを出してくる八木の見識を疑いたくなる。
 ということは、王朝交代説もある継体天皇の系譜を仮に信じるとしても10親等、それ以外では8親等が最も遠いのだろう。
 対するに、愛子さま、悠仁さまと、現存する旧皇族の男子某とでは、40数親等離れている。
 この違いは決して小さくはない。

 そして、これほど血統が離れているからこそ、戦前においても伏見宮系の皇籍離脱が予定されていたのだろう。

 もともと、明治維新の時点では幕末の時点では、宮家は伏見、閑院、桂、有栖川の4つしかなかった。
 明治維新後幕末に伏見宮系から中川宮(のちの久邇宮)、山階宮が設けられ、さらに明治時代に伏見宮系から多くの宮家が独立し、13宮家にまで増やした。
 何故か。
 大正天皇には成人した男子の兄弟はない。その父、明治天皇にもない。その父、孝明天皇にも、その父、仁孝天皇にもない。明治維新により天皇を中心とする国家となったにもかかわらず、天皇直系の男子は天皇自身を除いて存在しなかった。
 したがって、「血のスペア」(大宅壮一)を確保するため、また天皇の名代を務め得る人物が必要であったため、これほどの宮家が設けられたのだろう。
 しかし、大正天皇は昭和天皇をはじめ4男児にめぐまれた。また、宮家の増加による経済的負担も大きくなり、醜聞の発生もあった。
 そこで、大正9年に「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」が定められ、天皇の5世以下の諸王は、宮家を継ぐ長男系統のみ、8世までを皇族とし、次男以下は順次臣籍降下し、長男系統でも9世以下は臣籍降下して華族となることとされた。
 ただし、伏見宮系統は特例として、邦家親王(1802-1872)の子を5世とみなすこととされた。

 したがって、伏見宮系統の宮家であっても、邦家親王から5世の代で臣籍降下することが予定されていた。占領期のGHQによる圧力がなくても、もともと彼らは皇族ではなくなる予定だったのである。
 所功はこう書いている。

 その結果、終戦時にあった十一宮家でも、それ以前から次男以下の十二人が皇籍を離れている。しかも、幕末・明治初年創立時を一世代(五世王)とする近代宮家の場合、昭和二十年当時、幼少年位の人々は、ほとんど四世代(八世王)に相当するから、長男ならば当代限り皇族とされたが、次男以下は勿論、長系でも五世代(九世)相当の人々は、すべて臣籍降下しなければならない段階を迎えていたのである。(「皇室史上の宮家制度―その来歴と役割―」『歴史読本』2006年11月号、p.107)


 旧宮家の皇籍復帰論者は、伏見宮系の宮家からは3人の天皇が出ており、皇統の危機に際して宮家の男子が天皇に就くのは当然だと説く。
 この3人の天皇とは、上記の後花園天皇(伏見宮出身)と光格天皇(閑院宮出身)の2人と、もう1人は第111代・後西天皇(高松宮、のちの有栖川宮出身)である。
 しかし後西天皇は、兄である第110代後光明天皇の死に際し、その養子となっていた弟(のちの第112代・霊元天皇)がまだ生後間もなかったため中継ぎとして即位したもので、10年弱で弟に譲位している。単なる兄弟継承にすぎない。
 残る2人は、上記のとおり先代天皇とは8親等と7親等の隔たりがあるにすぎない。

 女系継承の前例がないというが、40親等以上離れた男系継承の前例もまたない。
 そして前例と言うなら、男系の女性天皇や、女性宮家の前例はある。
 明治以降の皇室典範によりそれらが許されなくなっただけだが、では旧宮家の皇籍復帰論者は、前例を理由にこれらを容認するのか。しないではないか。

 旧宮家の皇籍復帰論者の中には、明治天皇の皇女が東久邇宮、朝香宮、竹田宮、北白川宮の4宮家に嫁いでおり、また昭和天皇の娘も東久邇宮に嫁いでいるから、これら4宮家については天皇家との血縁は濃いと説く者もいる。
 これも不思議な話で、彼らは男系継承しか認めないというのであるから、母方の血統は関係ないはずである。
 都合のいいときだけ女系を持ち出さないでもらいたい。


2.旧宮家がどれだけのことを成し得たか

 戦前の旧宮家の皇族に、私はあまり良い印象を持っていない。
 敗戦直後の首相を務めた東久邇宮稔彦王と、海軍の軍令部総長を務め積極的に軍備拡張、三国同盟推進の姿勢を示した伏見宮博恭王を除いて、ほとんどが、何をしたのかわからない人々だ。
 皇族は天皇の藩屏と言われる。しかし、大東亜戦争の開戦、そして敗戦という天皇制〔註〕の危機に際して、皇族はほとんどそのような役割を果たし得なかったのではないか。
 もっとも、こんなことで彼らを批判するのは酷かもしれない。彼らは、何もしないことこそを期待されていたであろうから。
 天皇の血を引く者がそのポストにいるということ自体に意味があるのであり、何らかの業績をあげることを期待されていたわけではなかっただろう。
 つまり、お飾りである。天皇と同様の。そして、前述のように、「血のスペア」でもある。
 しかし、自分で選択したわけでもないそんな人生に、前近代ならともかく、近代以降の人間はそうそう耐え得るものだろうか。品行を保持できるものだろうか。
 北白川宮成久王はパリで自動車を運転してスピードの出し過ぎで事故死し、同乗していたフランス人運転手も死亡させ他の皇族をも負傷させた。東久邇宮稔彦王もフランス滞在中に乱行が目立ったと聞く。
 その他の皇族の醜聞について私はいちいち詳しくは知らないし知りたくもないが、『文藝春秋』2006年4月号に掲載された高橋絋「現代版「壬申の乱」への危惧」によると、昭和天皇の侍従長を務めた入江相政の日記には、占領期の11宮家の臣籍降下について次のような記述があるという。

これも誠に御気の毒なことではあろうが已むを得ない事であり、その殆ど全部が(二、三の例外を除いては)皇室のお徳を上げる程のことをなさらず、汚した方も相当あったことを考えれば、寧ろ良いことであろう


 このような人々を、男系継承を維持するためというただ一つの理由で、皇籍に復帰させることには賛成できない。

 以上2点はかねてから考えていたことだが、最近新たな理由が2点加わった。次回はそれらについて述べる。
(続く)

〔註〕天皇制
 これを左翼用語、反天皇思想の産物として排撃する見解もあるが、愚劣だと思う。
 君主が国王なら王制、皇帝なら帝制だろう。君主が天皇なら天皇制、何の不思議もない。
 天皇はわが国の歴史に根ざした伝統であって、人為的な「制度」ではないという主張がある。
 たしかに、前近代までの天皇については、その地位の法的根拠などというものはなかったのだろう。
 しかし、わが国が近代国家に転換し、大日本帝国憲法と旧皇室典範が制定された時点で、天皇は「制度」になったのである。
 現在の政府は「皇室制度」という語を用いている。また産経新聞などは「天皇制度」という語を用いている。
 「皇室制度」「天皇制度」なら良くて「天皇制」は許し難いとするのは、用語の来歴のみにとらわれた、くだらない考え方だろう。

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皇室と王朝とは全く別。 (ピッコロ)
2012-10-22 01:51:26
誰も言いませんが日本は神武王朝です。
単なる皇室の継続と神武王朝の継続は
根本的に違い、重みも全く違うと思います。

皇室の継続しても王朝は継続するとは限りません。
日本は神武王朝という一つの王朝が神話時代から2600年以上切れることなく続いています。
旧宮家はたとえ血が薄いとか世俗的であると言っても、平成天皇のお父さんのまたお父さんのまたお父さん・・・と続けると神武天皇につながるのです。

しかし皇室や天皇制が残っていても男系が途切れた皇室や天皇ではお父さんのまたお父さん・・・と続け神武天皇につながりません。

つまり神武王朝の終焉です。皇室が残っても2600年の伝統が途切れるのです。

繰り返します。
今の日本は2600以上続いている神武王朝です。だから重みがあるのです。
皇室が続いているから重みがあるのではありません。
王朝と皇室とは全く別の概念です。

Unknown (祖国への回帰をめざせ)
2012-10-22 11:34:09
 旧皇族の復帰に反対なさる方々はよく「(今の)天皇陛下との血のつながりがうすい」「世間の〝垢″にまみれている」と指摘しておりますが、だとするのなら継体天皇はじめおよそ100代の天皇に正当性はないとみなすに等しい。
 しかしながらこれまで左翼、唯物論に汚染されていなかった先人がはたして「先代との血のつながりが薄い」かどうかで皇統の正当性を主張したでしょうか。
 否です。ピッコロさんのおっしゃる通りです。父系をたどれば神武天皇にたどり着くかどうかが正当性を確かめる基準と判断すべきです。
 したがって、私は旧皇族の復帰に賛同し、女性宮家→女系天皇→皇室解体をもくろむ民主党などの一派に反対させていただきます。

 追伸、「天皇制」を最初に用いたのはコミンテルンですので真の愛国者であれば用いるのは避けるべきではないでしょうか。
旧宮家の皇籍復帰への道 (ブロガー(志望))
2012-10-23 23:34:10
お邪魔します。
 「旧宮家(未婚)男子を皇族に復帰させれば良い。だから皇室典範改正は不必要。」という事は良く聞きます。しかし「旧宮家(未婚男子)を皇族に復帰させる運動」というものを寡聞にして聞きません。少なくとも皇室典範改正反対ほどの情熱で行われているようには見えません。旧宮家の方々も「望まれてもいないのに出てくる」事もできないでしょうから、なおさら運動というか国民的な盛り上がりが必要であるはずなのに。その事から考えて皇室典範改正に反対している人達は皇室典範改正を阻止する事「だけ」が目的で(それさえすれば皇統及び伝統は守られるとでも考えている?)、旧宮家(の方々)など「ダシ」「口実」ぐらいにしか考えていないものと思われます(それかこの問題を敬宮妃殿下 vs.悠仁親王ぐらいにしか考えていない?)。これでは旧宮家の方々も益々出てきたくなくなっても不思議ではないと思われます。
 ネパールは当時の国王と皇太子が一度に亡くなるという悲惨な事件の後、王族の一人ではあっても国王になるつもりのなかった人間を国王にしたら、そいつが「議会を廃止して国王親政にする」などという無茶をやらかし、結果ネパールの王政は廃止されました。日本も将来むざむざ今の悠仁親王を「最後の天皇」として終わらせてしまうか、旧宮家の子孫の誰かを無理やり担ぎ出した揚句に何もかもぶち壊して終わるかのどちらかになるのではないでしょうか。で後世の歴史家に「天皇制の終焉は平成天皇(今上陛下)の代で事実上確定していた。」と書かれたりして。
Re:皇室と王朝とは全く別。 (深沢明人)
2012-10-24 20:55:53
皇室には氏がありませんから、そもそも王朝という観念はなじまないと思います。
現在、男性皇族が非皇族の女性と婚姻する場合、女性は元の戸籍から除かれ、皇統譜に記載されます。
女性皇族が皇族のまま非皇族の男性と婚姻する場合、それと同じようにすればいいだけです。
それを王朝交代と見るのは男系継承を基本に考えているからです。観念の産物です。双系継承だと考えれば問題はありません。

>しかし皇室や天皇制が残っていても男系が途切れた皇室や天皇ではお父さんのまたお父さん・・・と続け神武天皇につながりません。

お母さんのお父さんのお母さんのお父さん……と続いて神武天皇につながるのでは何故いけないのでしょうか。

また、仮に王朝だと見るとして、王朝が交代すると何か問題があるのでしょうか。
王朝の交代など世界各国で行われてきたことですが、それによってある国が別の国に変質したとは聞きませんが。

Re:祖国への回帰をめざせ (深沢明人)
2012-10-24 21:09:21
>だとするのなら継体天皇はじめおよそ100代の天皇に正当性はないとみなすに等しい。

本文中にも書きましたが、継体天皇と先代との隔たりは10親等です。しかし悠仁さまと旧宮家の男子某とでは40数親等となります。
継体天皇については、別の王朝に移ったことを暗示しているとの説が有力だとも聞きます。

>女性宮家→女系天皇→皇室解体をもくろむ民主党などの一派に反対させていただきます。

女性宮家、女系天皇の容認こそが、むしろ今後の天皇制の維持につながると私は思います。
なお、女系天皇容認への動きは自公政権が始めたことです。

>追伸、「天皇制」を最初に用いたのはコミンテルンですので真の愛国者であれば用いるのは避けるべきではないでしょうか。

私は愛国心はあるつもりですが「真の愛国者」であるなどと自認するするつもりはありません。愛国心に真も偽もありません。自らは「真の愛国者」であるが異説を唱える某は「偽の愛国者」であるなどという主張は、愛国心とは何の関係もない、単に相手を貶めるためだけのレッテル貼りだと思います。
「天皇制」を用いる理由については本文中で述べたとおりです。最初に用いたのが誰であろうと、用語として適切であれば私は使います。「天皇制度」は良いが「天皇制」は許されないなどとは愚劣極まりない主張です。
Re:旧宮家の皇籍復帰への道 (深沢明人)
2012-10-24 22:22:26
 復帰派は、折に触れて女性宮家、女系天皇反対と旧宮家復帰論をセットで唱えているように私には見えます。単なる「ダシ」ではなく、本気で考えていると思います。

 復帰派の中には、皇位継承者の人格・識見はどうでもいい、ただ男系継承でありさえすれば誰でもいいのだと説く人もいますが、それが大嘘であることを、ネパールの事例は示していると思います。

 私は共和主義者です。この大衆民主制の世に天皇制はもはや合わないと思います。近年の皇太子・雅子妃バッシングを見て特にそう思うようになりました。
 しかし、それでも国民の大多数は天皇制を支持しているのでしょう。ならば、皇統が絶えて廃止とか、40数親等も離れた傍系を立てるといった、無様な真似はするべきではないと思います。時代にふさわしい対策を国民が取るべきです。
Unknown (祖国への回帰を目指せ)
2012-10-26 12:17:15
 へぇ、世界の流れが共和政だから共和政にするということですか。
 まず、大衆民主性が絶対的な善であるという考えがそもそも問題であるということが一つ。英国がいったん共和制にしつつもクロムウェルの独裁を経て君主制に戻したことを参考にされたし。スペインも立憲君主制に戻しましたよね?
 二つ目、共和政への変更を経た国というのはフランス、ドイツなどを挙げることで分かる通り、長期間の混乱と殺戮を招くことになる。
 三つ目、世界の流れが正しいとするのであれば、ではあなたは世界がナチズムや共産主義に流れたらこの国をそれにすることが正義であると証明できますか、そして納得できるのですかということ。
 あなたがどのような思想を持とうと自由ですけれど、安易な変革が過去、膨大な殺戮という代償を伴ったことを忘れずに。
そもそも、旧宮家復帰論を国民は知らぬ! (祖国への回帰をめざせ)
2012-10-26 18:25:42
前回の投稿の訂正
大衆民主性→大衆民主政(大衆民主主義)

>しかし「旧宮家(未婚男子)を皇族に復帰させる運動」というものを寡聞にして聞きません。
>少なくとも皇室典範改正反対ほどの情熱で行われているようには見えません。

 運動そのものが行われていないというのは大嘘です。少数ながら行われていますよ。
 そして、なぜこれが少数の意見にとどまっているか。

1、旧宮家(GHQにより皇籍離脱を強いられた方々)の存在をそもそも知らない、
したがって、旧宮家復帰などといった考えは一般国民の中にそもそも浮かぶはずもない
2、皇室(とりわけ天皇皇后両陛下)が極東の反日国家以外でいかなる評価を受けているか知らず、
当然、皇室の権威の高さ、重さも知らない
3、旧宮家復帰論自体が結論ありきの大手メディア(産経新聞を除く)において報じられていないため存在を知らない

 そのような状況で、「旧宮家復帰論に参加しろ」といったところでそもそも無理な話だ。
この手の話に詳しいのは皇室解体勢力ならびにその連中の動向に気を配る人間のみでしょう。
英国は“民主制”かつ“君主制”なり (祖国への回帰をめざせ)
2012-10-26 18:27:06
連投失礼いたします。

 また、安易な伝統の改変も同じように、浅はかなことこの上ない(安易に民主党に投票しておいて、1年もたたぬうちに手のひらを返したように民主党を批判しだした有権者たちのおろかさを思い出してみるべし!)我々がいったい何様のつもりで行うのでしょうね。
不敬な言い方をすれば皇室をなくす機会などいくらでもあり、男系男子の原則をやめる機会などいくらでもあった。
にもかかわらず、我々よりもはるかに教養ある時の実力者たちは断じて、男系男子の皇室を国の中心にすえるという原則を改めなかった。
まして、先の選挙のように簡単に他者に踊らされ外国にこびる国民が変えてよい原則ではない。思い上がりもはなはだしいですよ。
 加えて、デモクラシーと立憲君主制が合致しないのであれば、英国、スペインは君主制に戻しはしなかったでしょうし、デンマーク、オランダ、ベルギーなどはとうの昔に共和国になっていたでしょうね。しかし、これらの国はいまだに王国です。英国にいたっては最も安定的なデモクラシーの国としても知られている。両立は決して不可能ではない証拠ではないですかね?
「祖国への回帰を目指せ」さんへ (深沢明人)
2012-10-27 10:28:33

あなたは誤解しています。

>へぇ、世界の流れが共和政だから共和政にするということですか。

 違います。
 私が言った「この大衆民主制の世に天皇制はもはや合わない」の「世」とは、世界のことではありません。
 わが国のことです。
 わが国の大衆民主制に天皇制は合わない、その典型が近年の皇太子・雅子妃バッシングだと言っているのです。
 あなたはあれを見て何とも思わないのですか?
 あれを見て、悠仁さまに嫁ごうと考える女性が現れると思いますか?
 皇太子・雅子妃に限りません。他の皇族に対しても、はては両陛下に対しても、目を覆わんばかりの誹謗がなされることがあります。

 世界における君主制と共和制の歴史は、あなたに教えていただくまでもありません。
 デモクラシーと君主制は両立します。革命や独裁は私の望むところではありません。立憲君主制を私は支持します。
 しかし、現代のわが国民は、もはや天皇を戴くにふさわしくはないのではないかと、私は言っているのです。




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