坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

「人間はたいして変わらんぞ」

2007年05月20日 | 坊主の家計簿
 5月20日

 雑費  缶コーヒー         120円
     発泡酒           175円
 外食  チャンポン         630円
 
 合計                925円
 5月累計            82738円

 ああ、仕事がヒマでよかった。。。
 っちゅう事で帰って来て爆睡。

 っちゅう事で39のおっちゃんは考える。
 確か、昨日の『仏青みたいなもん』の寺、つまり所属寺に行き始めたきっかけは私が解同幹部のオッさんの店で働いて居た時に、その店の常連であった所属寺住職(当時は副住職か)が、「うちの寺に来たら寿司が喰える」という口車に乗せられて行き始めたのだが。
 で、やな。死んだ解同幹部のオッさん&所属寺の住職の当時の年齢よりも今の私の方が年上だったりするのだな、これが(笑)死んだオッさんの方は微妙かも知れんが。まあ、今の私と同世代だろう。
 ああ、私もオッさんになってもうたわけや。。。

 その解同幹部が先に所属寺に行き始めた。中川先生という今は大谷大学の教授をしている人が当時は毎月話をしに来られて居て、その会に参加されていた。
 何かの折に、その死んだ解同幹部のオッさんが、「人間はたいして変わらんぞ」と云った事をよく覚えている。

 もうバリバリの活動家のオッさんで、だいたい私がその店で働きだすようになったのも私が関わって居た不登校とかのフリースクールがそこに引っ越したからなのだが、要するに独自で事務所を維持出来なくなったフリースクールを引き取ったわけやな。ちなみに私がその店を辞めてミナミに出て、フリースクールの代表は海外青年協力隊に行き、オッさんが死んだ後に残ったフリースクールのメンバーを引き取ったのが所属寺の住職なんだが。
 そのバリバリの活動家のオッさんが語った「人間はたいして変わらんぞ」っちゅう言葉がやっぱり忘れられん。そのオッさんの事は死ぬ間際ぐらいは大嫌いだったのだが、なんか、やっぱり忘れられん。

 運動は切るのだ。『斬る』という方の漢字でもエエかも知れん。公安、警察、『体制側』なんでもエエ。昔なら(今も使っている人がいるかも知れんが)『ノンポリ』とか。
 そして斬り裁いて優越感を抱いたりもするわけだ。必死になれば成る程、懸命になれば成る程、周囲が見えなくなる。まあ、『熱く』なっているのだから仕方がない。
 きっと当事者なら尚更の事なんだろう。ここ半年程前から知り合ったある差別事件の当事者は「私、なんか変な事いうてますか?」「自分の事やから解らんようになってきてる」「おかしいところあったら聞かせて下さい」とかをよくいいはる。その『誠実さ』の運動方針は私は『正しい』と思って居るし。

 21歳当時の私は『カミソリ』だったらしい。その後の店の名前を『聖カミソリ(セイント・カミソリ)』とつけた時に周囲のオッさん等はウケたらしい。「そのまんまやんけ!(笑)」って。
 私がいわゆる社会運動に一番熱心に関わって居た時期は18から20ぐらいか。正義感に燃え、集会なんぞによく行った。新聞等をチェックしたり先輩からの紹介の会に入ったり。そんな流れであるフリースクールに出会って行き始めたりしたわけだし。

 今もきっと無意識のうちに人を斬り裁いているのだと思う。私には私の正義感があり、その正義感でもって斬り裁いているのだと思う。
 だから、「人間はたいして変わらんぞ」というオッさん、っちゅうか、今の私と変わらん歳だったはずの解同幹部のオッさんの言葉を思い出す。
 逆に云うと被差別で生まれ育ち『』としてのレッテルからの解放を闘って来たオッさんだから、当たり前っちゅうたら当たり前なのかも知れんが。

 社会運動好きな仏教徒にとっての聖典みたいなティクナットハン。行動する仏教。まあ、ティクナットハンにとっては『動く禅』か。
 
【平和運動には、多くの怒り、欲求不満、誤解があります。
 平和運動に携わる人たちは、とても上手に抗議文を書くことができます。しかし、愛の手紙を書くことができません。
 相手が捨ててしまうのでなく、相手が読みたくなるような手紙を、アメリカ合衆国議会や大統領に宛てて、書くことを学ぶ必要があります。
 あなたの話し方、理解の仕方、言葉の用い方が、相手にそっぽを向かせるものであってはなりません。大統領も、私たちの誰とも同じ人間です。】(ティクナットハン『ビーイングピース』より)

 社会と切り離した仏教などは成立しようがない。
 当時の部派仏教の一部が『小乗』と蔑視された事も今は問題になっている。故に現状では『小乗』という差別用語はほぼ使われていない。

 釈尊は

【世尊がさとった者の眼で世間を観察されると、生けるものたちにして、汚れの少ない者たち、汚れの多い者たち、資質のすぐれた者たち、資質の劣った者たち、善い性質の者たち、悪い性質の者たち、教えやすい者たち、教えにくい者たち、また来世に苦しみを受けなければならないと自分が行った罪業に怖れを見つつ暮らしている一部の者たちなどがいるのを世尊は見られた。】(律蔵・大品より。但し講談社『原始仏典 ブッタの生涯 成道から伝道へ』より)

 十方衆生である。

 法然・親鸞は比叡山を降りた。
 
 『そこに人が居られる』

 求道によって人を斬ってしまう事もある。
 だが、

【今朝、安楽は牢から御所に連行され、後鳥羽上皇の前に座らされた。安楽は臆することもなく偈文(教えの詩句)を朗唱した。それは「念仏する者に怒りを抱き、怨みをつのらせるような、真実を見ることができない者は、長く苦海に沈み救われることがない」という文。
 安楽は六条河原へ引き出され、群衆が見守る中、静かに念仏を称えて、首を斬られた。】(戸次公正『流罪800年』より)

【親鸞聖人自らこの事件について「主上臣下、法に背き義に違し、忿をなし怨みを結ぶ」と厳しく批判されています。しかし、「忿をなし怨みをむす」んだのは、流罪死罪になった方ではなくて、断罪した側であります。たしか『法句経』の一句だったと思いますが、釈尊の教えに、「世のすべての人に憎まるる身にとなるとも、一人を憎む身となることなかれ」というお言葉があります。】(藤元正樹『ただ念仏のみぞ』より)

 という仏教の歴史もある。
 社会運動、平和運動、『だけ』をやりたいのなら、それは仏教徒でなく単なる活動家だろうし、活動家でも「人間はたいして変わらんぞ」というオッさんも居た。
 「アイツらは」「アイツらは」ばっかり言っていた私に、「人間はたいして変わらんぞ」と云ってくれた活動家も居た。
 
 仏教徒にとっての社会運動とは、そこに様々な人生を生きて居られる人の発見ではないかと思うのだが。。。当然、『寺』や『教団』に閉じ篭っていては発見しにくいだろうし、同じく社会運動・平和運動を『正義』にしていては発見し難いのではないのか?

 やべー、また深夜やんけ。もう寝よ。