トラッシュボックス

日々の思いをたまに綴るブログ。

かくて歴史は偽造(つく)られる

2008-11-20 07:50:10 | 日本近現代史
 少し前、今月11日付け産経新聞の「主張」(他紙の社説に相当)「東京裁判60年 歴史観の呪縛から脱却を」(ウェブ魚拓)を読んでいて、次の箇所に引っかかりを覚えた。


歴代内閣も、この歴史観に縛られてきた。昭和63年、当時の奥野誠亮国土庁長官が「盧溝橋事件は偶発だった」などと発言したことに中韓両国が反発し、奥野長官は辞任した。平成6年、永野茂門法相は「南京大虐殺はでっち上げ」と発言し、辞任している。



 はて、奥野誠亮は、「盧溝橋事件は偶発だった」との発言が問題視されて辞任したのだろうか。
 「盧溝橋事件は偶発だった」とは、当時も今も、わが国ではごく一般的な認識ではないだろうか。
 (田母神論文が主張していたように、中国共産党による謀略説もあるにはあるが、一般には根拠不十分とされている)
 中国では、盧溝橋事件もまた柳条湖事件と同様にわが国の謀略であると認識されているのかもしれない。
 しかし、わが国が中国側の認識を無条件に受け入れて、わが国で一般的な認識を述べただけで閣僚を辞任させるなど、にわかには信じがたいことだ。

 ネットで奥野発言の要旨を探してみたが、見当たらない。
 ネットは確かに便利なのだが、こうした過去の資料を探す場合には、意外に役に立たないことが多いなあ。
 それとも私の探し方が悪いのか?

 手元にあった保阪正康『戦後政治家暴言録』(中公新書ラクレ、2005)にはこうある。


やはり奥野国土庁長官が昭和六三(一九八八)年四月二二日、靖国神社参拝について、新聞記者から問われるままに、「靖国神社参拝に中国や韓国が口を挟むのはおかしい。私は中国の悪口を言うつもりはないけれども、トウ小平氏の言動に国民が振り回されているのは残念ですよ」と答え、一部の新聞で暴言として報じられている。とくに「トウ小平氏の言動に振り回されているのは残念」という当時の中国の最高指導者を名ざししての発言は、中国側から強い批判を浴びた。韓国もまた「侵略を正当化するものだ」と批判を浴びせた。
 翌月の九日、奥野は国会で「日中戦争は偶発的な戦争であり、侵略の意思はなかった」と発言して、暴言の上に暴言を重ね、失言の上に失言を重ねる状態になった。こうした一連の発言によって、このときも〔引用者注:鈴木内閣での法相時代に自主憲法制定が望ましいと国会答弁し、内閣改造で更迭されたのに続き〕奥野は大臣のポストを解任されている。〔太字は引用者による〕



 おそらく、発言内容と解任の経緯は大体こういうことだったのではないか。
 「主張」には、

>「盧溝橋事件は偶発だった」などと発言した

とあるから、奥野の発言の中には確かに「盧溝橋事件は偶発だった」という箇所があったのかもしれない。だが、それだけなら、外交問題にまで発展し、さらには辞任を強要されることはなかったのではないか。
 しかし、「日中戦争は偶発的な戦争であり、侵略の意思はなかった」、これなら中国側の反発は理解できるし、国内で問題になったこともまた理解できる。

 また、この5月9日の発言だけでなく、4月22日の発言が既に問題視されており、それと合わせての解任だったことがわかる。

 だが、産経の「主張」のみを読んだ者には、そうした事情はわからないから、

 奥野氏は「盧溝橋事件は偶発だった」と述べたことが原因で辞任させられたのか。
 事実を述べただけで辞任とは、中国はケシカラン国だ!
 また、それを受け入れるわが国は、東京裁判史観に毒されている!

と、まんまと乗せられる者も出てくることだろう。

 こうして歴史は偽造されてゆく。

関連記事



最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お久しぶりです (TKK)
2008-11-20 12:57:57
奥野発言ですが、検索してヒットした「第112回国会 沖縄及び北方問題に
関する特別委員会 第6号」というページの中に関連した質疑がありました。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/112/0710/11205130710006c.html
(玉城委員の発言から。奥野誠亮国土庁長官の出席は無し) 

またこのサイトが「国会会議録検索システム」の1ページでしたので、試しに
5月9日の議事録も見てみましたが、この中の、日本社会党渡部行雄議員と
奥野誠亮国土庁長官との質疑が今回の産経新聞「主張」に直接関係あるか
と思います。

「第112回国会 衆議院決算委員会 昭和63年5月9日 第5号」
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/112/0410/main.html

ただこの中には「偶発」という言葉は見当たらないようです。先の玉城議員の
発言には「特に、盧溝橋事件は偶発的なものであるという、一私人なら別と
しましても、少なくとも国権の最高機関の場でそういうことを発言される、
さらに問題を複雑にしていく。」という文言がありますから、別の場で「偶発」
という発言があったのかもしれません。

普段殆ど縁のない国会議事録ですが、今回読んでみて、細かなやりとりは
とても勉強になりました。
返信する
PS. (TKK)
2008-11-20 14:05:40
「偶発」については、こちらかもしれません。

参議院本会議 昭和63年5月11日 第16号
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/112/0010/main.html
(一部抜粋)
----------------------------------------------
○国務大臣(奥野誠亮君) 日中関係についてのお尋ねでございました。
(略)
 日中戦争、日本はこれを事変と呼び続けてまいったわけでございますけれども、この不幸な事変あるいは戦争は昭和十二年の盧溝橋事件に発した、こう考えておるわけでございます。ライシャワー氏は「ジャパン」という本の中で全く偶発的な事情に始まったと述べておるわけでございまして、私もこのような見地に立っておるものでございます。
----------------------------------------------
返信する
Re:お久しぶりです (深沢明人)
2008-11-21 23:45:21
 こちらこそご無沙汰しています。

 そうですね、国会答弁が問題になったことは明らかなのですから、会議録に当たってみるべきでしたね。
 以前会議録を検索したこともあるのに、何で思いつかなかったんだろう。
 わざわざありがとうございます。

 渡部行雄議員と奥野誠亮国土庁長官のやりとりからは、渡部議員が盧溝橋事件は偶発であるという発言自体を問題視していることがうかがえますね。渡部議員自身はどうも偶発ではないと、あるいは大臣が偶発だと述べることは適切ではないと考えているようですね。
 また、おっしゃるように、5月9日の時点では「偶発」との発言はないのだから、5月11日に至って初めて「偶発」との表現が出てきた可能性がありますね。つまり、5月9日の答弁での

《日中戦争と言われておりますけれども、昭和十二年の盧溝橋事件から問題が発展していったわけでございますけれども、政府は常に不拡大方針、不拡大方針を指示してまいったことも私からあえて申し上げる必要はないと思うわけでございます。》

この発言、あるいはその他の「侵略の意思はなかった」との趣旨の発言に対する補強証拠として、11日にライシャワーを援用し、その中で「偶発」と初めて語られた可能性が高いと思います。

 もう少し調べてみないと断定はできないのですが、やはりこの問題を産経「主張」のように

《奥野誠亮国土庁長官が「盧溝橋事件は偶発だった」などと発言したことに中韓両国が反発し、奥野長官は辞任した。》

とまとめることは不適切だと思います。

 また、産経「主張」が、東京裁判が盧溝橋事件を日本の挑発だとしていたと主張している点についても引っかかりを覚えていたのですが、この点についても会議録中に記述があり、参考になりました。
 できればこの点については別途記事にしたいと考えています。
 ありがとうございました。

返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。