坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

あきんど

2011年03月12日 | 坊主の家計簿
 昨夜、急ぎの所用でほぼ徹夜状態。
 なので、今日、仕事が終わって、引き続きの所用を「やれる所までやらんと」という事で、やる。
 眠い、っちゅうねん。。。昼飯喰って、少しだけ寝て、所用の続きをやろうと思っていたのだが、目が覚めたら夕方5時を大きく過ぎてた。
 「わちゃ!大変や、寝過ぎた!」と。
 時計はiPhone。メール受信あり。何やら「明日明後日の本山でのイベントは三陸沖地震の為に中止」との事。あ、やるイベントはあるかも知れんから確認して下さい。
 一応、

 http://www.higashihonganji.or.jp/info/news/detail.php?id=220

 http://www.higashihonganji.or.jp/info/news/detail.php?id=222

 らしい。

 全く何の事か解らない私。起きてママに「地震があったん?」と呑気に聞く。「何を言うてんねん。大阪も結構揺れたで」との事。爆睡してて、全然気づかなかった。

 テレビのチャンネル権は娘にある。私がニュース番組を見たくとも、娘が有線。
 なのでiPhoneで情報収集。
 ツイッター、デマ多すぎ。

 でも、ふと、毎日放送やったかなぁ。。。阪神大震災の時に「後からデマを流しやがって、と批判されても、情報を流すしかなかった」という某アナウンサーの言葉を思い出したりする。でも、デマはデマなので、「デマは辞めろ」だったのだが。

 娘とママが風呂に入っている間にテレビ映像。
 娘が寝てから、もっとテレビ映像。

 映像はどんどんと入って来る。

 うちのツイッター情報は、ほぼ坊さん関係。色んな宗派の色々な方々。

 「私たちに何が出来るか?」等と、寺を開放する動きを取られてたり、様々。
 ツイッターを見てたら、フェミレスを開放したり、居酒屋を開放したりしているらしい。但し、これは東京の話なのだが。
 とあるロック系の店の人も「うちは開いてますから」等。
 きっと、そういう『情報』に乗らない形で「ゆっくり休んで行って下さいよ」であったり、避難所になっている所で声をかけ合っていたりするのだと思う。

 私は明日は朝からバタバタ。夕方までバタバタ。

 でも、凄くシンプルに思ってしまうのだが、月参りのない坊さんって、まあ、他の様々な法務はあっても、いわゆる『月参り』という毎日の仕事がなくて、まあ、あっても『若さん』だったり、そういう割と時間的拘束が少ない人、時間的、日程的に自由が利くのであれば、ふと「ボランティアは楽しいよ」と。
 
 当然、今すぐに駆けつけて役に立つのは非常に限られた能力を持った方々だと思う。『元医師』っちゅう僧侶は少ないだろうが、医療系に居られた方だとか。そういう現場に慣れていないと、「何しに来てん!」やろうし。
 でも、そういう緊急に対応出来る人の仕事から、一段落ついた時には、当然人手が必要になる。
 人を動かすには金がいる。金がなくても動いて呉れるのが『ボランティア』という人材なんだろうし。

 ボランティア。え~。。。他宗には信じられない事、あ、他の宗教団体には信じられない事なんだろうが、真宗仏教ではボランティアに対して反対する人も居ているらしい。
 ちなみに私も肯定派ではない。ん?この言葉は変だな。「ボランティアをやる事が真宗だ!」とは絶対に思わない。
 ボランティアで人間の価値判断をされたら、優劣が出来る。でも、楽しい。

 ツイッターである葬儀社の社長さんが、「何も出来ない自分が悲しい」みたいな言葉を書かれて居られた。
 でも、とある僧侶が「祈る事しか出来ないのでなくて、祈る事は出来るんだ」みたいな事を書かれて居られた。
 
 多分、被災者の方々には届かない言葉。でも、私が被災者なら嬉しい。

 色んな宗派の坊さん達がツイッターで言葉を残されていた。その中の誰一人として「無常だから仕方がないじゃないか」という様な事は書かれてなかった。
 温かい。

 死を恐れるのは煩悩なんだろうけど、死を恐れるが故に、こういう状況で声をかけ合ったり出来る。心配する事が出来る。気になって、気になってなかなか寝れなかったりする。

 日本の仏教を『葬式仏教』を揶揄する方々が多く居られるが、葬式仏教は単純にこういう事ではないのか?

 あ、ボランティア。
 私は行けないし、経済的にカンパも恐らく難しい。今月はよく行くバーのマスター入院資金で「売り上げ貢献♪」という大義名分でもって飲みに行くつもりだし、元々、キツい。でも、まあ、『個人的に』ではなく、宗教法人として何かしらするかも知れんが。

 「心配している」も精神的ボランティア。関係、縁を結ぶ。
 でも、時間的、日程的、経済的に余裕があるのならば、ボランティアに行けば、多分、一生涯の第二の故郷と、そこで出会った友達が出来る。

 商売。
 今回の地震でも、色んな形で、まあ、居酒屋の人が「店を開放するから休んで行って」という商売をしてはった。商売は金銭だけではない。人間関係の中で成り立っているのが『商売』である。人間関係を無視して商売は成り立たん。お互いに「ありがとう」が商売の鉄則やろ。「売って貰えるのが当り前」「買えるのが当り前」じゃなく。

 睡眠不足なので、早く寝ようと思ったのだが、なんか寝れなくて、ダラダラと。
 
 でも、「人間って、優しいなぁ~」と思う反面で、そういう『優しさ』から漏れた、言葉を変えると『表面的な優しさを持ち合わせていない人』の為に、真宗仏教って、『落ちこぼれの為の仏教』って、あるのだと思ったりする。