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危険運転致死傷罪について思うこと(1)

2008-01-27 17:41:22 | 事件・犯罪・裁判・司法
 今月8日に福岡地裁で判決のあった、危険運転致死傷罪の適用の是非が問題となった裁判で、検察側が控訴したと聞いた。

危険運転罪求め控訴 3児死亡事故 福岡地検「地裁判決には誤認」(西日本新聞) - goo ニュース

 この事件では、危険運転致死傷罪の成立を認めなかった1審判決に対する批判を多数見かけた。
 例えば、判決の翌日の『朝日新聞』社説「3児死亡事故―危険運転でないとは」(ウェブ魚拓を取り忘れたので、全文を掲載しているこちらのブログにリンクを貼らせていただく)は、裁判員制度の導入を前に、普通の人の常識に反する判決があってはならないとしている。


《約4時間の間に自宅や居酒屋、スナックで缶ビール1本と焼酎のロック8~9杯のほか、ブランデーの水割り数杯を飲んだ。その足で車を運転し、時速100キロで暴走して車に追突した。追突された車は海に転落し、一家5人のうち幼児3人が亡くなった。

 これが危険運転致死傷罪の危険運転にあたらないというのは、普通の人の常識に反していないだろうか。》


 しかし、私はこの社説を読んで、むしろ判決の論理に説得力を覚えた。
 社説によると、


《問題は、今回の事故が危険運転、つまり「正常な運転が困難な状態」に当たるかどうかだった。

 元市職員はスナックから追突現場まで約8分間、普通に右折、左折やカーブ走行を繰り返し、蛇行運転などはしていない。警察官による飲酒検知では、酒酔いではなく酒気帯びだった。事故の原因は脇見運転だ。それが危険運転ではないと判断した裁判所の論理だった。》


という。
 これに対し社説は、


《いくら個人差があるといっても、今回のように大量に酒を飲んで「正常な運転」ができるとは、とても思えない。蛇行運転をしていないからといって、正常な運転とはいえないだろう。現に追突して大事故を起こしているのだ。

 警察官による検知が酒気帯びだったというのも、事故から1時間近くたってからのことだ。その間に元市職員は現場から逃げ、水を大量に飲んでいた。少しでも飲酒の影響を減らそうとしたのだろう。事故直後に検知していれば、どうだったのか。》


と疑問を投げかけているのだが、さてどうだろう。
 追突事故を起こしたから「正常な運転」ではない? ならば全ての追突事故には、いや全ての交通事故に危険運転致死傷罪が適用できることにならないか?
 「事故直後に検知していれば、どうだったのか。」さあどうだったのだろう。酒酔い状態だったかもしれない。飲酒検知の時の酒気帯びの程度と飲んだ水の量を考慮すれば大まかな見通しはつくだろう。そんなことを判決が見逃すとは到底思えない。

 危険運転致死傷罪の条文中、飲酒運転に関する箇所を見ると、

《アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。》

とある。この「正常な運転が困難な状態」であったかどうかが問われたわけだ。

 さらに、判決当日の『朝日新聞』夕刊に掲載されていた判決要旨を読んでみると、その論理は納得のいくものだった。
 判決要旨にはこうある。

《危険運転致死傷罪が成立するためには、単にアルコールを摂取して自動車を運転し人を死傷させただけでは十分でないことはもちろん、「正常な運転が困難な状態」とは、アルコールを摂取しているために正常な運転ができない可能性がある状態でも足りず、現実に、道路及び交通の状況などに応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態にあることを必要とすると解すべきである。》

《出発後、事故を起こして乗用車を停車させるまでの約8分間にわたって、左右に湾曲した道路を道なりに進行し、その途中に点在している交差点を右左折、直進で通過することを繰り返していただけでなく、幅約2.7メートルしかない道路でも、接触事故などを起こすことなく、車幅1.79メートルの乗用車を運転、走行させていたこと▽事故直前、RVを間近に迫って初めて発見すると急制動の措置を講じるとともにハンドルを右に急に切るという衝突回避措置を講じていること▽事故直後、反対車線に進出していることに気づくとハンドルを左に急に切り、乗用車を自車線に戻していること、が認められ、これらの事実はいすせれも、被告人が現実に道路及び交通の状況などに応じた運転操作を行っていたことを示すもので、事故当時も、被告人が正常な運転が困難な状態にはなかったことを強く推認させる事情と言える。
 被告人が脇見運転を継続していた区間はほぼ完全な直線である上、車道幅は約3.2メートルと広かったこと、被告人にとっては通勤経路であって通り慣れた道であったこと、交差点を左折してから進路前方を走行している車両は見えなかったことからすると、被告人は脇見をしやすい状況にあったと言える。
 また、被告人は、脇見運転の継続中も蛇行などをした形跡はなく、走行車線から大きくはみ出すことなく運転していたと認められるから、漫然と進行方向の右側を脇見していたとはいえ、前方に対する注意を完全に欠いてしまっていたとまでは言い切れない。
 何より、脇見運転の前後で被告人が現実に道路及び交通の状況などに応じた運転操作を行っていたことを併せ考慮すると、結局、脇見運転の事実をもってしても、被告人が正常な運転が困難な状態にあったと認めるには足りないと言うべきだ。》

 また、飲酒の影響については、こうある。

《被告人は〔中略〕事故当時、酒に酔った状態であったことは明らかだ。しかし他方で、被告人は、スナックを出て乗用車を運転し事故現場に至るまでの間に、アルコールの影響によるとみることができる蛇行運転や居眠り運転などに及んだことはなく、衝突事故なども全く起こしていなかったことが明らかである。》

《事故の48分後に実施された被告人の呼気検査において、酒気帯びの状態にあったと判定されていることからすれば、酒酔いの程度が相当大きかったと認定することはできない。》


 これはやはり、危険運転致死傷罪の成立は困難だったのではないかという印象を受けた。
 大量の飲酒をした上で車を運転したこと、そして逃走したこと、さらに水を飲んだことは、いずれも悪質だし、非難されるべきだろう。
 しかし、飲酒運転をしていたことと、事故を起こしたこととの間に因果関係があることが立証できなければ、危険運転致死傷罪を適用すべきではないのではないか。
 態様が悪質で、結果が重大だから、重罰規定のある危険運転致死傷罪を適用すべきだと朝日社説は述べているように思える。しかしそれは、法治国家の姿ではない。


(以下2012.6.2付記)
 この福岡地裁の判決に対しては、検察側のみならず、被告人も量刑を不服として控訴した。
 2009年5月15日、福岡高裁は一審判決を破棄し、危険運転致死傷罪の成立を認め、懲役20年を宣告。被告人は即日上告した。
 2011年10月31日、最高裁は上告を棄却した。裁判官5人のうち1人が少数意見で危険運転致死傷罪の成立を否定したという。


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