こんなことをするからポピュリスト政党だと言われる。
そういえば、この少し前に同じ日本維新の会の足立康史衆議院議員が、こんな記事をアップしているのをBLOGOSで見た。
民進党の責任で解決すべき蓮舫氏の疑惑 - “二重スパイ”許す公職選挙法を改正せよ -
私は最初この記事のタイトルに「二重スパイ」とあるのを見て、「二重国籍者=二重スパイ」だというのかと目を疑った。
しかし、記事を読んでみると、八幡和郎氏のフェイスブックに寄せられたコメントの中に、「“二重スパイ”云々といった非難」があったということらしい。
足立議員自身の発言ではないと知って少し安心したが しかし、こんな言葉を敢えて採り上げるとはどういう感覚をしているのだうか。
以前の私の記事で述べた池田信夫氏や八幡氏と同様、この足立議員の記事も、「日本の国籍法は、原則として二重国籍を認めていない」と述べるのみで、蓮舫氏は国籍法が重国籍者に要求している日本国籍の選択を済ませており(池田氏は済ませているとしている)、法的に何ら問題ないことに触れていない。
国籍法第14条をもう一度挙げておく。
2009年の民主党のマニフェストに掲げていたという重国籍の容認とは、この国籍の選択自体をなくそうということだろう。
しかし、蓮舫氏はこの選択を既に済ませているのである。
だから、足立氏が「政策を実現しないうちから所属議員が二重国籍だったなどという珍事」と述べるのは、異なる話をごっちゃにしている。
法制度を理解していないか、理解していても敢えて無視しているのだろう。
足立議員は、
「権力者が二重国籍では、誰のために働いているのか疑義が生じても仕方あるまい」
「国会議員に立候補する際の要件として〔中略〕外国籍からの離脱を義務化すべき」
と言うが、果たしてそうだろうか。
法が義務づけている国籍の選択をしていない二重国籍者については、確かに問題だろう。
だが、日本国籍の選択を済ませているにもかかわらず、外国の国籍の離脱が確認できないという場合の二重国籍をも同様に問題視するのはおかしくないか。
わかっておられない方が多いように思うが、国籍というのは、その国の国家権力が、個人に対して、取得を許可したり、喪失を許可したりするものである。
個人が、ある国の国籍を取得したり、離脱したりすることが当然の権利として認められているわけではない。決めるのはあくまでのその国の権力である。
だから、ある国民が国籍を離脱したいと主張しても、その国が離脱を許可しなければそれまでである。
そして、そもそも国籍離脱が制度として設けられていない国もある。
また、国情によっては法で定められた制度があってもそのとおりに機能していない国もある。
国籍離脱の届出をしても、役人がサボって、離脱の手続きが行われていないというケースも有り得るだろう。
そうした場合、本人の責任ではないのに、外国の国籍の離脱が確認できないというだけで、国会議員になれないということになる。
それはおかしくないか。
例えば、某国人がわが国に滞在しているうちに、わが国が好きになり、某国が嫌いになって、わが国に帰化し、某国を批判する言論活動を行うようになったとする。
そして、わが国のためにもっと尽くしたいと、わが国の政治家を志したとする。
しかし、某国が、その者がわが国の政治家になることは某国の国益を害すると考えて、その者の国籍離脱を認めないため、その者は国会議員になることができない。
そんな事態も起こり得る。
そのような、外国の国籍の離脱が本人の責任でない理由によってできない場合に限定して、国会議員への立候補を認めてもよいのではという見解もあるかもしれない。
しかし、本人の責任でできないのか、そうでないのかを、行政当局がいちいち判断するのは困難だろう。
そしてそれは、現在の国籍選択制と実質的にどう違うのか。
それに、そもそも外国の国籍の離脱はわが国に対する忠誠の保証になるのだろうか。
わが国と某国の関係が極度に悪化した場合、両国にルーツを持ち帰属意識を持つ者が権力者の座にいれば、板挟みになって心情的に苦しむということは有り得るかもしれない。
しかし、それは外国の国籍を離脱していようがいまいが、さして関係はないのではないか。
国籍を離脱していても帰属意識を強く感じる者もいるだろうし、その逆の者もいるだろう。
しかし、わが国の国籍を選択し、わが国の国会議員を務め、わが国の政府の一員であるのなら、当然わが国の国益を最優先に行動すべきだろう。
他人の内面を国籍離脱の有無だけで判断すべきではないのではないか。
こうした、法的に問題ない二重国籍をも非難する考え方を押し進めていくと、結局のところ、国籍離脱の有無のみならず、その人物の出自自体が問われることになる。
外国人の血を引く者が公職に就くこと、それ自体が問題視されるようになる。
それでいいのだろうか。
足立議員の記事が末尾に挙げている、「東大の玉井先生」なる方が誰なのか、それがどういうツイートなのか私は知らない。
しかし、蓮舫氏は自分のルーツを堂々と語ってきたのではないか。
「生まれた時から日本人」というのがどういう場で発せられた言葉なのか私は知らないが、他人の内面を「心にもないこと」などと何故決めつけられるのか。
「今回の騒動を機に、国籍をタブー視する空気を一掃できればと思う」とは、蓮舫氏に限らず、同様に外国の国籍離脱が確認できない国会議員をあげつらっていこうということだろうか。
帰化したり、外国人をルーツに持つ国会議員の出自を暴いていこうということだろうか。
恐ろしいことを言うものだと思う。
こんな人物が、私も選挙人である衆議院比例区近畿ブロック選出の維新議員だったのか。
足立議員の私見はともかく、日本維新の会には、こうした問題にはもっと慎重に対処してもらいたい。
何故なら、今回の蓮舫議員に対する二重国籍疑惑は、2012年に『週刊朝日』が橋下徹・大阪市長(当時)に対して行ったのと同様の、出自を理由に公人を批判するという手法によるものだからだ。
政治家としての蓮舫氏や民進党に批判すべき点があるというならそれは批判すればよい。だが、個人の出自を理由に批判するのは良くない。出自は本人の責任ではないからだ。
外国の国籍離脱は法律で義務づけられていないのだから、蓮舫氏が問題ないと考えていてもおかしくない。にもかかわらず、池田氏や八幡氏はそれを「違法」と称し、ネット上では違法性にとどまらず蓮舫氏の出自それ自体を非難する発言(足立議員が挙げた「“二重スパイ”云々といった非難」とはまさにそういったものだろう)がまかりとおっている。
こんなものに公党が与するべきではない。
二重国籍禁止法案を検討=維新
日本維新の会の馬場伸幸幹事長は8日、日本以外の国籍を持つ人が国会議員や国家公務員になることを禁止するための法案提出を検討していることを明らかにした。民進党の蓮舫代表代行が「二重国籍」と指摘されている問題を受けた対応。国籍法や公職選挙法などの改正案を、早ければ26日召集予定の臨時国会に提出する。
馬場氏は東京都内で記者団に「国政に携わる者が、二重に国籍を持っていることはあってはならない。制度の不備があれば、それを正していくよう法改正する」と語った。(2016/09/08-16:42)
そういえば、この少し前に同じ日本維新の会の足立康史衆議院議員が、こんな記事をアップしているのをBLOGOSで見た。
民進党の責任で解決すべき蓮舫氏の疑惑 - “二重スパイ”許す公職選挙法を改正せよ -
蓮舫氏の二重国籍問題についいては、既に大きく報じられているので繰り返すつもりはないが、2つだけ思うところを書いておきたい。一つは、蓮舫氏の説明である。結論を急ぐと、説明になっていないし、疑惑は深まるばかり。代表選挙の候補者なのだから、民進党が責任をもって証拠書類を公表させるべきだ。
もう一つは、日本の制度である。日本の国籍法は、原則として二重国籍を認めていないし、そのことは菅官房長官も会見でも明言しているところであるが、厳しすぎるとの指摘もある。実態は4、50万人はいるとの報道もあり、法律と実態との乖離をどう埋めていくのか、立法府として議論を始めるべきである。
但し、看過できないのは民進党である。2009年の民主党マニフェストには、「両親双方の国籍を自らのアイデンティティとして引き継ぎたいなどの事情から、重国籍を容認してほしいとの要望…を踏まえ、国籍選択制度を見直します。」とある。民進党は、党として二重国籍容認を政策として掲げてきたのだ。
もちろん民進党がどのような政策を掲げようと、その政策で政権交代を果たしたわけだから構わないし、衆院では未だ法案も出せない弱小政党の私が文句を言える立場にもないが、だからといって、政策を実現しないうちから所属議員が二重国籍だったなどという珍事を、私はどうしても看過できないのである。
特に国会議員には日本の国益を守る義務がある。八幡哲郎〔引用者註:原文ママ〕氏のフェイスブックへの書き込みには“二重スパイ”云々といった非難さえ掲載されていたが、確かに権力者が二重国籍では、誰のために働いているのか疑義が生じても仕方あるまい。公職選挙法を改正して被選挙権の範囲、要件を厳格化すべきである。
ちなみに、今の公職選挙法は、衆参の国会議員に立候補する際の要件として、年齢と日本国民であることしか求めていない。外交官試験でさえ求めている外国籍からの離脱を義務化すべきだし、今回の騒動を奇禍として、国会議員本人の国籍に係る履歴は、「経歴」として公表することを義務付けるべきである。
東大の玉井先生が“自分のルーツに誇りを持っているのなら、それこそ王貞治みたいに堂々と語った方がいいんじゃないな。「生まれた時から日本人」とか心にもないことを言うから信用されない。”とツイートされていたが、その通りである。今回の騒動を機に、国籍をタブー視する空気を一掃できればと思う。
私は最初この記事のタイトルに「二重スパイ」とあるのを見て、「二重国籍者=二重スパイ」だというのかと目を疑った。
しかし、記事を読んでみると、八幡和郎氏のフェイスブックに寄せられたコメントの中に、「“二重スパイ”云々といった非難」があったということらしい。
足立議員自身の発言ではないと知って少し安心したが しかし、こんな言葉を敢えて採り上げるとはどういう感覚をしているのだうか。
以前の私の記事で述べた池田信夫氏や八幡氏と同様、この足立議員の記事も、「日本の国籍法は、原則として二重国籍を認めていない」と述べるのみで、蓮舫氏は国籍法が重国籍者に要求している日本国籍の選択を済ませており(池田氏は済ませているとしている)、法的に何ら問題ないことに触れていない。
国籍法第14条をもう一度挙げておく。
(国籍の選択)
第十四条 外国の国籍を有する日本国民は、外国及び日本の国籍を有することとなつた時が二十歳に達する以前であるときは二十二歳に達するまでに、その時が二十歳に達した後であるときはその時から二年以内に、いずれかの国籍を選択しなければならない。
2 日本の国籍の選択は、外国の国籍を離脱することによるほかは、戸籍法の定めるところにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによつてする。
2009年の民主党のマニフェストに掲げていたという重国籍の容認とは、この国籍の選択自体をなくそうということだろう。
しかし、蓮舫氏はこの選択を既に済ませているのである。
だから、足立氏が「政策を実現しないうちから所属議員が二重国籍だったなどという珍事」と述べるのは、異なる話をごっちゃにしている。
法制度を理解していないか、理解していても敢えて無視しているのだろう。
足立議員は、
「権力者が二重国籍では、誰のために働いているのか疑義が生じても仕方あるまい」
「国会議員に立候補する際の要件として〔中略〕外国籍からの離脱を義務化すべき」
と言うが、果たしてそうだろうか。
法が義務づけている国籍の選択をしていない二重国籍者については、確かに問題だろう。
だが、日本国籍の選択を済ませているにもかかわらず、外国の国籍の離脱が確認できないという場合の二重国籍をも同様に問題視するのはおかしくないか。
わかっておられない方が多いように思うが、国籍というのは、その国の国家権力が、個人に対して、取得を許可したり、喪失を許可したりするものである。
個人が、ある国の国籍を取得したり、離脱したりすることが当然の権利として認められているわけではない。決めるのはあくまでのその国の権力である。
だから、ある国民が国籍を離脱したいと主張しても、その国が離脱を許可しなければそれまでである。
そして、そもそも国籍離脱が制度として設けられていない国もある。
また、国情によっては法で定められた制度があってもそのとおりに機能していない国もある。
国籍離脱の届出をしても、役人がサボって、離脱の手続きが行われていないというケースも有り得るだろう。
そうした場合、本人の責任ではないのに、外国の国籍の離脱が確認できないというだけで、国会議員になれないということになる。
それはおかしくないか。
例えば、某国人がわが国に滞在しているうちに、わが国が好きになり、某国が嫌いになって、わが国に帰化し、某国を批判する言論活動を行うようになったとする。
そして、わが国のためにもっと尽くしたいと、わが国の政治家を志したとする。
しかし、某国が、その者がわが国の政治家になることは某国の国益を害すると考えて、その者の国籍離脱を認めないため、その者は国会議員になることができない。
そんな事態も起こり得る。
そのような、外国の国籍の離脱が本人の責任でない理由によってできない場合に限定して、国会議員への立候補を認めてもよいのではという見解もあるかもしれない。
しかし、本人の責任でできないのか、そうでないのかを、行政当局がいちいち判断するのは困難だろう。
そしてそれは、現在の国籍選択制と実質的にどう違うのか。
それに、そもそも外国の国籍の離脱はわが国に対する忠誠の保証になるのだろうか。
わが国と某国の関係が極度に悪化した場合、両国にルーツを持ち帰属意識を持つ者が権力者の座にいれば、板挟みになって心情的に苦しむということは有り得るかもしれない。
しかし、それは外国の国籍を離脱していようがいまいが、さして関係はないのではないか。
国籍を離脱していても帰属意識を強く感じる者もいるだろうし、その逆の者もいるだろう。
しかし、わが国の国籍を選択し、わが国の国会議員を務め、わが国の政府の一員であるのなら、当然わが国の国益を最優先に行動すべきだろう。
他人の内面を国籍離脱の有無だけで判断すべきではないのではないか。
こうした、法的に問題ない二重国籍をも非難する考え方を押し進めていくと、結局のところ、国籍離脱の有無のみならず、その人物の出自自体が問われることになる。
外国人の血を引く者が公職に就くこと、それ自体が問題視されるようになる。
それでいいのだろうか。
足立議員の記事が末尾に挙げている、「東大の玉井先生」なる方が誰なのか、それがどういうツイートなのか私は知らない。
しかし、蓮舫氏は自分のルーツを堂々と語ってきたのではないか。
「生まれた時から日本人」というのがどういう場で発せられた言葉なのか私は知らないが、他人の内面を「心にもないこと」などと何故決めつけられるのか。
「今回の騒動を機に、国籍をタブー視する空気を一掃できればと思う」とは、蓮舫氏に限らず、同様に外国の国籍離脱が確認できない国会議員をあげつらっていこうということだろうか。
帰化したり、外国人をルーツに持つ国会議員の出自を暴いていこうということだろうか。
恐ろしいことを言うものだと思う。
こんな人物が、私も選挙人である衆議院比例区近畿ブロック選出の維新議員だったのか。
足立議員の私見はともかく、日本維新の会には、こうした問題にはもっと慎重に対処してもらいたい。
何故なら、今回の蓮舫議員に対する二重国籍疑惑は、2012年に『週刊朝日』が橋下徹・大阪市長(当時)に対して行ったのと同様の、出自を理由に公人を批判するという手法によるものだからだ。
政治家としての蓮舫氏や民進党に批判すべき点があるというならそれは批判すればよい。だが、個人の出自を理由に批判するのは良くない。出自は本人の責任ではないからだ。
外国の国籍離脱は法律で義務づけられていないのだから、蓮舫氏が問題ないと考えていてもおかしくない。にもかかわらず、池田氏や八幡氏はそれを「違法」と称し、ネット上では違法性にとどまらず蓮舫氏の出自それ自体を非難する発言(足立議員が挙げた「“二重スパイ”云々といった非難」とはまさにそういったものだろう)がまかりとおっている。
こんなものに公党が与するべきではない。