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田中派支配から福田派支配へ

2006-09-01 23:59:03 | 現代日本政治
安倍氏、自民総裁選出馬を正式表明 小泉路線踏襲姿勢も  (朝日新聞) - goo ニュース
 直接この記事についての論評ではないのですが、安倍後継について以前から思っていたことを書きます。

 田中角栄が金脈問題で首相を辞任した後、この問題やロッキード事件の影響が強かった三木・福田内閣期はともかく、第2次角福戦争に勝利して大平内閣を成立させてからは、田中派とその後継者たちが自民党を事実上支配してきたといっていいと思う。続く鈴木善幸、そして中曽根康弘も田中派の支援により政権を獲得できた(中曽根内閣など、発足当初「角影」「田中曽根内閣」などと呼ばれていたものだ)。やがて竹下登らが田中派から多数を引き連れて独立するが、その竹下が中曽根から政権を譲られ、消費税導入の騒動とリクルート事件で短期政権に終わるも、続く宇野、海部、宮沢内閣もまた竹下派の支援により成立した(宮沢ら総裁候補を小沢一郎が「面接」したエピソードは有名)。
 佐川急便事件などで金丸信が失脚したため、金丸寄りの小沢、羽田、渡部恒三らが派を離れ、やがて彼らは宮沢内閣を倒して自民党を離れ、細川非自民政権を成立させた(細川も過去の参議院議員時代に田中派に所属している)。1年を待たずして細川が辞任すると後任には羽田が就いたが、社会党の連立離脱によりさらに短命政権に終わり、代わって自社さ連立の村山内閣が成立する。竹下派を継いだ小渕派は連立政権下で勢力を回復し、野党であることを前提に総裁に選出されていた河野洋平に代わって小渕派の橋本龍太郎が総裁に就任。さらに村山の退陣を受けて首相に就任する。参院選で敗北し辞任した橋本の後継には同派の小渕が当選。小渕が倒れたため急遽発足した森政権も、密室で森後継を決めたとされる5人組の中に野中、青木と小渕派が2人も入っている。
 しかし、森の後継の総裁選で橋本が小泉に敗れてから、橋本派の勢力にもかげりが見えてきた。「抵抗勢力」と呼ばれて批判され、橋本は日歯連献金問題で派を去り、野中も引退し、綿貫も離党を余儀なくされ、とりあえず津島雄二を会長に据えたものの、派の次代を担う有力者は少なく、総裁選に独自候補を立てることもできない。
 また、田中と大平の盟友関係に象徴されるように、田中派と協力関係にあった同じく保守本流である大平派→宮沢派も、相次ぐ分裂により力を失い、今回の総裁選では麻生、谷垣の両名を候補者に出すものの、求心力は弱く、凋落著しい。
 代わって興隆著しいのが福田派の後身である森派である。保守傍流と言われ、福田から森まで実に20年以上も政権の座から遠ざかっていたが、森、小泉に続いて安倍をも首相の座に就けようとしている。自民党の特徴は派閥の連合体であると言われていたが、小泉以後、官邸主導で党の力が低下したため、派閥の力も低下し、総裁派閥であるがゆえに森派の一人勝ちが続いている。
 これは、結局、戦後日本を主導してきた田中派的なもの、そして大平派的なもの(利益誘導型政治、経済重視、ハト派、中国寄り、事なかれ主義、米国の傘下で軽武装)がいよいよ限界に達し、福田派的なもの(反共、愛国心、タカ派、改憲志向、自主防衛)が求められているということではないだろうか。
 そして、小沢が小泉の対向者として第1野党である民主党の党首を務めていることに象徴されるように(奇しくも、鳩山幹事長もまた元田中派である)、自民党が福田派的なものを、民主党が田中・大平派的なものを代表していくようになるのではないだろうか。
 先の郵政解散の頃、堀内光雄や亀井静香がしきりに言っていたように、自民党はもう昔の自民党ではない。安倍政権下では、さらに重大な変化が進行するのではないだろうか。



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