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黒川検事長の定年延長は本当に大問題なのか

2020-05-13 07:40:13 | 現代日本政治
 今回の「#検察庁法改正案に抗議します」騒動の発端は、黒川弘務検事長の定年を特例として延長し、検事総長への道を開いたことにある。
 例えば、5月12日付朝日新聞3面の記事「検察庁法改正案 問題は」はこう述べている。

黒川氏の定年延長をめぐる政府答弁は迷走した。当初、定年延長の法的根拠は国家公務員法の延長規定だと説明した。定年を63歳に定める検察庁法に延長規定がないためだ。
 しかし、立憲民主党の山尾志桜里衆院議員(その後離党)が2月、「国家公務員法の定年延長は検察官に適用しない」とする1981年政府答弁の存在を示し、矛盾を指摘。人事院の松尾恵美子給与局長も、81年の政府見解は「現在まで続けている」と答弁し、安倍内閣による国家公務員法の延長規定を使った黒川氏の定年延長は法的根拠がなく、違法である疑いが浮上した。
 批判が高まるや、安倍晋三首相は法解釈そのものを変えたと説明。松尾氏も「つい言い間違えた」と自身の答弁を撤回し、首相に追従した。その一方で政府は、解釈変更を裏付ける明確な資料を示せなかった。


 私は以前、この2月10日の山尾議員の衆院予算委員会での質問の記事を読んで、なるほどなと思いつつも、何か違和感を覚えた。
 元々、検察庁法には定年の規定があったが、国家公務員法にはなかった。1981年の国家公務員法改正で一般の国家公務員にも定年が設けられたが、検察官の定年は検察庁法の規定が適用されるとされた。当然だろう。
 しかし、定年延長の規定が検察庁法にないのなら、国家公務員法の規定を援用してはならないのだろうか。
 1981年の政府答弁とは、本当にそれを禁止する趣旨のものなのだろうか。

 あれよあれよという間に、すっかり定年延長を問題視する見解がマスコミでは定着していった。
 この「#検察庁法改正案に抗議します」騒動で再び気になったので、ちょっと国会会議録を調べてみた。
 (久しぶりに国会会議録検察システムのサイトを見てみたが、調べやすくかつ見やすくなっている!) 

 1981年4月23日、第94回国会の衆議院内閣委員会で、中山太郎・総理府総務長官(国務大臣)は、国家公務員法を改正して定年を設ける趣旨を次のように説明している(太字は引用者による。以下同じ)。

○中山国務大臣 ただいま議題となりました国家公務員法の一部を改正する法律案及び国家公務員等退職手当法の一部を改正する法律の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 初めに国家公務員法の一部を改正する法律案について申し上げます。
 国家公務員については、大学教員、検察官等一部のものを除いて、現在、定年制度は設けられていないわけでありますが、近年、高齢化社会を迎え、公務部内におきましても職員の高齢化が進行しつつあります。したがって、職員の新陳代謝を確保し、長期的展望に立った計画的かつ安定的な人事管理を推進するため、適切な退職管理制度を整備することが必要となってきております。このため、政府は、昭和五十二年十二月に国家公務員の定年制度の導入を閣議決定し、政府部内において準備検討を進める一方、この問題が職員の分限に係るものであることにかんがみ、人事院に対し、その見解を求めたのであります。人事院の見解は、一昨年八月、人事院総裁から総理府総務長官あての書簡をもって示されましたが、その趣旨は、より能率的な公務の運営を確保するため定年制度を導入することば意義があることであり、原則として定年を六十歳とし、おおむね五年後に実施することが適当であるというものでありました。
 政府といたしましては、この人事院見解を基本としつつ、関係省庁間で鋭意検討を進めてまいったわけでありますが、このたび、国における行政の一癖の能率的運営を図るべく、国家公務員法の一部改正により国家公務員の定年制度を設けることとし、この法律案を提出した次第であります。
 次に、この法律案の概要について御説明申し上げます。
 改正の第一は、職員は定年に達した日から会計年度の末日までの間において任命権者の定める日に退職することとし、その定年は六十歳とするというものであります。ただし、特殊な官職や欠員補充が困難な官職を占める職員につきましては、六十五歳を限度として、別に特例定年を設けることとしております。
 改正の第二は、定年による退職の特例であります。これは、任命権者は職員が定年により退職することが公務の運営に著しい支障を生ずると認める場合には、通算三年を限度とし、一年以内の期限を定めてその職員の勤務を延長することができるというものであります。
 改正の第三は、定年による退職者の再任用であります。これは、任命権者は定年により退職した者を任用することが公務の能率的な運営を確保するため特に必要がある場合には、定年退職の日の翌日から起算して三年を限度とし、一年以内の任期でその者を再び採用することができるというものであります。
〔後略〕
 

 そして、公明党の鈴切康雄議員の質問に対し、藤井貞夫人事院総裁はこう答弁している。

○鈴切委員 戦前の官吏及び現行公務員法制下においては、裁判官あるいは検察官などの一部の公務員を除いて定年制がなかった理由というのは何であるのか、またこのような中で今回定年制を導入しようとしたのはどういう理由なんでしょうか。

○藤井政府委員 戦前におきましては、お話のように裁判官、検察官あるいは実質的にこれにならう者といたしまして大学の教授がございました。これらについてはいわゆる定年制というものがあったわけですが、その他の公務員については、定年制というものがなかったことは事実でございます。
 これは沿革的にいろいろな事情があるわけですが、やはり一番主たる理由は、公務員全般の年齢がそう高くなかった。先生も御承知のように、戦前では、無論大変特殊な例ですが、知事でも四十歳代でなった人があるくらいでして、後進に道を譲るというようなことから実質上の任意引退をしていくということで、定年制の必要性がなくて事実上の新陳代謝が行われておったということがございました。そういうことで、制度としての定年制を設ける必要は別になかったということから、それが制度化されていなかったのだというふうに私は理解をいたしておるのであります。
 ただ、午前中もお話が出ておりましたが、地方団体におきましては、やはり相当の年配の人がいるところがございまして、特に当時の五大都市におきましては、職員の数も多いし、また学校を出てからすぐ入って何十年と市吏員としての生活をやりまして定着をしている、これが地方自治の面から言っても好ましい形であったのだと思うのですが、そういうことから、事実上新陳代謝の必要性があるということで定年制の制度化が行われておりまして、全国的に言って約九百ぐらいだったと思います。特に制度的にきちっとしておったのは五大市が一番その模範であったと思います。そういうところでやっておりましたが、国家公務員については一般的には定年制がなかったということで今日まで来ておるわけであります。
 戦後においても、この事態はそれほど変わっておりませんで、特に各省庁で、無論苦心はしておりますけれども、勧奨退職というものが実質上行われておったということがございまして、それほど深刻な職場の空気の沈滞というようなこともなかったかと思うのであります。
 ところが、いま総務長官もお話しになりましたように、最近では社会一般に高齢化の現象が非常に顕著にしかも急速に進んでおるという事態が起きてまいりまして、これは公務の場においても例外ではございません。高年齢者が非常にふえてきた、したがって平均年齢もどんどん上がっていく。特に戦後いろいろな事情から一時的に非常に急激に採用いたしました職員層が、いまや非常に大きな、一般的にこぶと言われておりますが、ふくらみとなって押し寄せてきておるという状況がございます。そういうようなこともございまして、そのうち勧奨というものも、大変苦労いたしましてもなかなか実効が上げ得られないような、そういう形も現実に出てくるんではないだろうか、そういう現象が目前に迫っているように感ぜられるのであります。ということになりますと、適正な新陳代謝を図りますとともに、長期的な人事管理の体制を打ち出せなくなる、それが十分でないということから、いろいろな問題がそこに起きてまいるということがございますので、そういう点をさらに将来を見越して考えまする場合、民間においても大部分が定年制を実施しておるということがございますので、一種の勤務条件についての情勢適応の原則あるいは官民との均衡というような点から申しまして、この際定年制を公務員にも導入するということが大変意義のあることではないかということで、人事院といたしましてはお答えを申し上げたということでございます。


 このあと鈴切議員と藤井総裁とのやりとりがしばらく続くが、検察官の定年については全く取り上げられていない。

 そして、上記の朝日記事が言う「1981年政府答弁」は、同月28日の内閣委員会でなされた。
 民社党の神田厚議員と斧誠之助・人事院事務総局任用局長とのやりとり。

○神田委員 次に、指定職の適用の問題について御質問申し上げます。
 指定職の適用職員は現在千五百人弱いるわけでございますが、その中で現在定年が定められている者の数、割合はどういうふうになっておりましょうか。

○斧政府委員 指定職は先生おっしゃいますとおり約千五百名でございます。そのうち定年制の定められております職員は、国立大学と国立短期大学の教官でございます。大学の学長及び教授の中に指定職の方がいらっしゃるわけですが、約六百六十名ばかりいらっしゃいます。

○神田委員 指定職の高齢化比率が非常に高いわけでありますが、五十四年現在で六十歳以上の者の占める割合は約四〇・一%。定年制の導入は当然指定職にある職員にも適用されることになるのかどうか。たとえば一般職にありましては検事総長その他の検察官、さらには教育公務員におきましては国立大学九十三大学の教員の中から何名か出ているわけでありますが、これらについてはどういうふうにお考えになりますか。

○斧政府委員 検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております今回の法案では、別に法律で定められておる者を除き、こういうことになっておりますので、今回の定年制は適用されないことになっております。


 神田議員は続いて定年と勧奨退職との関係に質問を移し、検察官の定年については何も触れていない。

 ここで斧局長が答弁したのは、検察官と大学教官については既に別の法律で定年が設けられているから、今回の国家公務員法改正による定年は適用されない、それ以外の指定職には適用されるという、それだけのことだろう。
 だが、この答弁をもって、中山長官が述べていた「特殊な官職や欠員補充が困難な官職を占める職員につきましては、六十五歳を限度として、別に特例定年を設けることとして」いること、つまり特例による定年延長をも、検察官には適用されないと解釈すべきなのだろうか。

 今年2月10日の会議録を見ると、山尾議員はこう述べている。

つまり、このときの国会議論は、当たり前ですけれども、定年制というのはパッケージなわけです。定年の年齢だけ切り出している議論はどこにもないんです。そして、政府委員がはっきり言っているのは、この国家公務員法の定年制は検察官には適用されないと言っているんです。


 しかし、「政府委員がはっきり言っている」のは、検察官には既に定年制があるから、国家公務員法改正により新設される定年制は適用されないということではないのか。
 この会議録で森雅子法相が

○森国務大臣 検察庁法を所管する立場としての解釈を申し上げますけれども、検察庁法で定められる検察官の定年の退職の特例は、定年年齢と退職時期の二点であり、検察官の勤務延長については、一般法たる国家公務員法の規定が適用されるものと解しております。


と答弁している解釈は、本当に全く成り立つ余地がないものなのだろうか。
 私にはそうとは思えない。

 冒頭で挙げた朝日記事は、人事院の給与局長も81年の政府見解は「現在まで続けている」と答弁したと言うが、特別法である検察庁法を所管するのは人事院ではなく法務省である。

 なお、朝日記事は「「国家公務員法の定年延長は検察官に適用しない」とする1981年政府答弁」と言うが、実際の答弁は、上に示したとおり、検察官には「現在すでに定年が定められております」から「今回の定年制は適用されない」というもので、定年延長は適用しないとは述べていない。
 ましてや、4月21日付社説のように「政府はかねて検察官の定年延長は認められないとの立場をとってきた。」とか、5月12日付社説のように「ことし1月、長年の法解釈をあっさり覆して、東京高検検事長の定年を延長したのは、当の安倍内閣ではないか。」などと唱えるのは、一種のフェイクニュースと言えるのではないか。

 私は会議録を読んでそう思った。関心のある方には自ら確認することを勧めたい。


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